第239話 地底の都
地底の大道を進んでいく。大道には地下に降りていく傾斜がついており、時折折り返しの階段や螺旋階段を降りて、更なる地下へ地下へと進む形になっているが、温度や湿度の変化は感じない。
「地下深くなっても温度や湿度は変化しませんね。この魔力の感じ……精霊との契約が地下環境の維持を担っている、とかでしょうか?」
「精霊、かも知れませんわね。深くなってくるに従って、段々周囲の精霊の力が強まっている……ような気がしますわ」
セレーナの目には、ミラベルが召喚した精霊に似た光があちこちに浮遊しているように見えた。
固有魔法の情報を外に出さないために「かも知れない、気がする」といった表現をしているが、実際はそうした煌めきを目で捉えている。
通路自体は時折脇道などがあるものの、普通の視界での風景自体は変わり映えせずに続いている。
要所に立てられている見張りに案内役と共に挨拶をしながら進んでいき――やがて通路の向こうに大きな門が見えた。近くに門番が待機している。詰め所も作られており、普通の都市部における外壁に相当する施設かも知れない。
「あの門の向こうが都だ」
ミラベルの言葉に皆が頷き、門の前まで進む。門番達は落ち着いた様子で口を開いた。
「先触れから話は伺っている。その者達が?」
「ああ。長老への面会を求めている。我らも従属の輪から解放してもらった」
道中の見張りもそうだったが要塞から先触れが出されており、道中の見張りや門番達もクレア達の姿を見ても落ち着いた様子で対応をしていた。
ともあれ、道中で止められなかったことや追い返されなかったことを考えれば、先触れの話を受けた長老達もクレア達と話をする気はある、という事なのだろう。
そうして門が開かれ、その先にクレア達は進んだ。
そこにあったのは――広大な空間だった。天井も高く穴の底も深い。建材自体がぼんやりと光り、空洞の中が照らされている。
そうした広大な空洞に、街が浮かび上がるように見えている。
だが、何より目に付くのは正面。空洞の中心を貫くような大きな柱のような構造物だ。その柱に向けて街のあちこちから橋が伸びている。
そう。橋だ。柱の要所に窓のようなものもあり――生活の明かりもあり……つまりはあの柱は塔というべきなのだろう。或いはダークエルフ達にとっての城かも知れない。
「すごい……光景ですね」
広々とした空間と柱を見上げ、クレアが言うと一同も眼前の光景を見上げながら頷いた。
そんな反応に、ミラベルは満足そうににやりと笑う。
「精霊の力を借りて作り上げたと伝えられている。都市の案内もしたいところではあるのだがな」
「まずは長老達の元へと向かうとしましょう」
ミラベル達に案内されて、クレア達は塔へ続く正面の橋を渡っていく。その橋は塔の窓やより高所にかけられた小さな橋から狙える位置に作られている。都市部は都市部で防備が厚いのが窺えた。
大軍を寡兵で足止めすることもできるし、いざとなれば足場を落とすことで敵の侵入を防ぐこともできるだろう。
塔やフロアごとに行政区や居住区等、機能が分かれているという話ではある。長老達は塔で暮らしており、ミラベルはその長老達の中の娘の一人、という立ち位置だということだ。長老の娘と言ってもミラベルはダークエルフ達の中では年若いという事ではあるから、末の娘というような扱いではあるらしいが。
「今は互いの一族も混ざりあって区別も有名無実なものとなっているが、元々は複数の氏族のダークエルフ達が集まって……その族長達が長老、と呼ばれているわけだな。我々の場合は文字通りの長老のような方もいれば、比較的年若い方もいる」
ミラベルの説明を聞き、橋の上から周囲の景色を眺めながら塔の内部へと入っていく。
大きなエントランスホールになっていたが、そこに数人のダークエルフとドワーフがクレア達の到着を待っていた。
その中の一人……長い髪のダークエルフがクレア達の姿を認めると笑顔を見せた。見た目は年若い銀髪の美女だ。
「ダークエルフ達の長老の一人に数えられております、リュディアと申します。まずは――仲間達を助け出していただいたこと、感謝します」
リュディアに続き、他の長老とクレア達も挨拶をする。
と言っても、クレア達は帝国に追われているという事から手を結ぶことを確約できるまでは名前を明かさないという形ではあるのだが。
「上の階に落ち着ける場所を用意している。そちらで腰を据えて話をすることとしよう」
「重要な話を持って来たようだからな。諸々見分や検討する必要もあろう」
「うむ。皆を納得させる必要もあるじゃろうからな」
長老とドワーフの代表である人物が言った。クレア達も頷き、ホールから上階へと向かう。
そこは議場となっているらしい。大人数で討論を行うための場所で、長老や代表者の合議制であるダークエルフ達にとっては必要なものなのだろう。
「娘を助けてくれて、ありがとう」
上階に向かう中でリュディアが言う。
「ミラベルさんの御家族でしたか」
クレアが応じる。ダークエルフ達は見た目から年齢が推測しにくいため、親兄弟の関係性が分かりにくい。それをリュディアも理解しているから伝えたのだろう。
「母親よ。お話が始まってしまうと、私からは長老としての意見しか言えないから、今の内にね」
リュディアはそう言って明るい表情を見せた。人懐っこい笑みではあるが、話し合いに私情は持ち込まない、ということでもあるのだろう。
議場に腰を落ち着け、これまでの経緯をまず話していく。それから、外で囚われている人質達についてもだ。
「従属の輪を正規の方法以外で外せる、というのは理解したが、囚われている人質達の輪をどうやって外したのだ……?」
「遠隔で術を掛ける手段があるのです。ですが、それについては万が一にも帝国に知られたくないために具体的な部分はまだ伏せさせておいて下さい。手を結ぶということが確定的なものとなり、魔法契約などを取り交わせるのなら説明もできます」
「なるほどな」
「まあ、そこは諸々のことを判断してからで良いだろう」
「従属の輪を外す場面には放獣で立ち会ったことがありますが……正規の方法とは違った、というのはお伝えしておきます」
要塞の牢に囚われていたダークエルフの男が証言する。
アストリッド達もそれで助けられている、というのを長老達に伝える。
「再び、外の者を信じるか否か、か」
「今回のお話を断られたとしても、帝国の陣で囚われている方々は私達独自でも動いて救出したいと思っています。従属の輪を外せるということを、帝国に知られるのは防ぎたいと考えておりますので」
「同じく。私も長老達の意向がどうであれ、彼女らと行動を共にするつもりだ」
クレアとミラベルがこれからしようとしていることについて伝える。
「ちなみに協力を約束した場合は?」
リュディアが首を傾げて尋ねる。
「短期での外の帝国部隊の撃退を目標とします。戦奴兵への対策がありますので、そこをなんとかできれば、純粋な帝国兵は寡兵と言って間違いありません」
そう言って、クレアは偵察で得た帝国の陣容、陣地の情報を書面に纏めたものをダークエルフ達に渡す。
「ここまで調べているのか……」
「戦奴兵の対策というのは?」
長老達の質問にクレアがその内容を答える。その対策について聞いた長老達は顔を見合わせ、それから何かを決意するかのように頷き合うのであった。




