第234話 地底へと続く門
「――準備が出来ているなら飛ぶが、どうかな?」
ウィリアムが尋ねるとクレアも周囲に目をやり、問題がないことを確認すると返答する。
「大丈夫です。いつでもどうぞ」
「それでは」
その言葉から一拍置いて、一同は光に包まれて固有魔法による移動を行った。
移動した先はやはり上空。すぐさま気球を形成して空を飛ぶ、というのも今まで通りだ。
但し、今回目的とする場所はグロークス一族の時や獣化族と違ってはっきりとわかっている。地底に向かうための入り口――地竜門は決まった場所にあるからだ。
だが、直接その場所に出るのではなく、少し離れた場所に飛んでいる。当然、帝国が地下都市に向かっているのならそうした主だった入口は確保しに動いているはずである。戦況がどうなっているのかは分からないが、近くに部隊を展開しているだろうと予想された。
少し移動すると、すぐにそれが見えてくる。
「あれは――」
ミラベルが表情を曇らせながら声を上げた。地竜門と呼ばれる、巨大な門の周りに野営地が形成されていたからだ。
周囲には地面が焼け焦げた後や折れた剣、旗等も残されており、激しい戦闘があったことを窺わせる痕跡があちこちに残っていた。
その戦いを制したのは――果たして帝国側であったようだ。
門を固めるように陣地と野営地が形成されており、そこに軍勢が居座っているのが見えた。
「門は敵の手に落ちたか」
ミラベルが重苦しい声を漏らす。
「――いや。まだそうとも限らない」
「そうね……野戦はともかくとして」
そう言って首を横に振ったのはグライフだ。ルシアもそれに同意する。
「確かにな。あの防柵。明らかに門の中から出てくる者に備えるための配置になっている」
ウィリアムの指し示す場所に皆の視線が集まる。防柵――尖った木の杭が交差させるように組まれ、門を取り囲むように配置されていた。中から出てきた者が陣に容易に攻め入れないようにという備えだ。
兵士達の配置、見張り等も門側を向いており、門の内側に対して備えている、という形に見える。
「あれを見る限り門の周囲までは制圧できても、内部の戦闘がまだ決していないという可能性は高い……と俺は考えるが」
ウィリアムの分析を踏まえて皆も兵の配置や陣の備え等に目を向けて――その状況を理解していく。
「戦闘の規模的に捕虜もいると考えておくべきかと。後方に送るよりも人質として使う為に現場に残しているのではないでしょうか」
イライザが眉を顰める。
「だとするなら、救出を考えなければなりませんわね」
「状況を把握し、敵軍の配置を調べて、作戦を考えましょう」
セレーナとクレアが言って、気球がその場に留まる。
状況。状況だ。救出だけならともかく敵軍を撃破するか撤退させるかしなくてはダークエルフやドワーフ達の晒されている危機は去らない。
しかし、今までの戦闘は部隊規模だったが、今回は一軍と呼べるほどに敵の人数が多い。
となれば撃退の為に必要なのは――。
「そうですね……。内部のダークエルフさん達と協力して事に当たるというのが一番いいかと思います。敵軍の数が多く周囲も森ではないので、私達だけでは手が足りないと思いますし」
門の周囲には荒れた平野部が広がっている。木々を操って簡単に数的不利を補うという事ができない。
となれば、何か別の策を講じる必要があるが――そのための方法としてクレアは門の中にいるであろうダークエルフとの連携を提案した、というわけだ。
「それが良さそうだな。私から話をすれば、協力を取り付けることもできる……と思いたいところだ」
ミラベルが思案を巡らせながら言うと、皆も頷く。
「入口はあの場所だけなんですか?」
「いいや。他にも隠されているものがあるが、隘路や難所が多く、罠が張られていたり複雑という場所が多いために帝国兵が潜入するには向かない。私が把握しているものも、今使えるかは分からない。そうした別の通路は必要になれば崩落させることを前提に作っているからだ」
防衛を目的とした通路だとミラベルは言った。ダークエルフ達にとって都合が悪くなればいつでも通路を潰すし、必要なら再度開通させるというわけだ。
「なるほど。だから正式な地竜門をまず確認するということですね」
「そうだな。状況を見ておく必要があるし、私の知っている通路が潰されていたら、帝国兵の目を掻い潜って地竜門を通らざるを得ない。というよりも、貴女なら人目に付かずに門の中へ移動できる、か?」
「そう……ですね。どうにかできる、と思います。ですがその前に――上空からもう少し偵察してみましょう」
捕虜の位置。人数や装備。兵糧等はどこにどれぐらいあるのか。警備の穴はあるのか。それらをできるだけ調べておきたい。地下都市を目指すのなら、ダークエルフ達も欲しい情報であろうから。
「結界の類は――今目につくところでは陣の要所にいくつかの防護結界……それから魔物除けぐらいですわね」
セレーナが固有魔法で得られた情報を伝える。
「防護結界のあるところに重要なものが配置されている可能性は高いな」
「そこを重点的に調べていきましょうか。まずは――そうですね。少し離れたところに位置取って観察します」
クレアは警戒の向きにくい陣の後方に位置する場所で気球を停止させる。ゴンドラ底部から糸を垂らし、地面を這うような形で微細な糸を伸ばしていく。表面は地面に同化するような色合いと質感に偽装されており、目に付きにくい。
それらから送られてくる映像がクレア達の目の前に映し出され、陣地内の話し声も聞こえてくる。
『先遣隊は苦戦しているらしいな』
『要塞化されてるって話だからな……。隠し通路を使って挟撃を仕掛けてくるし罠もあるから安全の確保に一々手間取っちまうって話だ。ダークエルフ共も首輪付きの戦奴より正規兵を優先して攻撃してくるみたいだしな』
『厄介そうだな……。配属されたばっかりだってのに交代するのが不安だよ』
『バルターク殿下の露払いぐらいには役に立ってみせないとな。醜態を晒すと敵兵よりあの方に殺されるぞ?』
そんな帝国兵の会話を糸が拾う。
「バルターク……あいつか」
「……第五皇子です」
ウィリアムとイライザが少し表情を曇らせる。
「どんな人物なのかしら?」
ディアナが尋ねる。
「俺達の見解は少し私情が入ってしまうことを念頭に置いて欲しいが……傲慢な性格だと思う。帝国を至上とする反面、他国の民を見下している」
「混血に対しては――汚らわしいと公言して憚らない人物です。個人の戦闘能力は高いと聞いておりますが」
「なるほど……」
純血を重んじるが故に他国民よりその憎悪はウィリアムやイライザに向いたのだろう。そんな人物から宮殿でどんな扱いを受けていたかは二人の様子を見れば察せる部分があった。兵士達の会話もそれを裏付けているものだ。
固有魔法については――把握していればクレア達に伝えているだろうが、ウィリアム達に帝国国内の情報はあまり与えられていない。皇帝や他の皇子の固有魔法は機密としては最たるものかも知れない。
「軍の指揮能力については?」
「分からない。だが、どうであれそれなりの副官や参謀は付けられているのではないかな」
ウィリアムが応じる。少なくとも個人の武勇に関しては優れている、というのは間違いないのだろう。
クレアは頷くと眼下に広がる陣地の内、防護結界が張られている天幕を中心に一つ一つ外から覗くような形で調べていくのであった。




