第222話 王女の研鑽
辺境伯領への帰途は来訪時と同様、フォネット伯爵領を経由した。
フォネット伯爵家の者達はシェリル王女の訪問に驚いてはいたものの、王女殿下が滞在して下さるとは光栄な事ですと喜び、温かく迎えていた。
「鉱山方面の道を使えば、道中でクレア殿のお住いになっている開拓村も見学できるでしょう」
「それは良いですね。実は村の発展も気になっていたのです。街道の再開発や鉱山の様子も、後学のために見ていきたいと思っていましたし」
「では、道中の警備と案内は私が行いましょう」
カールがそう申し出て、帰路についても見学しながら帰るということになる。
その他にも伯爵家の家宝扱いになっている鉱山竜の頭蓋骨であるとか、クレアが作った氷室であるとか、そういったものを見学しつつ、鉱山竜討伐時の話を聞いてフォネット伯爵家で過ごした。
明くる日の鉱山方面の帰路も、再開発中の街道や鉱山を見学し、前回訪問した時の開拓地の変化に驚きつつも辺境伯領の領都へと移動していく。
経由した開拓村の者達もクレア達の帰還に喜び、シェリーの来訪を歓迎していた。クレアの作ったドレスや人形を好んでくれる友人で芸術方面に明るい商家の令嬢。素性は知らずともそうした紹介だけで好印象を抱かれた様子だ。
やがて馬車は領都に到着する。
リチャードは警備隊の中から一人を事前に先行させ、シェリー達を居城にて受け入れる準備を進めていた。手配をしていたのは居城内に関するものだけではなく、城の外でも動きやすくするための用意もしている。
「領都の屋敷の手配は?」
「見繕っておきました。警備もしやすく利便性も敷地の広さも程々といったところですな。中々便利に使えるかと」
リチャードに尋ねられた辺境伯家の執事がにこやかに答える。リチャードは満足そうに頷くとクレア達に言った。
「アルヴィレトの方々が滞在や準備、連絡等々で使えるよう、空き家を手配しておいたのです。辺境伯家への多人数の出入りが多くなるとどうしても人目についてしまいますからな。街中であればある程度は噂等も抑えられるでしょう」
「それは助かります」
クレアはリチャードに礼を言う。
「ウィリアム様やアストリッド様達との作戦会議等も、そちらを利用なされるのがよろしいかと。彼女らを管理人、警備役として置く予定なので案内や雑事、当家との連絡は彼女達を通して下さいませ」
執事は管理人や警備役となる女官、武官達を紹介し、役目を仰せつかった者達もクレア達に挨拶をするのであった。
無事にアルヴィレトとロシュタッドの同盟も成立し、シェリーも辺境伯家に滞在を始め……そして新たな日々が始まった。
基本的には以前と変わらず。帝国に対抗するための準備や帰還のための準備を進めていく形ではあるが、そこにルーファスへのシェリーの治療が加わった形だ。
治療も辺境伯領に手配された屋敷にて行う。何回かに分けての治療であったが、一回ごとにルーファスの足の状態も好転し、感覚が段々と戻ってくる。
最初は掻痒感。続いて皮膚の感覚や痛み等が戻って来た。
「次の治療までは……痛みを感じるかも知れませんわ。なるべく次までの期間を短くしますが……」
「では、それまでは痛み止めを併用するのが良いかも知れませんね。ポーションについては私の方で用意しておきます」
シェリーとクレアがそんな話をすると、ルーファスは笑って応じる。
「確かに痛みはあるがそこまで強くはないし急ぐ必要はないよ。シェリー殿が好調を維持できる形で進めてくれればいい。クレアも痛み止めを用意してくれるというし、感覚が戻って治ってきているというのは嬉しい事だからね」
以前は痛みすら感じない状態だった。それを考えれば痛みであってもある事すら喜ばしいとルーファスには思えるのだ。
シェリーとしてもルーファスが協力的で固有魔法への理解度も高いので治療に関してはストレスもなく進めていく事ができた。
どのぐらいの力加減で、どの程度状態が好転するのか。自分の体調には影響が出ないようにシェリーは進めているが、概ねシェリーの計算した通りに進行している状態と言えた。
後何度か治療を施せば、足の指や膝も鍛えれば動かせるようになり、そうして古傷も完治するだろうとシェリーは自分の見立てを語った。
治療に際して、クレアとロナ、セレーナはシェリーの固有魔法を観察、分析や解析等も進めている。
「魔力を多めに消費する事で同程度の効果を発揮する事は出来るわ。これとこれが同程度の威力、かしら」
シェリーは右手と左手にそれぞれ、魔力のみで構成した治癒の輝き、生命力を消費した治癒の輝きを形成する。
右手のものは魔力を大きく込めているが、煌めきは左手のものに及ばない。左手の治癒の光は込めた魔力も圧倒的に少ないものだ。
「なるほど……。通常では考えられない増幅をしている印象があります」
「……代償があるからこそですわね」
「生命力を消費する度合いで、魔法効果を引き上げてるわけか。にしても両手で方式を変えて同規模の術を作れるってのは、かなり研究と研鑽を積んでいるみたいで感心だね」
クレア達の言葉に、シェリーは「それは何と言うか……みんなが喜べるような結果であって欲しいですから」と謙遜するように笑った。
ロナは頷くと言う。
「寓意による増幅の補助もしてみると良いかも知れないね。生命力の消費よりも効果は低いだろうが、相乗効果も出るはずだ」
「興味深いお話ですわ」
「クレアと一緒に研究でもしてみると良い。あたしも基本ぐらいなら教えてやれるが」
そう言って、ロナは軽く肩を竦めるのであった。
ルーファスの治療やシェリーの固有魔法の分析と並行しながらも、クレア達はアストリッド達の帰還に向けての用意を予定通りに進めていった。
魔法道具の開発と充実。増幅器の魔力蓄積、食料や飲み水といった物資の備蓄。転移で移動する場所の地理、風習の確認と、移動先の選定。移動順の確認。帝国の部隊と不意に遭遇してしまった場合の想定やその対応のための訓練等々……すべき事は多岐に渡る。
「仮面や偽装魔法で顔が見られないようにするのは監獄島潜入の時と同じだが……仮面自体を防殻の装備にしたというわけか」
「結晶を飛ばす腕輪もありますし、戦いになった際は心強いですね」
ウィリアムとイライザが潜伏用の仮面を見ながら言った。ロシュタッド王国の同盟に提示した防殻装備を仮面に組み込んだ形だ。どうせ装備するものならばという事で組み込まれたが、軽量小型で防御力の増強は十分なものと言えるだろう。
「鉱山竜の結晶弾再現も実用性や安全性は十分ですね」
「ありがたく使わせてもらおう。魔法道具自体も軽いし、投げナイフ等を用意しなくても手軽な遠距離からの攻撃手段があるというのは便利だ」
クレアが言うと、グライフが腕輪を身に付けて頷く。
通常結晶弾の魔法道具化は出来ている。
爆裂結晶の魔法道具化については……爆弾を即席で作れてしまうようなものだから、クレア自身が世に出す気があまりないものだ。魔封結晶については扱いが難しく、魔法道具にすると道具自体の動きに干渉してしまう事があって、精度面で改良の余地あり、といった状況だった。
そうやって装備品の充足をしつつも訓練や研究開発等をして備え――やがて十分な用意も整ったという頃合いで、クレア達はアストリッド達の帰還に向けて動き出した。
転移を始める場所は辺境伯の居城の訓練場からだ。リチャードやシェリー、ルーファス達が見守る中で、クレア達は出発前の最後の確認を行う。
「地理と転移の効率的にはまずユリアンさん達の住まう山岳地帯、それから獣化族の住まう森、地底都市を巡ってから、アストリッドさんの仲間が抵抗を続けている北方の山岳という形になります」
「あたしは問題ないよ」
「同じく」
「僕も大丈夫」
「順番は任せる」
クレアの説明にアストリッド達は同意する。
「続いて――今から配るものについてですが、一時的に小さく、軽くしてありますが防寒具、雨具、天幕、食料に飲み水、魔法道具といった品々が入った背嚢です。もし現地ではぐれてしまっても対応できるようにというものですね。元の大きさと重さに戻っても、とりあえずは問題なく扱えるかと思います」
小さくした背嚢はクレアとはぐれた場合、時間経過で呪いが解除されて元の大きさに戻るという寸法だ。収納されている魔法道具も、箱の外に取り出す事で位置を特定できるように目印の魔法がかけられている石といったものなど、安全性を高めるための物品が収められている。
「では――そろそろ出発しましょう」
それぞれが受け取り、行き渡ったのが確認できたところで、クレアはウィリアムに視線を向けたのであった。




