第219話 手を結ぶのならば
「熟練の魔術師でなくとも防殻を纏う事が出来る……。確かに、この魔法道具があれば戦いの場だけでなく、救助や危険な場での作業等、様々な場での大きな助けになるかと」
クラリッサの説明に少し興奮した様子を見せるシェリル。自身に魔法の心得があるからこその反応だろう。
勿論、リヴェイルもスタークもクラリッサの見せた魔法道具の価値は十分に分かる。
実際にスタークも魔法道具を起動して防殻を展開し、自身の手の甲を軽くガラスペンの先で突いてみるなどして強度を確かめていた。
「鹵獲防止、解析防止の技術も組み込むため、これを実戦に投入した場合、帝国に対して短期的、中期的な優位性が見込めるかと。帝国側が一から開発した場合は状況も変わってきますが、その頃には帝国国内についても今のままとはいかないようにしていく……という作戦ですな」
「救出した者達の帰還と従属の輪への工作による影響か」
「他にも魔法道具を考えています」
クラリッサは資料を提示しながら言う。
「飛行装具……?」
「大樹海では活用できない品ではありますね。想定としては大樹海を突破されてしまった場合。帝国の擁する竜騎兵に対抗する戦力を増強するのならば、魔法道具で数を補ってしまうのが良いのかなと」
飼い慣らした飛竜と訓練された竜騎兵という運用はロシュタッド王国もヴルガルク王国もしているが、飛竜は貴重だし竜騎兵も育成に時間がかかる。
帝国は大樹海に竜騎兵と新兵器を持たせた地上部隊の混合兵団で攻め入った事もあったが、天空の王一体によって大損害を被り、それ以降は竜騎兵を差し向けるような事はしていない。
普段は悠然と飛行しているから誤解されていたが、天空の王はその気になれば飛翔速度どころか小回りすらも、飛竜など比べ物にならないものを有していたのだ。
後はロナの目撃した通り。異常な火力の広範囲雷撃による蹂躙劇でしかなかった。いずれにせよ、今日に至るまで確認されている中で最強の領域主とされているのが天空の王なのである。
ともあれ、それはかなり昔の話。今では帝国の竜騎兵の数も回復してきているだろう。クレアの提示する魔法道具に関してはそれに対する備えとなるのは良い話だ。
大樹海に対しては影響を及ぼす事ができないが、物資運搬や伝令等々の面で影響が大きい魔法道具と言えた。
「なるほど……。帝国を後手に回らせる分には十分な備えと言えるだろうね」
ここでアルヴィレトと同盟を結び、支援をしておけば、帝国に対しての備えが手に入るということになる。中々に強かだとリヴェイルやスタークが思う事としては、提示されたものが単に帝国に対する備えになるだけのものではない、ということだ。
大樹海では使いにくいものが混ざっていたり防御的なものであったり。これらは間違いなく有用ではあるが交渉が決裂、或いは同盟の破棄をしたとしても、アルヴィレトに対しては牙として向かいにくいものとなる。例えば国土を奪還した場合、飛行装具は大樹海に隣接しているアルヴィレト本国に向けての活用はしにくい。
他にもいくつか研究していて渡せるもの、として提示されていたものが資料の中にはあったが、医薬品の類であるとか有用そうなものが記されているが、やはりアルヴィレトに対しては害とならない。
それはいい。両国間の国力が違う以上、保険をかけておくのは当然と言える。
「これは……魔女の知識なのかな?」
「いいえ。私は魔女の里との繋がりを持たない身です。ですから先人を巻き込まない意味でも、師から授けられた魔女特有の知識をアルヴィレトのための交渉事で使うつもりはありません。一般の魔法や私の知識にある実験、観察、解析から出てきたものです」
クレアはアルヴィレトの事に魔女を巻き込む事を考えていない。
前世の知識や固有魔法による解析を基にしたものであり、科学的な理屈を一般に流布している魔法で補ったものだ。だから、飛行装具にしても箒によるそれとは理論が違う。
「伝承についての話も聞きたい」
「では――」
ルーファスは運命の子に関する話をしていく。アルヴィレト王城の地下にある水晶柱と、クラリッサが生まれた時にそこに宿った炎の話。運命の子に関する言い伝え。
リヴェイル達はその話に静かに耳を傾け――伝承を聞き終えると言った。
「……スターク、そろそろ結論を出そうかと思う」
「はっ」
リヴェイルとスタークがそう言って。クラリッサ達は内心は表に出すことなく静かにそのやり取りを見守る。
「私は――この同盟を受けようと思う」
リヴェイルは、そうはっきりと口にした。
といっても現時点では密約であるから公表はできない。公表できない同盟の効力を担保するために魔法契約を交わすことに同意する、という意味になる。
「承知致しました」
スタークは反対意見を口にしない。
国王の意向に関しては助言することがないから。スタークがこの場ですべき仕事は交渉が不利に働かないようにするためだが、ルーファス王もクラリッサ王女も、ロシュタッド王国がそうならないようにしている節がある。寧ろ自分達がある程度自由に動けるようになるための同盟といったものを求めている様子だ。
「感謝する」
「ありがとうございます、陛下」
ルーファスとクラリッサが揃って礼を言うとリヴェイルは笑って応じる。
「帝国の南進を阻止したいというのは辺境伯家だけの話ではない。ロシュタッド王国全体にとっても重要な懸念でもある。南方諸国も帝国と国境線が接する事は望んでいないだろう」
だから南方諸国もロシュタッド王国に対しては好意的であるのだ。それによって得ている利益も多い以上は、自らその矢面に立とうという覚悟をしているアルヴィレトに力を貸さないというのは筋が通らないだろう。
「では――密約の内容に関して詰めていくとしよう」
リヴェイルが言うとスタークも頷く。
「まず、先程のお話の中にあった軍権承認のお話ですな。軍の規模を監査役に申告すること等、いくつかの条件を守って頂けるなら懸念事項は少ない、と予想されます」
懸念というのは王国に対してその武力が向いてしまう事であるとか、アルヴィレトという裏事情があるからこそ認められた特例を他の者が自分達にも、と求めてくる事だろう。
王国にその矛先が向いてしまう可能性に関しては監査と魔法契約によって防げる。
アルヴィレトの者達の規律に関してはクラリッサ王女が功績を上げている事から末端への影響力も高いと思われるから、軍規も引き締められるだろう。
特例的な扱いに関しては、そもそも密約である以上公にする必要もない。辺境伯家や竜滅騎士の名を使っての建付けならいくらでも誤魔化せるだろうし、対外的にはそう説明すればいいだけの話なのだから。
「それらの条件を飲んでくれるのならば軍権や傭兵団の件は承知しよう。だが、同盟である以上、帝国が実際に軍を大樹海に差し向けてきた時はその規模に応じ、王国も派兵し、物資を支援するということも約束する。その時は……他人事ではない」
「確かに他国の方々に任せて座視していては面目が立ちませんからな」
リヴェイルとスタークの言葉にリチャードが目を閉じる。
「合わせて、そうなった場合に密約は公のものとしたい。貴国と国交を結び、同盟関係である事と公表しようと考えているが……構わないかな?」
「それは……寧ろ有難い話ではある」
帝国が侵攻してきてアルヴィレトの者達がいると確定してしまえば伏せておく理由もなく、王国が同盟を結んでいると公表することでより動きやすくなる。
「私達は貴国の者達にのみ血を流させ、帝国の力を削ぐための尖兵とするつもりはない。自らの国は自ら守りたいと思っているし、手を結ぶのならば互いに信頼できる関係でありたい」
「陛下のご高配、感謝致します」
クラリッサが深く一礼する。静かに話の流れを見守っていたシェリルであったが、その時口を開いた。
「父上、私も協力したく存じます。王家からの監査、及び協力として私も辺境伯領に出向する事を許しては頂けないでしょうか。きっと……お力になれると思いますわ」




