第204話 救助対象者と捕虜達の行先
「同盟ですか」
「ええ。この地で領地を構える私としては、隣接する国境付近に友好関係を築けるような国が欲しいのです。誤解のないように言っておきますが……帝国からの防波堤というつもりはありませんぞ。対帝国において、貴国は手を結ぶに値する相手と考えております故」
リチャードがそういう見解でアルヴィレト王国を見ているのは、ディアナの所属する商会がアルヴィレトの者達で構成されているのではないかと考えているからだ。
商会の扱う魔法道具を見た場合、ディアナ個人も商会も、画期的な魔法道具を諸々生み出している。但し軍事技術に直結するようなものはなく、生活の利便性を上げるだとか魔物から身を守る、身を隠すといったものが主である。
商会がアルヴィレトの者達であると仮定した場合、その魔法技術の外への出し方が意図的であるとリチャードには感じられるのだ。
少なくとも商品を流通させている南方諸国やロシュタッドに対して悪意がない事、戦意を煽るつもりがない、ということは分かる。商会が以前中心的に活動していた南方でも特に不穏な影響がないということも、ある程度調査はしてあるのだから。
表に出せない、或いはまだ出していないアルヴィレトの魔法技術は他にも色々あるのだろう。それらを考えれば同等の相手として手を組む価値はある。
それに、ディアナもまた鉱山竜討伐の場にいて協力していた。その場に肩を並べる程度の実力や手札があるのだろう。
リチャードやディアナから感じる魔力の大きさもそうであるが……何よりクレアの存在が大きい。彼女はロナの高弟であり、墓守、領域主、鉱山竜の討伐に関わり、孤狼と友誼を結び、帝国の監獄島からの救出作戦まで成功させた。
そしてアルヴィレトの指導者層か、そこに近い位置にいる人物でもあるだろうし、シェリル王女や竜滅の騎士セレーナとも交友関係があるのだ。人格的にも問題がないだろう。
クレアが大樹海の一角に国を持ち、有事の際にロシュタッド王国やトーランド辺境伯家との連携や協力ができるというのならば、それは対帝国において強烈な抑止力になり得る。
「――対帝国における軍事的な提携や支援……ということですか。対等というには国を追われている私達の方が受け取るものが多くなりますが」
「将来的な期待も含めてのものです。結ぶに足ると思うのは技術的な部分と人材面が大きい」
「技術ですか。それなら、私からも何か考えられるかと思います」
クレアが少し思案しながら言った。開発しているものからロシュタッドに同盟を組むに足るものを見せる、或いは提供するといった事もできるだろう。
「それは何と言うか……中々凄いものが出てきそうですな。私が同盟として期待しているのはクレア殿の人格的なところもです」
そんなクレアからの提案に、リチャードが少し笑ってから言葉を続ける。
「それと……同盟を提案する理由ですが、これはこの土地を預かる領主としての勘でしょうか。クレア殿が遺跡から発見した古文書の内容はご存じですかな?」
「それは娘より聞いています」
「あれを考えると、今帝国に対して様子を見ているのは危険であり……積極策を講じるべきと感じるのですよ」
帝国はそうした禁忌を知れば間違いなく我が物としようとする。そうでなければ大樹海を跨いで王国に手を出してくる理由もなく、大樹海や領域主に対し、懲りもせずに手出しをする理由がない。
古文書の内容や永劫の都がアルヴィレトと関係があるのかないのかは置いておいても。平穏を望む故に王国は大樹海に触れず、野心故に帝国は大樹海に触れる。だからこそ王国と帝国の間では大樹海に対する情報に差が出てしまっている。その時点で後手に回ってしまっているのだ。ただ……帝国にとっての焦点になっているのは、やはりクレアなようにリチャードには見えた。
「しかし私がそういう見解であっても、リヴェイル陛下にもそれをお伝えせねばなりません」
「秘匿された同盟であるからこそ、重要性を理解してもらう必要がある、と。十分な説明をするのならば準備も必要になるでしょう」
「わかりました。現時点ではあくまで私からの提案。ここで私が知ったことも含めて、今はまだここだけの話に過ぎません。ですが……」
公にできない同盟を組むからこそ、口約束で反故にできないように魔法契約を取り交わすべきでしょうと、そうリチャードが言う。
リチャード自身も今回の提案が成立するようにアルヴィレト側との話し合いを行い、王家に対して根回しすることを魔法契約で約束すると、そう言った。
ルーファスもリチャードに礼を言って、同盟に関する話はそこで一区切りとなる。
「では、監獄島に関する話をお聞かせ願いたい」
「わかりました」
国の代表という事でルーファスが主体での話し合いとなっていたが、今度は監獄島に関することと言う事でクレアが話を始める。
ヴェルガ監獄島に潜入し、老魔将ネストール達と交戦したこと。人質となっていた者、看守達を残らず連れてきていること。
そして、救出した者と捕虜とした者達をどう扱うつもりかの案も含めて監獄島で起こった事をリチャードに伝え、看守達が帝国内でどういった扱いになるのかについてもウィリアム達が補足として説明をしていった。
「ネストール……現役を退いたと聞いておりますが……監獄島に配置されていたというわけですか」
一昔前の帝国の侵略戦争に置いて名を馳せた将軍ではあるが、クレア達の話を聞く限りでは金獅子帝にとって優先度の高い対象を守らせていただけで、実力に衰えが感じられるものではないように思えた。というよりも実力や性格に信が厚いからこその人選なのだろう。
「次に救出してきた人達についてですが……基本的には従属の輪を解除し、同族の方々の住むところへの帰還を目指したいと考えています。その際にはウィリアムさんの助力をお願いしたく存じます」
「それが上手くいくならば、かなり帝国の力を削ぐことに繋がるでしょうな。ウィリアムはどうかな?」
リチャードがウィリアムに視線を向けると「可能な限り協力したいと考えています」とリチャードの目を見て即答する。対帝国での意志は固いようだ。
勿論クレアの性格を考えるのなら彼らを帰還させたからとそれだけに留めるということはないだろう。恐らくその者達の従属の輪を外し、偽物の輪を配って回るだろうと思われた。人質となっていた王族や族長の子等……有力者の血縁者の解放と、従属の輪の解除。それは帝国に大きな打撃となる。
「捕虜も同様に、最終的には解放をと考えています。ただ……秘密を守るために強制力を持たせた魔法契約でその行動を縛ろうかと考えています」
クレアが言う。帝国は監獄島を公的に認めていない。
帝国内の離れた地で不自由のない暮らしをさせているとだけ説明するばかりだ。
だが、監獄島の実態はロシュタッドや諸国は勿論、帝国に支配されている諸民族からすると更なる反感を招くものではあるだろう。
故に帝国は看守達に関しては返還を求めることもなく、交渉にも応じない。
考えられるとしたら接触ないし確保して情報を得る事だとは思うが、情報漏洩を防止する策が講じているなら解放することも可能というわけだ。
彼らを解放し、帝国に帰還したとしても情報を伝える手段を制限されてそこから何も得る事ができない。となれば、厚遇もされないだろう。
隠れるように生きるか。法の遵守と帝国への非協力を契約に組み込むことで、他国でも暮らしていくことができるようにするか。
彼らの命を奪わなかったのは情報漏洩を防ぐためだけに無力化した捕虜の命を奪うという方法では王族の品位が血で汚れるということでもある。
「そもそも、私の父を助けるための作戦です。捕虜の収容と解放に関してはこちらで責任を持つ所存でおります」
「いや。私も協力しましょう。同盟を結ぶための働きかけをする一環と思って貰えれば結構です」
リチャードは言った。辺境伯領の領主として、帝国の力を削ぐための工作ぐらいはするつもりだ。帝国から公的に認められない立場の看守達であれば問題はない、という判断であった。




