第225話 走竜達の歓迎
クレア達は解放した戦士達に少し先行してもらい、自分達は隠蔽結界を展開して少し後方の空を飛び、周囲の警戒をしながら進んでいった。
ユリアンの仲間達はクレア達の事を知らないのだ。敵かも知れないと攻撃してくることや他の部隊がまだいるかもしれないということを考えれば、安全策を取っておいて損はない。
捕虜の者達は意識を奪い、小人化して糸繭に閉じ込めて運んでいる。大人数になったからと問題もなく、先行する戦士達の走竜についていく形でクレア達は森を結構な速度で進んでいった。
「走竜の移動速度がかなり早いから、行動範囲も広いわけですわね」
セレーナが言った。走竜達は深い森の中でもかなりの速度だ。人を背中に乗せたまま、急峻な斜面も深い茂みも飛び越えて、木立を軽く蹴って疾駆していく。
走竜達はそうやって疾駆する中で時々木の実や葉っぱを口にしていた。雑食で何でも食べられる性質ではあるが植物の方が好きなようだ、というのはユリアンの弁だ。草食性が強いが、人との暮らしの中で何でも食えるようになるというのはある話かも知れない、とそんな風にクレアが思う。
「帝国が中々傘下に置けないわけだ。広い山岳地帯を支配するのは骨が折れるし、短期的に得られるものも少ないだろうからな」
グライフが分析する。
帝国の目的としては土地の開拓というわけではない。地下資源等が得られる事が分かっているのなら力の入れ方も変わってくるのだろうが、現時点ではそういう動きが出ているというわけでもなく、走竜とそれを駆る戦士達の確保が第一目的だ。
もっとも、一度戦奴として支配下に置いてしまえば彼らの住んでいた土地もついてくるからそういう開発は後から計画する算段なのかも知れない。
土地の者達に開発をさせて搾取するという方法を取ればいいのだし、実際帝国はそうしている。人も物も、献上させればいいという方針だ。
裏を返すなら、先に開発するようなコストをかけるつもりはない、という事だろう。
クレア達が森を進んでいくと、急峻な地形の場所に差し掛かる。先行する戦士達に声が掛けられたのは、その時だった。
「お前達! 無事だったのか!」
その声と共に急斜面の中腹あたり――木陰になっているところから走竜に乗った男が降りてくる。崖のような地形を普通に軽々と降りてくるあたり、走竜の立体的な機動力や高所、悪場の悪い場所での適性は相当なものだというのが窺えた。
「ああ。ユリアンを救出してくれた人達が、俺達のことも助けてくれたんだ」
「ユリアンも無事なのか……! そいつは、みんな喜ぶぞ……!」
その言葉に男は喜び、周囲を見回して言った。
「その人達やユリアンはどこにいるんだ? 後から来るのか?」
「いや、上空にいる。驚かないでくれよ」
戦士の言葉にクレアも応じるように降りてくる。周囲から見えにくい高度になったところで結界を解くと、見張りの男にもその姿を確認する事ができるようになった。
「初めまして」
地上に降り立ち、糸のグライダーを解いてクレア達が挨拶をする。クレア達の出現の仕方が予想外であったためか、男は驚いている様子ではあったが、ユリアンの姿を認めると安心したようだ。
帝国に素性を知られたくないので顔は仮面で隠している、という事も伝えつつ、監獄島に囚われていた人質達を救出し、現在は帰還させるための作戦を実行中なのだと、そう伝えた。
「それは――仲間達が世話になった」
「父に取り次いでもらいたい。俺からも少し話があるんだ」
「それは勿論だ。恩人でもあるからな。案内してもいいか許可を貰ってくるから、ここで待っていてもらえるだろうか?」
「わかりました」
無条件で全面的に信じるというわけではなく、罠だった場合に逃げる余地も残している。その辺は帝国を相手にしているのであれば、当然の自衛と言えた。
しばらくクレア達が待っていると、森の奥から走竜に乗った男達が戻ってくる。先頭の男は髪に白いものが混じっているが、口ひげを蓄えた精悍な印象の男だった。ユリアンに少し似ていることから、彼が族長だろうかとクレア達は思う。走竜も一際立派な体格だ。
「まず皆を助けてくれた事に族長として礼を言う。一族の者達から話を聞いて確認に参った。族長のエスキルという」
「初めまして、帝国に追われる身ですので、名やこの仮面についてはご容赦願いたく思います」
「帝国との戦い、か」
クレアがアストリッド達のことを指して言うと、エスキルも巨人族やダークエルフ、獣化族といった多彩な顔触れに納得した、というような反応を見せた。戦士達からこの後クレア達が各地を転戦して帰還させていくつもりだということはエスキルも聞いているのだ。
「その、顔も見せない名前も素性も詳しくは言えないというのは……怪しいかと思いますが」
クレアが言うと、エスキルは少し笑った。
「走竜達が心を許した、と聞いているのでね。それから実際に顔を合わせて、信用できると判断した部分もある」
エスキルは詳しくは説明しないが、走竜の嗅覚が帝国の者達と違うと判断したという事だ。食べているもの。生活の習慣。そういったものが全く違うという事がまず判断できる。従属の輪を外したとか、帝国の部隊を壊滅させて捕虜として引き渡そうとしているだとか、そういった情報も聞かされている。話をしてみての印象であるとかそういうところから総合しての言葉であった。
「ユリアンも無事だったようだな」
「ああ。ヴェルガ湖にある監獄島に囚われていたんだが、仲間の救出にきた彼女達に、一緒に助けて貰ったんだ」
ルーファスについては仲間、と表現する事で少し情報をぼかしながらも、ユリアンが事情を説明する。
「なるほど……。貴女方は一族の者にとっての恩人。捕虜の事もある。平時とは違う故に、大したもてなしもできないが、我らの住まいに招待したい」
「では、ありがたく」
クレア達は一礼し、先導するエスキル達についていく。
到着したのはやはり急斜面だ。セレーナが見上げると、崖の中腹程に洞穴があり、そこには隠蔽結界が展開されている。上空からは木々が庇になって見えにくい場所で、立体的な視点を持たなければ中々気付けない立地にあるだろう。
「古い魔物の巣を広げて再利用している。多少は不便ではあるが、一時的な隠れ家としては悪くない」
エスキルが説明していた、その時だ。穴の中から何かが飛び出してくる。
一匹の走竜だった。崖の足場を何度か跳んで降りるようにして、一目散にユリアンのところまでやって来たかと思うと喉を鳴らしてユリアンに鼻先を擦りつけてくる。
「マルール……!」
マルール。ユリアンの相棒である走竜だ。ユリアンも表情を綻ばせてマルールの頭や首筋のあたりを撫で、抱擁を以って迎えていた。
「良かったね、ユリアン、マルール」
「ああ。ありがとう」
ベルザリオに言われ、ユリアンが目を細めて応じる。
「走竜達は可愛いわね」
ディアナがその様子を見て相好を崩した。マルールに続くように洞穴から他の走竜達も出てくる。クレアが従属の輪から解放した走竜もいて、自分達の背に乗れというようにクレア達に首を巡らせながら背中を見せて一声上げた。
走竜達が洞穴まで乗せてくれるということで、クレア達はそれぞれ走竜の背に乗って洞穴まで移動する。垂直に近い斜面を軽快に登っていく走竜達に背中に乗せてもらっている面々も楽しそうに笑うのであった。




