第242話 戦地での休息
「おー……これは立派な建物ですね」
温泉施設についたクレアが声を上げる。外から見た佇まいはギリシャ神殿のようだとクレアは感じた。
建物の後部は岩壁にくっついており、施設は都市外縁の壁の内部に続いているということらしい。
「お待ちしておりました」
「長老方よりお話は伺っております」
そう挨拶してくるのはダークエルフの兵士3人だ。警備兼案内人を仰せつかったと、3人は自己紹介をした。その内の1人は兄が従属の輪をクレアに外してもらったのだと、そう言った。長老達の言うところの、信頼できる者達なのだろう。
「ですから、あなた方には感謝しております」
そう言って礼を述べるダークエルフ達にクレア達も一礼と自己紹介をして応じ、それから施設内部へと向かった。要人や賓客用であるためか広々としたホールには天井や壁に装飾が施されて、かなり立派な施設という印象だった。
ホールには隣接する休憩所や談話室に食堂。それから更に奥へと続く扉が二つ。
「それぞれ男湯、女湯に続く脱衣所です」
「食堂では昼食も用意しておりますよ」
「私達も入り口で見張っておりますので、安心してお寛ぎ下さい。何かお困りのこと、分からないことがあればお声がけ頂ければと思います」
「ありがとうございます」
護衛の面々に礼を言ってからクレアはミラベルに尋ねる。
「石鹸や洗剤等は使っても大丈夫ですか?」
「問題ない」
ミラベルから回答を得て、クレアはお手製の石鹸やシャンプーと言った品々を用意して皆にも小分けにした瓶を渡していく。
「温泉から上がったら、休憩所や食堂に顔を出すと言うことで。今日は貸し切りということですし、のんびりしましょう」
「そうだな。クレアも魔法の維持が大変だっただろうし、ゆっくり羽根を伸ばせれば良いな」
「ふふ。ありがとうございます」
グライフの言葉に少女人形が嬉しそうに応じた。
「では、また後でな」
「はい、お兄様」
「マルールも、クレア殿の言うことを聞いて良い子でな」
ウィリアムとイライザが言葉を交わし、ユリアンもマルールに声をかけ、男性陣は脱衣所に入っていった。マルールはユリアンに一声上げて答える。
スピカやエルム、それにマルールも女性陣枠だ。ダークエルフ達も従魔は一緒に入浴して問題ないと伝えている。主であるクレア達も気にしていないので一緒に入浴するという形になった。
ちなみに同行しているグロークス一族、獣化族の他の面々は人数も多いので全員一度に入浴するのは無理だ。その為、時間帯をずらしつつ、改めて温泉施設に訪問する、という形だ。
脱衣所に入り、クレア達は準備を整える。
「むう」
着替えていると、クレアが唸る。少女人形も腕組みをしている様子だ。
「どうしましたか、クレア様?」
イライザが尋ねると、クレアは答える。
「いえ。この差はどこから来るのかと」
「しゅ、種族の差かな……」
「か、かも知れんな」
イライザが曖昧に笑い、アストリッドやミラベルは目を逸らす。入浴にあたり、浴槽のサイズに合わせてアストリッドには加減した小人化の呪いもかかっているが、同じ縮尺にしたとて、クレアとは差があったりする。
「うーん。……まあ、これからに期待しましょう」
と言いつつ、クレアは肩に少女人形を乗せる。バスタオルを身体に巻き付け桶を抱える少女人形である。
「新作ですわね……」
「相変わらず小道具が凝っているわね」
「前々から作ってはいたのですが、大人数で入浴という機会もなかったのでようやくお披露目できます」
セレーナやディアナの言葉にクレアが答える。
胸を張っている少女人形に表情を緩める一同である。
そんなやり取りをしつつ浴場へと進む。光る水晶が所々に生えるように配置されて間接照明となっており、自然の岩場という印象の作りをしていた。岩壁から源泉が大浴槽に流れ込んでいる。立ち上る湯気と少し湿った岩場。その光景にクレアは満足そうに頷く。
「これは……良い雰囲気ですね」
「ん」
クレアが大浴場を見て感想を漏らすとエルムも声を漏らす。
「マルールさんはこちらへ。背中を洗いましょう。スピカもこっちの桶を」
そんな風にクレアが言うとマルールは嬉しそうに声を上げる。
桶に水を溜めてやるとスピカは嬉しそうにそこに収まり、水浴びを始めた。
それからクレアはマルールの背中側に水をかけ、タオルと薄めた石鹸水とで鱗の隙間等を丁寧に洗っていく。心地よさそうに声を上げて目を閉じるマルールである。
程無くしてその身体を洗い終わると、クレアが言う。
「はい、綺麗になりました。お風呂は熱くないか確かめながら入って下さいね」
クレアの言葉に、マルールは嬉しそうに一声上げて浴槽へ向かう。軽く足先を入れて温度を確かめて、問題ないと判断したのかお湯の中に入っていった。
それを見届けてから、クレアも自分の身体を洗い始める。
「お背中を流しますわ」
「ありがとうございます」
セレーナも言って、お互いの背中や髪を洗ったりしてから浴槽へと向かう。
湯の温度は少し高め。泉質は硫黄泉ではないのか、それらしき臭いはしないが普通の水よりは心持ちとろみというかぬめりがある、ような気がする。
「ああ。これは……いいお湯です」
「いいわね……。ここのところ忙しかったから、温泉なんて久しぶりだわ」
湯の心地良さにクレアが目を閉じて言う。他の面々も湯船に浸かって満足そうな様子だ。ルシアもここのところ忙しかったので温泉等には足を運べなかったとのことで、湯を満喫している様子であった。
「気に入ってもらえて何よりだ。湯治にも良いと言われていて、傷や一部の病の治りも早くなるし、飲んでも効果がある」
ミラベルがそんな反応に笑みを浮かべて湯の解説をする。
「湯治ができるというのは良いですね」
「あちらの洞穴に入れば岩盤浴ができる設備もある。そちらも中々に心地良い」
「それは良いですね。試してみましょう」
ミラベルの言葉に、一同も笑顔で頷くのであった。
一方、グライフ達も温泉を満喫していた。
「作戦中にこんな風に温泉に浸かれるとは思わなかったな」
「全くだ……。今日のところはしっかりと休んで明日からに備えなければな」
グライフとウィリアムが頷き合う。気を張ったり策を読んだり練ったりしている二人としてはこういう時間は貴重だ。
「普段から温泉が満喫できるというのはいいな」
「元々暮らしていた場所や、監獄島では沐浴や普通の水だったからね……」
ユリアンやベルザリオも温泉を楽しんでいる様子だ。こういう時は変身した方がリラックスできるため、黒豹の姿になって広々とした浴槽に脱力して浮いているベルザリオである。
「うーん。もっと鍛えて身体を大きくしたいな……。みんなは普段どんな鍛錬をしてるの?」
そう言ったのはニコラスだ。グライフ達はかなり鍛えているということもあって体格も良い。ニコラスもリチャードや辺境伯家の武官の指導の下に鍛錬に励んでいるが、他流の指導法というのも気になっているのだろう。
普段は飄々としている印象のニコラスであるが、辺境伯領の育ちということもあり、強くなることには積極的なのだ。
「鍛錬法に関しては伝えても構わないが、自分の戦い方と鍛え方というのは密接に関係している。指導役と相談することだ」
「そうだね。共有して見る」
「一般的な話としては、まず……走ることは大事だな。体力をつけることは優先度が高い。戦場では継戦能力が物を言うからな……」
「ああ。それは父上にも言われてるな。走って魔力を使った後で武官と模擬戦をしたりするんだ」
グライフやウィリアムと言葉を交わすニコラス。
「流石に実戦的だな……。そうか、魔力も含めてか」
ユリアンがニコラスの言葉に感心したように言う。浮かんでいたベルザリオも話を聞きつけてふんふんと話に聞き入る。
「クレアが言うところによれば、食べるものや休みを挟むことも大事、と言うことだがな。色々なものを偏らずに食べ、その上で動いた分と育つための分を補い、休むことで育てる、のだとか」
「ほう」
クレアからの話をグライフが説明するとウィリアムも声を漏らす。
そんな風にして温泉に浸かりながら鍛錬についてあれこれと話をする男性陣であった。




