第236話 地底の迷路にて
地竜門は帝国側が抑えているという事もあり、内部の状況を把握するために開け放たれている。
読んで字のごとく地竜門の上部には精巧な竜の彫刻が作られていた。
見張りはついているが、監獄島の警備も掻い潜ったクレア達からすれば監視を掻い潜るのは難しくない。全員に強度の高い小人化の呪いと糸繭に包まり、隠蔽結界を用いながら気球から吊るされて下降していく形で、地上からは目に付かない門の上部から内部へと侵入していく。
大階段の天井に糸繭が張り付いた時点で上空にあった気球を分解。元々気球自体が固有魔法の糸で編まれて形成されたものだ。魔法を解除すれば綺麗に消失する。
「変幻自在だな。見ていて面白い」
ミラベルが糸繭の中に映し出された景色を見て言うと、他の面々も同意していた。
「制限なく人形繰りにも活用できたら良かったのですが」
少し残念そうに言うクレアである。固有魔法でもあるため、普段は大っぴらに使うというわけにもいかない。
ともあれ、糸繭は大階段の天井を滑るように移動していく。
大階段はその名の通り通路の幅も広く、天井も高い。アストリッドや走竜達でも余裕を持って動ける広さだ。
光沢のある質感の石で構築されている。建材の表面は滑らかで壁に彫刻が施され、その技術力の高さが窺えるものだった。
「すごい建造物ですね……」
「祖先らが作り上げたものだな。壁画も、我らが祖の偉業を記したものだ」
ミラベルの言葉にクレア達は彫刻に目を向ける。地の大精霊、闇の大精霊と契約を結び、地底に国を作り上げた。そんな物語を記したものだ。地下に下りながら建国の逸話を学ぶことができる。ミラベルはそう解説をしてくれた。
「彫刻もすごいし……広いね。あたしでも元の大きさで戦えそう」
「アストリッド達の体格だと……奥に行くと通るだけで精一杯という場所や通れなさそうなところもあるが……都市部は広々としている。要塞は色々だ」
閉所では身体が小さい方が優位に働くこともある。だが、アストリッドや走竜達の戦闘能力を活かすのならば、元の大きさで戦える状況の方が有利だろう。
クレア達はそのまま周囲を警戒しつつ大階段の天井部分を滑る形で地下へと降りていく。真っ直ぐに地下へと続いている。かなり深くまで降りていく。所々にカンテラを携えた帝国兵や戦奴兵の見張りが立ち、戦闘の痕跡もちらほらと残っている。
周囲の様子に変化が生まれたのは、大階段を降り切った場所からだった。
円型の広間になっている。
天井が高く広い空間だが、壁にはそこかしこに人の通れそうな穴が空いており、その壁の穴からはもう、自然の洞窟といった風情だ。
広間は帝国兵や戦奴兵に制圧されていた。ここにも簡易ながら天幕やら防柵で陣が作られ見張りも立てられている。
「……要塞手前の防衛設備だな。要塞から無数に枝分かれした道を広げ、罠を仕掛け、伏兵を忍ばせ、敵兵の足止めをする、というものだ」
ミラベルが言う。地の利はダークエルフとドワーフの連合軍側にあると言える。
地上での情報収集では中々制圧範囲を広げられないと言っていた兵士達がいたが、こういう防衛設備や要塞がある上に地底での戦いに勝手が掴めないのなら、確かに攻略するのは至難の業というものだろう。
「地精の協力を得て案内する。今の状態であれば、仲間達のところまで向かえると思う。まずは――洞窟に」
「よろしくお願いします。隠蔽結界は……一時的に緩めますので」
糸繭表面の質感を周囲と同化させつつクレア達はミラベルの示した洞窟の奥へと進む。
「地精、闇精よ。我に道を指し示したまえ」
ミラベルが精霊に呼びかけると反応があった。ぼんやりとした輝きが生じて、糸繭の内側へと入り込んでくる。
「罠の位置は、この子達が教えてくれるだろう」
それぞれ地と闇の精霊。名もなき小さな精霊達という事だが、地と闇の大精霊がダークエルフ達と契約しているからミラベルに力を貸してくれる。しかし精霊との契約により、裏切りは勿論、脅迫等を動機としての使役も契約違反となるように構築されている。
精霊から細かな光の粒が散り、壁、床、天井にある罠を指し示すというわけだ。鳴子、落とし穴、落石や弓罠といったものに加えて魔法道具を利用した罠や伏兵の配置もあるという事で、後はそれを避けるように進んで行けばいい。
といってもクレア達の場合、天井や壁面に沿うように移動しているし、罠もそんな相手を想定していない。探知魔法で人の気配がない通路を選んでいるため、ダークエルフの伏兵や帝国の斥候、工作部隊といったものに出くわすこともなく進むことができる。
但し、人が少ないというのはそれだけ罠が多いという事だ。間違って罠を作動させないように慎重に移動していく。
平面での移動だけではなく、昇ったり降ったり、立体的に移動しなければならない。似たような地形を連ねるように構築して堂々巡りさせる。岩陰に本物の通路を隠す。かと思えばそこに同じような隠し通路に致命的な罠を配する等々、心理的なトラップも織り交ぜられている。ダークエルフも精霊達の案内も無しに進むのは至難の業だ。
平時であれば安全な通路も用意されてはいる。が、こうした有事にはそうしたものはない。侵入者が独自に穴を掘って抜け道を作ろうとしても、精霊達が非協力的なために崩落する。
「ドワーフの作った坑道も利用した防衛線は網の目のように複雑に入り組んでいるが、正解の道を引いても最終的に同じところへ行き付くように作られている。つまりは、要塞で挟撃を行うための通路に放り出される、という事だな」
ミラベルが解説する。苦労して踏破しても多勢に無勢、不利な状況に置かれる。どこかの通路を攻略し、行動範囲を広げても入り組んでいるからこそ自由に行き来できるダークエルフ達は挟撃や奇襲、罠の再配置も融通が利くということを考えると、かなりの難攻不落ぶりだ。
そして侵入者を排除するように配置されている罠が、まだ防衛設備や要塞が健在であることを示している。こういう状況であれば人質も有効に作用はしにくいだろう。
「すごい設備ですね。よく考えられています」
「しかし、侵入者の撃退はできても外の敵までは排除には寄与しない。今の状況が長期化すると、士気にも作用してくるだろう。それ以前に敵が突破を諦め、大規模な建築や掘削などをしてくるような状況になればまた前提も変わってくる」
「敵の指揮官……バルターク皇子がここまで出てきた場合も未知数だな。隠している力次第では、地中での戦いも状況が変わる可能性がある」
「確かにな」
グライフの分析に、ミラベルが渋面を浮かべる。帝国兵が交わしていた会話からバルタークの方針について推測すると、部下や戦奴兵の能力を試している部分があるようで、自身は前に出ずに様子見をしている節がある。ただ、それもいつまで続くかは分からない。
クレア達はしばらく立体的な迷路を上へ下へ。右へ左へと進んでいたが、不意に一本だけ伸びた長い通路に出る。
明らかに、これまで通った迷路状の洞窟とは違う構造物だ。要塞の迎撃用通路である。
遮蔽物のない、一本の通路。そこに見張りが配置されている。
「……ここまで侵入できれば、私が姿を見せることで取り次いでもらえるかも知れんな。裏切ったりしていないという潔白は、精霊達が証明してくれる。まずは私だけで姿を見せ、それから皆を紹介するという形で話を進めたいと思うのだが」
「わかりました。ダークエルフやドワーフの皆さんも大変な状況ですし、十分にお気を付けて」
「ああ。任せてくれ」
ミラベルの言葉にクレアが頷く。そうしてミラベルは糸繭から出て術を解いて通路に姿を見せるのであった。




