第238話 地下都市へと続く道
「約束通り、長老達に紹介しよう。ミラベルから話を聞いているようだが、我らは門に隣接する土地の小国に裏切られている。故に、やや懐疑的になることについてはご容赦願いたい」
「必要であれば魔法契約を取り交わすというのは先程伝えた通りです。ただ、私達も帝国から追われる身であるため、私達の情報についても帝国に漏れないように伏せていただく必要があると考えていますが」
「それは納得できる。我らが他者に懐疑的になるのは我らの事情であって他者が慮ってくれると思うのは傲りだ」
「逆に私達とて他者から見た場合無条件に信頼されること等ないだろうし……帝国のような者達が敵というのであれば慎重にならねばな」
フレンと参謀達が、クレアの言葉に答える。フレン達は要塞を統率する立場として冷静沈着で中立的な印象ではあるが、従属の輪を外したことを恩義には感じてくれているのだろう。
「私達はここを離れるわけにはいかぬが……今回の顛末を記した我らからの書状はこの者達に持たせよう」
フレンは長老達に当てた書状を、クレアの手で従属の輪から解放された者達に預ける。ダークエルフとドワーフの一団は敬礼と共に応じた。
「必ずやこの方達を長老達の元に案内致します」
案内と護衛、それから長老達への仲介。それらを兼ねて彼らをクレア達に付ける。
牢に囚われていたダークエルフとドワーフ達は、身形を整え、武装してクレア達と共に都市部へ向かうこととなった。
彼らの準備が整うまでの間、クレアはフレン達に帝国に反抗している組織について尋ねる。
「反抗組織についての情報はありませんか?」
そう聞かれたフレンは顎に手をやって思案を巡らせてから答える。
「……詳細な情報を持っているとしたら長老方でしょう。私達が要塞の守りを仰せつかったのは帝国侵攻の情報を受けてからですが、そうした情報を齎した御仁がいるとだけ聞いてはおりますよ」
「そう、でしたか」
「地竜門も帝国に抑えられてしまい、裏切りで外の者達に警戒が向いている以上、彼らとしても再度の接触はしにくい状況にあるのではないでしょうか。もしかすると長老達から抜け道についての情報などを受け取っているのかも知れませんが」
それ以上のことは、フレンは分からないとクレアに伝える。
「わかりました。長老方に尋ねてみます」
話をしている内に案内役の準備も終わり、クレア達はフレンに見送られる形で要塞から地下都市に向けて出発することとなった。
姿を隠す必要もなく、堂々と大きな道を使うこともできるということで、要塞までの道のりに困難はない。
ただ、帝国を迎え撃つための準備はこの道でも進められているようで、いざという時に備えて崩落させて大道を塞ぐ準備が進められているのを目にすることができた。
「要塞前も本当は大きな道があったとか?」
「大道周辺の坑道だけでも普通なら十分な備えになる。それを潰して坑道と一体にさせたものがあれだな。要塞が攻略されれば、この道も塞がれるだろう」
「では、この道もあの防衛設備のように?」
セレーナが問うと、ミラベルは首を横に振る。
「坑道の利用もできない。道を塞いで迂回路に繋ぐのだろう」
「大きな裂け目の岸壁の隘路を進むような危険な道です。裂け目の底に溶岩が流れ、要所の対岸に弓兵も配置される。攻略は至難でしょう」
案内役の男が言った。
「地形ごと整えて迎え撃てるというのは……防衛戦では強いですね」
「だが、外での戦いは慣れておらずに不得手ではある。特に……飛竜への対策が難しい。地精も闇精も、空を舞う竜騎兵に対応しにくいのだ。それだけに、皆の助力はありがたい」
ミラベルが言う。ダークエルフとドワーフ達には騎兵もいない。グロークス一族の加勢はそこを補えるものでもある。
獣化族も敏捷性と近接戦闘、五感に優れた戦士達だ。ダークエルフ達は魔法を織り交ぜた付かず離れずの戦いを得意とし、ドワーフは腕力、タフネスと耐久性に優れた重戦士であるためそれぞれに強みが違う。
ドワーフ達以上の重戦士である巨人族も含め、手を結べればお互い補い合い、戦術の幅が大きく広がるだろう。
「守りにおいては強みも多いが、それだけにこれだけの拠点を構えているとなれば、避難という選択は取りにくいだろうな」
ウィリアムが言う。ダークエルフ達は精霊と契約し、しっかりとした都市を築いているという事情もあって、確かにグロークス一族や獣化族のように他の土地に避難、という選択は選びにくいだろう。
とはいえ、難攻不落で防衛能力が高く、地下からの拡張が可能ということを考えれば、クレア達が手を結び、北方側の拠点とするならばこれ以上の相手はいない。
「何。いざという時に私達にも退路がある。戦えない者を逃がす先を持てるとなれば、心強いものだ。それによって取ることのできる作戦も違ってくるだろうしな」
ミラベルは笑って応じた。仮に入口を全て押さえられてしまうようなことになれば袋の鼠だ。だが、ウィリアムが協力してくれているなら話は変わってくる。
「補給面は大丈夫なのか?」
「備蓄はあるし自給自足もしているが……完全に封鎖されたらやがて困窮するだろうな」
「地下での自給自足っていうのは、どういう感じなの?」
ミラベルの言葉を疑問に思ったのかアストリッドが首を傾げて尋ねる。
「地上人が訪れてきた時は大体意外に思うようだが、食材は案外豊富だぞ。魔物も含めた獣や魚類、キノコに光を嫌う作物と……まあ色々だ」
「地底に魚……ですか? 地下水脈や地底湖のような場所に生息している感じでしょうか?」
「そういった種の魚もいるが……地底を泳げる魚がいる。魔物の分類になるのだろうが、危険性が少なく、苔を与えておけば数も増えるから結界で囲った養殖場もあってな」
「それを溶岩の熱で干すことで保存の利く食料にもできるんじゃな。酒の肴としても中々じゃぞ」
「酒は儂らが造っとるでな……! これが良い出来でのう……!」
ミラベルの説明にドワーフの戦士がにやっと笑って補足するように説明する。
「……色々興味深いですね」
「環境が地上とは全く違うようですし、独特の文化を形成している、というわけですわね」
「都に着けば見せることぐらいはできるだろう。平時であれば養殖場やらの見学等もできたのだろうが……。他に興味をひきそうなものは……そうだ。温泉もある」
「温泉……!」
クレアの襟元に収まっている少女人形が両の拳を握って期待しているような反応を見せた。
仮面で顔を隠していても少女人形を目立つように肩に乗せていてはロシュタッド王国にいる魔女と同定される可能性がある。だが人形繰りはできるだけしておきたいということで、スピカやエルム同様、服の中に入れての人形繰りをしているのである。
ちなみに少女人形もクレアと同様に北方での活動中は装いを変えて、冒険者風の装束だったりする。
ともあれ、クレアが風呂に一家言あって、ロナの庵や自分の庵、開拓村のそれぞれに立派な風呂場を作っていることを知っているセレーナやグライフ、ディアナとしては、少女人形の反応に、それは温泉と聞いたらそうなるだろうなと苦笑したり目を細めたりした。
そうして、ミラベルを始めとしたダークエルフ達から地底の生活、文化などについて聞きながらも、地下都市に向かって移動していくのであった。




