第230話 獣化族と人質と
「この人達がそうだよ」
「初めまして」
クレア達が姿を見せて言うと、獣化族は「こんなに大勢いたのか……」と驚きの表情を見せた。
匂いも気配もなかったのに、地上に降り立って各種の術を解くとそういったものを獣化族も感じられるようになったのだ。姿を見せるまでの気配の断ち方、姿の消し方と言ったものが完璧で帝国兵が移動中に用いている結界等とは違う種類の魔法を使っているのだろうと獣化族は思う。
その中には亜竜もいたり、毛色の違う者達がいるのが獣化族の面々には見て取れた。主だった者達は仮面をつけた数人のようではあるが。
いずれにしても人数が多く、敵に回れば対応は無理だろうし、味方に付けば心強い。ベルザリオは従属の輪で無理矢理従わされているという様子もない。
「……信用しよう。助力を期待してもいいのだろうか?」
「事情を教えてくれ」
グライフが尋ねると、獣化族の者達は頷き口を開く。
「女子供が連れて行かれたんだ。身内は逆らいにくくなるし、助けるために投降してしまう奴もいるかも知れない。それで斥候から奪った装備で何とか敵を騙して救出をって思ってたんだ」
「その服装でも夜間などであれば潜入する事は可能かもしれませんが……従属の輪への対処法がないと助けるのは中々難しいかと」
イライザの見立てに、男達は少し表情を曇らせた。従属の輪の厄介さは分かっているのだろう。
例えば――救出する相手にも帝国兵の振りをしたまま連れ出す、という事はできる。逃亡を禁じるような命令がされていたとしても、従属の輪の対象に命令違反だと認識させなければ良いのだから。
だが、身内であるからこそ、連れ出す過程で正体に気付かれたら命令違反だと認識してしまい、従属の輪が発動してしまうかも知れない。或いは救出しに来た相手を妨害しろという類の命令が下っているかも知れない。
命令に逆らった場合は従属の輪による激痛で行動不能になってしまうことは想定される。そうなった場合、救出はままならないし潜入している事も発覚もしてしまうだろう。
だからクレアは従属の輪を外す場合、行動はせず動かなくていいと最初に前置きするのだ。もし従属の輪をつけられた者に命令が下っていて攻撃をしてくるなら、拘束して身動きを取れなくしてから解除の手順に入るだろう。
「帝国兵らしき反応も、探知魔法によって見つけています。救出に向かおうと思いますが――あなた方はどうされますか? 信用し切れないというのであれば、その考えも理解できますし」
クレアが尋ねると男達は少し考えた後に答える。
「……俺達も同行させてくれ。仲間を助けに行くのに信用できないからって後ろで見ているってのはな」
「それに、この人数がいれば俺達だって制圧できるだろうしな。わざわざ騙す必要もない」
獣化族はクレアの問いにそう応じる。クレアは頷き、改めて待機させていた気球を獣化族から見えるようにする。
「これは――」
「縄梯子を下ろしますので乗って下さい。空中から偵察し、人質の位置や敵部隊の規模を把握して帝国の部隊を制圧します」
クレアと気球は極細の糸で繋がっていたが、その言葉と共にゴンドラから縄梯子が下ろされてくる。
「な、なんだあの乗り物は」
「気球と言いまして。機動力は大してないのですが、空を移動できます。呪法で身体を軽くしますので重量も問題ないでしょう」
クレアの言葉に獣化族は目を瞬かせる。恐る恐るといった様子で縄梯子を登り、順番に気球へと乗り込んでいった。
グロークス一族と走竜には糸繭の中に入ってもらう等して、全員が乗り込んだところで気球が動き出す。探知魔法で見つけた帝国部隊らしき反応の方向へ。
獣化族の者達も、初めて乗る気球の乗り心地に驚きを隠せないようだった。
少し移動すると、帝国の部隊の姿が確認される。まだ日が高いということもあり、前回と違って野営中というわけではない。部隊の中には飛竜もいない。浸透部隊ということで、威力偵察兼人狩りの部隊だ。ここには配属されていないのだろう。
それよりも――。
『さっさと歩け!』
『あっ!?』
獣化族の子供達は腕を縄で縛られた状態で歩かされていた。大人と違い、従属の輪は戦闘員以外に使うのは勿体ないという判断なのだろう。その子供の内1人。一番遅れていたものを帝国兵が後ろから蹴り倒したのだ。
『ちんたら歩いてんじゃねえ! 俺達が遅れるようにわざとやってんのか!?』
『そ、そんなこと……』
『ガキの人質の代わりなんぞいくらでもいるんだ! 手間かけさせるならこっちとしちゃお前一人ぐらい見せしめにしちまってもいいんだぞ!』
身を竦める獣化族の子に、近くにいた獣化族の女が子供の身を守るように覆いかぶさる。
『こ、この子は熱があるんです……! ですから、どうか! 私が背負っていきますから……!』
『はっ。まあ良いだろう。だが、お前はそれで遅れるようなら従属の輪も起動させるからな』
『は、はい……』
女の言葉に帝国兵が嘲笑する。他の者達も良い見物だというように表情を歪めた。
上空から見ていた獣化族は牙を剝き、唸り声を上げて毛が逆立つ。それでもすぐさま飛び出していかなかったのは、人質となっているのが救出しなければならない相手だからこそだ。
「俺達は、どう動けばいい……?」
「夜襲を考えていましたが――」
クレアは小さく首を横に振る。
「可能な限り早く救出したいと思います」
表情や言葉には出ていないが、今の光景に怒っているのだろうと付き合いの長い者達には伝わった。
「そうだな。手遅れになっては困る。作戦を考えよう」
「前回よりもやりにくいですわね。従属の輪を付けられているのがあの女性だけではありますが……」
グライフとセレーナも賛意を示す。
「恐らく、帝国兵は俺達が姿を見せればすぐさま人質に取ろうと動くだろう」
「獣化族は変身していなければ普通の人と見た目が変わらないものね」
「帝国兵側からの見分けがつかない、というわけね」
ウィリアムやルシアの言いたい事を察してディアナは眉根を寄せた。
だが熱を出している子供は呼吸が荒く、発熱の原因や容体が分からない以上は機を待つということもしたくない。夜襲まで待った結果が手遅れということも有り得るのだから。
「エルムの操る樹に気を引いてもらうまでは良いよね?」
「そうですね。魔物と判断した相手に、連れて帰らねばならない人質は盾にしないとは思いたいところですが……今の対応を見ているとその可能性を否定できません。そんなことをしなくても対処できそうだ、と思わせる程度に加減する必要があるでしょう」
ニコラスの問いに頷きつつ、クレアはエルムに指示を出す。
「ん」
「その後は――従属の輪が発動しないようにして、排除よりも救出を先に。その後に部隊の無力化でしょうか」
要するに帝国兵からの命令を認識させなければ良い。
「彼らが事態を誤認して対処に動こうとした、その瞬間を狙います。作戦としては――」
クレアが考えを伝えると、皆が頷く。
「それが上手く行ったら全員で一気に、だね」
ベルザリオが確認するようにクレアを見やる。
クレアも頷き、気球は強力な隠蔽結界に覆われたまま進む。位置は部隊の直上。クレアはゴンドラの端から手だけを中空に伸ばし、作戦の決行に向けて意識を集中させるのであった。
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