第223話 森と空の強襲
以前監獄島に向かった時と同様だ。クレアは訓練場の中空に糸の足場を作り出す。
「武運を祈っている」
「無事に帰る事、それから皆揃って帰ってくる事もね」
「気を付けて。帰りを待っているわ」
リチャード、ルーファス、シェリーがそれぞれ見送りの言葉をかける。
「はい。行ってきますね」
「ああ。しっかりやってきな」
ロナもそう言って、少女人形が嬉しそうに頷いた。
今回は監獄島の時の顔触れに加え、ディアナも同行する。同行する者達全員が糸で作られた足場の上に登り、諸々の準備が出来ている事を確認。ウィリアムが増幅器と共に固有魔法を発動させると一行は光に包まれて北方へと飛んだ。
出現場所はやはり、空の上だ。上空。北方ということもあって、周囲の空気は冷たいが、すぐに結界が張られ、それも和らぐ。
クレアの糸がグライダーに変形し、前回と同様に移動した場所を確認しながら空を飛んだ。
「地図で凡その場所の見当をつけて飛んだが――今いる場所は分かるだろうか?」
ウィリアムがユリアンに尋ねる。
「山の稜線から大体の位置は分かるはずだ。ああ。見覚えがある」
ユリアンは周囲を素早く見回し、周辺の地形から進むべき方向を指し示す。その指示には迷いはない。クレアもグライダーを動かして、連なる山々のある方角へと向かった。
「本当にこんな一瞬で移動できるんだ……。すごいな」
「空を飛んでるのもね……」
「こんな光景を見ることになるとはな」
ベルザリオが言うと、アストリッドやミラベルも呟く。皆、空からの風景に目を奪われている様子であった。
「そのまま進んで欲しい。ただ、分かるのは大体の場所なんだ。帝国の侵攻を受けていることもあって、山脈を移動しながら、偵察して帝国の位置を掴んだら戦士達も戦いを仕掛けたり、待ち伏せを仕掛けたりしていたから」
そんな行動ができたのはユリアン達が元々狩猟を暮らしの中に取り入れて定住しない風習を持っていたからだ。
「季節ごとに住む場所を変えて移動すると言っていましたね」
「ああ。季節によって集落の位置が変わるんだ。寒い時期は南寄りで標高も低くなる。今は……そう。天幕に葉を被せたり色をつけたりして、偽装しているから空からの目視でも難しいかも知れない」
集落の位置は季節ごとに決まっていたが、帝国の侵攻もあって情報が漏れている事も考え、ユリアンの知る限り直近では場所を目に付きにくい場所に変えていた。
目に付きにくい、というのは上空から見ても、という事だ。山岳地帯でもあるため、帝国は竜騎兵による斥候を繰り出している。だから木々が深い森の中。或いは谷合といった、上空からは分かりにくい場所を選んでいるし、天幕にも偽装を施しているはずだとユリアンは言った。
「帝国の部隊を見つけてそこから割り出すのも有効だとは思う。まるで見当違いの方向を探しているという可能性もあるが」
「帝国も戦奴を確保しようと躍起のようだからな……。そこまで生温くはなかったが……」
「それなら、まず帝国の部隊を見つけるのが早そうですわね。彼らは自分達が空から捕捉されるのを想定していないでしょうし」
グライフとユリアンの会話に、セレーナが言う。少女人形も頷き、周辺を見回しながらユリアンがあたりを付けた方向へと進む。
「竜騎兵は貴重で育成にも時間がかかる。帝国部隊を見つけた場合、騎手か飛竜を無力化しておけば、大きな痛手になるだろう」
ウィリアムが言う。
「騎手も訓練に時間がかかる、でしたか。上手くすれば部隊の撤退を狙えるかも知れませんね」
クレアもそう応じて、眼下に広がる森と山々を見て、探知の魔法で調べながら移動していく。監獄島の時とは違い、竜騎兵もいるという話だから周囲の警戒もしなくてはならない。とはいえ、隠蔽結界等も使っているのでそう簡単には敵から発見されるということもないが。
向かったと思われる方角に移動しながらも探知魔法をクレア、ディアナ、ルシアやニコラス、ウィリアムとイライザがそれぞれ別方向に向けて放つ。セレーナも固有魔法を使って森に潜む魔力反応がないか、隠蔽結界等がないかを調べていく。
「結界が見えます。あの辺に何かありますわ」
そしてそれを最初に見つけたのは――やはりセレーナだった。森の木々ぐらいでは透過して魔力反応を見られるし、隠蔽結界を使っていようとも結界自体の目視ができてしまう。セレーナにそういったものは通じない。
「セレーナの固有魔法は便利だね」
「ありがとうございます。完全に視界外のものだと感知できないところはあるのですが」
ニコラスの言葉にセレーナが応じる。
クレア達が相手からは探知できないよう自分達の探知魔法を一時的に取りやめ、セレーナの示した地点に向かって移動していく。
「あれは――」
隠蔽結界の向こう側を見通したセレーナが眉根を寄せる。
「帝国側なのね」
その反応にルシアが尋ねるとセレーナは頷いた。
「捕虜確保のために派遣されている部隊のようですわね」
セレーナが結界内に見えるものについて説明していく。少しなだらかな斜面に野営のための天幕が設営されていて、見張りも何人か周囲を警戒している、という事だ。
「飛竜の姿。それに天幕の中に走竜らしき魔力の輪郭も見えますわ。私は走竜を見たことがないので、ユリアン様から聞いた情報を元にした推測でしかないのですが」
「捕虜が囚われている可能性があるわね」
「位置関係を細かく把握したら、襲撃を仕掛けるか。救出してしまえばユリアンの仲間達と合流した時に話をつけやすくなる」
「今彼らが潜伏している場所も分かりやすくなるだろうからな」
グライフが言うと、ウィリアムも同意した。
「では――。天幕の数や人数、位置関係を掴んだら一気に襲撃しましょう」
クレアが言うと、一同が頷く。服の襟元からスピカやエルムが顔を出して気合を入れるように声を上げた。
戦奴を確保するための部隊というのは、基本的に帝国出身の者達で構成されている。
隷属の輪で従わせている者達をその部隊に入れると、命令にない範囲で手心を加えたり、推測等で気付いても見逃そうとしたりするため、効率が悪くなるからだ。
非殺傷の雷撃を放つ魔法を仕込んだ槍。拘束の術式を込めた魔法道具や隷属の輪の携行。無力化し、生け捕りにする事に特化した部隊だ。探知魔法を用いる魔術師もいる。
派遣された彼らは山岳地帯に潜入し、連日山狩りを行っていた。先日の交戦で十には及ばないまでもそれなりの数の走竜とそれを駆る戦士達を捕え、戦果を挙げられたと喜んでいたところなのだ。
後方に移送し、引き渡すまでが彼らの任務ではある。とはいえ、仲間達の奪還にやってくることも予想されるから彼らも警戒していた。油断はしていないし、襲撃を仕掛けられても迎撃も撤退も視野に入れて行動する事ができる、はずだった。
だが、それは周囲の木々が突然全方位から押し寄せてこないなら、の話だ。
「な、んだ?」
最初に異常に気付いたのは結界を張っていた魔術師だった。突然周囲の木々がざわめいたかと思うと、森が押し寄せてきた。探知魔法にかかったのはそんな反応だ。状況は理解できないが隠蔽結界も同時に弾け飛ぶ。
「て、敵襲! 敵襲だ!」
「何だ!? 樹の魔物か!?」
続いて見張りをしていた兵士達が声を張り上げる。普通の襲撃であれば。兵士達の動きもまた違っていただろう。捕えた走竜と戦士達を人質に使い、襲撃者の動きを牽制しつつ戦うか逃げるかを選択したはずだ。
だが、植物魔物の襲撃となれば人質など何の意味もなさない。
もっとも――エルムの能力による包囲と襲撃すらも目くらまし。
クレア達の本命。最優先事項は敵集団と人質達の分離だ。人質達の囚われている天幕の直上。
隠蔽結界を維持したまま降下したクレア達が天幕に取りついた。
「ここと隣の天幕ですわ!」
「わかりました!」
指定された二つの天幕を覆うように結界が発動する。出入りを防ぐための防護の結界。外から従属の輪への命令を下せないようにするための消音結界だ。
「さて。人質達の心配も無くなったし、ここからはこいつらに借りを返してやらないとな」
槍を手にしたユリアンは天幕の前に降り立ち、戦意を漲らせた笑みを浮かべるのであった。




