第235話 戦奴兵への対策
「……戦奴兵もやっぱりいる、というか、多いね」
ニコラスが眉を顰める。
陣地の中には武装しながらも従属の輪を付けている兵士達がいる。グロークス一族と獣化族のところにいた人狩り部隊には配備されていなかった者達だ。
総じて武装は帝国兵に劣る。敵の戦意を挫く。或いは使い潰す。そういう役割を負わされているからだ。生き残りたいなら自らの意思で戦うしかない。
だが、従属の輪を付けている戦奴兵の中にもそれなりの武装をしている者もちらほらと混ざってはいる。
「武装に優れている戦奴兵は、それなりの腕前であったり、重要な人質に繋がりの強い者だと聞く。戦奴兵を使い潰すが無駄に戦力を減らさないための現場指揮官役、或いは戦意を維持するための纏め役といった役割か」
「武装が良いのは、帝国に臣従しているからというわけではない、ということですね」
「そうなる。協力的で戦闘でも結果を残した者はもう少し扱いが変わってくる」
ウィリアムが頷く。例えば、功績に応じた等級と市民権ということになるのだろう。
「もっとも、市民になったからといってもそれで安泰というわけでもないのでしょうね。帝国の民は彼らを見下していますし、恨みを買いやすい立場ですから」
イライザは首を横に振る。
「俺も帝国に捕まっていたらそうなっていたのかも知れないな」
グライフはアルヴィレトの王都から避難する折、帝国に捕まりかけて少し手傷も負っている。他人事ではないと思う部分があるらしく、ウィリアム達の言葉に目を閉じるも、そのまま気を取り直すように言葉を続ける。
「……ともあれ戦奴兵達は主に陣の外縁部に配置されている。この場合は、抜け穴等からの奇襲を想定し、盾や足止め、時間稼ぎとして使うのを想定しているのだろう」
「結界が張られているのは陣の中心部に集中していますわ」
グライフとセレーナが分析したところをクレアに伝える。
「戦奴兵の対策は考えてきています。この場合敵陣への奇襲を前提にしたもので、事前に情報収集もできますから……対策はそのまま使えるかと」
「そうだな。ダークエルフ達にもそれは伝えておかないといけない」
陣容を見ると帝国正規兵よりも戦奴兵の数の方が多い。比率としては7対3ぐらいで主だった兵は戦奴兵。指揮系統となるバルタークとその側近、供回りが帝国兵という事になるのだろう。
要するに、この帝国部隊を攻略しようと考えるなら、戦奴兵をどうにかすることが求められる。
そうやって陣地の内部を一つ一つ確認していく。
バルタークのいるであろう本陣。兵士達の数と装備。軍備や糧食の備蓄。人質達のいる場所。その状態と位置等を把握し、それらをクレアは書面に書き記していく。ダークエルフ達と会った時に情報として渡すためだ。情報を共有し、ダークエルフ達に納得してもらった上で共に攻撃を仕掛けるというのが理想だ。
同時に、糸を伸ばして地竜門の中も見ていく。門の内部まで帝国兵が侵入し、抑えているという状況ではあるらしい。
地下へと続く広々とした通路は途中までのこと。ダークエルフ達は地下の都市部に簡単には向かえないように要塞を構築している。帝国軍はそこを攻略中という状況のようであった。
「私達は平野部にあった小国と同盟関係にあったのだがな。協力して帝国に当たると。そう約束をしていた。だが――」
ミラベルは使者として出向いていたが裏切られて捕らえられてしまった、ということだ。小国は帝国に併合され、門の周辺まで帝国が侵出してきた。ダークエルフ達は平野で迎え撃ったが敗れ、今度は地下要塞での防衛戦に移行したのだろうとミラベルは経緯と共に現状に関する推測を口にした。
クレアは頷くと口を開く。
「大体の状況は理解しました。必要な情報も集まりましたし、人質を救出。地竜門を抜けて、要塞のダークエルフさん達に会いに行きましょう」
その言葉に、一同頷く。
「歓迎してくれると良いんだが……経緯を考えると人質を救出したとしても信じてくれるとは限らないんだろうね」
「裏切りもあって地上人への心象は良くはない、だろうからな……。だが、彼らは彼ら。貴女方は貴女方だ。ダークエルフやドワーフにも悪人はいるし……地上人にも善人はいる。私は命を賭して救出に来てくれた貴女方を信じよう」
ユリアンが後頭部を掻くと、ミラベルが見解を口にする。
「そうだよね。あたし達も信じたからここにいるわけだし」
「うん。助けてもらったもんね」
「ありがとうございます。私達としては……彼らにも信じてもらえるように努力するしかありません。そんな人達とは違う者達もいるのだと」
アストリッドとベルザリオが気合を入れている様子に頷いてから、クレアは地竜門を静かに見据えて言うのであった。
人質達が囚われているのは、地竜門の近くの天幕だ。何かあった時にすぐに連れ出し、盾として使えるように、ということなのだろう。
天幕には防護結界すら張られていない。敵の攻撃に巻き込まれたとしてもそれはそれで戦意を挫くことができる。そういう狙いがあるのだろう。
クレア達としては、人質の救出……というよりも今回は工作を行う。従属の輪を外し、その時に備えるというわけだ。それまでは帝国の部隊を警戒させない。
方法は前と同じだ。寝静まった頃合いを見計らい、妖精人形を派遣して従属の輪を外し、本物から偽物に交換。事を起こした時に呼応して行動してもらう、という寸法だ。
クレアの妖精人形は、監獄島の時と同じく、目に映らない大きさになって、静かに天幕に入り込むと隠蔽と消音の結界をまず発動させる。そこにはダークエルフとドワーフが揃って囚われていた。
簡易の粗末な檻に囚われているが、従属の輪が付けられている以上は自力での脱出は難しい。檻を破るな。天幕から命令なく出るな。与えられている命令はそんなところだろう。
クレアは外の様子と天幕の周囲の様子を見て、感知されていないことを確認し、それから動いた。
ダークエルフとドワーフ達は粗末な毛布に包まるようにして眠っていた。全員の従属の輪が本物であることをまず確認した後、一番奥にいた人物の顔が妖精人形の手によってぺしぺしと叩かれる。
「ん……」
ダークエルフの男が目を覚ますと、そこに妖精がいた。声を上げそうになるが妖精人形は口の前に指を立てて静かにするように、という仕草を見せる。
ダークエルフの男は驚愕の表情を浮かべるも、妖精の言いたいことを察したのか声を出さず、身体も起こさずにそのままの姿勢で話を聞くことにしたようだ。
「フェリシアっていうの。仲間達と一緒にあなた達を助けに来たんだ。まず……従属の輪を外して、偽物に交換してしまおうと思うの。返事は声とか動作に出さず、外れて欲しいって祈っていてくれたら良いから」
妖精人形が告げる。ダークエルフもじっと動かずにフェリシアを見てから、祈るように目を閉じる。そうやって――クレアは遠隔で一人ずつ従属の輪を外していった。人払いの隠蔽結界や消音結界の効果もあり、注意を向けられることもなく従属の輪の解除を進めることができた。
クレアは妖精人形を通じてこれからしようとしていることを人質達に伝えていく。呼応してもらうことやその方法だとか。ダークエルフ達と連携できなかった場合の次善の策もだ。
そうやって人質達の輪を外して偽物に替え、それからいくつかの仕込みの説明もしていく。呼応してもらった時の備えだ。
諸々を済ませたところでクレアは妖精人形を回収し、それから言った。
「では――門の内部へと向かいましょう」




