第202話 ある夜の語らい
アストリッドの話を聞いた上でどうすべきかを相談もして、一段落がついた。
明日には辺境伯から迎えの馬車も来る。辺境伯も交えて会談を行う事になるだろう。
ルーファス自身は体調も良いと言っているが、慣れるまでは無理をしないようにしようとパーサも交えて話をしており、少し早めに休む事となった。
小人化の呪いや羽根の呪い、眠りの術。眠らせている間に衰弱させないための術といった必要なものはロナに引き継いでもらい、クレアは糸繭や拘束の維持だけを行う形だ。監獄島潜入中は多数の術を維持していたということもある。
「あ、っと。色々話をする事があって忘れていましたが……明日出発する前に、村のポーションの補充だけはできるように準備をしておきますね」
クレアはふと思い出して言う。朝一番ですぐに集会所へとポーションを持っていけるように準備だけはしておこうと立ち上がる。
「ん」
「エルムはそのままにしていて大丈夫ですよ。昼間確認しましたが、補充するポーションもそんなに多くないですし、すぐです」
「ん。わかっ、た」
エルムも寝床から出てついてこようとしたが、クレアが髪を撫でるとこくりと頷いた。
布団をかけ直して横になるエルムに小さく微笑み、クレアは自室から店舗へと移動する。
店舗奥の作業室からポーションの小瓶をいくつか取り出し、違う色の小瓶に小分けにしてから薄める。
クレアの作るポーションは品質が良い。普段使いには効果が過剰すぎるが、弱めてやればちょっとした傷の治療、消毒、日常の体力回復用に丁度良くなるし数も多くできる。そちらは数も多く確保できて、使いやすいのでそれなりに消耗する速度も速くなる、というわけだ。
とはいえ、監獄島に行っていた日数もそれほど長期間というわけではないということもあり、ちょっとした補充で済む。効果を薄めたものを何本か。それから元の効果を保ったままのものを一本ずつ用意し、木箱に丁寧に収めて、それを店舗側に運んでカウンターの上に置いておく。
と、そこにグライフが顔を出す。
「ああ。クレアだったか」
「すみません。起こしてしまいましたか?」
「いや。まだ眠ってはいなかったから気にしなくていい。物音がすると、性分でな」
そう言って苦笑するグライフである。
「出発前に朝一番で集会場のポーションを補充しておこうかと思いまして」
「手伝える事はあるか?」
「いえ。もう準備はできていますよ」
「クレアのポーションがあるから皆安心して働けると喜んでいた。開拓村も大分大きくなったものだ」
怪我や疲労を気軽に回復できるということもあって、連日精力的に仕事ができるというわけだ。
窓の外――通りに揺れる篝火を見てグライフが言うと少女人形が頷く。
「村が発展しているのを見るのは楽しいです。国に帰ってからもこんな感じなのなら、王女としてはやりがいを持てそうではありますね」
「皆も嬉しく思うだろうな」
グライフは少し笑った。それから窓の外に再び視線を戻し、表情を真剣なものにする。
「クレアは戦いの場にだって立ち、王族として振る舞う事を厭わない。だから……俺も俺にできる事はするつもりだ」
グライフが言うと、少女人形の方が少しだけ驚いたような仕草を見せた後で……クレアは少し目を細めて穏やかな表情を見せる。
「背負わせてしまったと……そう思いますか?」
「前は、そう思ってもいたな。大人として情けないと。王女であろうとしてくれるクレアにはもう、そうは言わない。ただ……そうだな。クレアには人形繰りのように、本当に好きな事をさせてやれないのは、今でも申し訳ないと思っている」
王女であることに気付いて、伝えた。だから背負わせてしまった。確かに、そういう側面はあるのだろう。
人形作りや人形繰りが好きで。子供達にそれを見せて楽しませることをクレア自身も楽しみ、望んでいる。本当なら人形とポーションだけでもクレアの腕なら暮らしていけたはずだ。
帝国のような者達との戦いの場に立たせ、手を汚させてしまう事だって、本当ならば望むようなものではないだろう。
クレアは青いブローチに少し触れて微笑む。
「私はお父さんやオーヴェルさん達に助けられて、ロナのところで生きてきましたから。好きなように錬金術や魔法を研究して、空を飛んで……。人形を作ったりみんなに人形繰りを見せたり……そうしていられたのも、最初から王女様だったら多分違ったと思います。それにですね。人形繰りを誰かに見せるのも、王女として村を大きくしたりするのも、割と私の中では似てるんですよ」
前世の自分が師の人形繰りによって希望を貰ったことを、誰かに返せるのが嬉しいと思ったのと同じことだ。
自分が王女であることに家族や大切に想う人、想ってくれる人達が希望を抱いてくれるのなら。それは舞台の上で振舞うことと変わらないし、嬉しくも思える。
そんなクレアの言葉に、グライフも穏やかに目を細めた。
「……わかった。だけれど、その中でもしも辛い事があったら、いくらでも言ってくれ。受け止める事ぐらいはできるし、勿論俺に可能な事であるなら、それを解決するために力を尽くすつもりだ」
「ふふ。ありがとうございます、グライフ」
クレアは、そう言って嬉しそうな笑みを見せるのであった。
夜が明けてポーションを集会所に運び、朝食を取ってから出発の準備をしていると、やがて辺境伯家から迎えの馬車がやってきた。
護衛の部隊が付けられているあたり、リチャードが今回の件を重視している事の現れではあるだろう。
規模、装備がしっかりしているのは事情を詳しく聞かないまでも、ルーファスの身分についてであるとか、帝国がそこに相当注力しているということについて察している部分があるからだ。
「お迎えにあがりました」
礼服を纏った辺境伯家夫人、ヘロイーズが馬車から姿を見せて言う。ヘロイーズが来たのは、跡取りとなる子息達は城以外の場所ではなるべく一か所に集めないという決まりがあるからだ。有事の際、家人が誰か一人だけでも生き残っていれば指揮官として据える事ができる、という判断である。
クレア達は馬車の車列に乗って出発する。クレアとルーファス、ロナは同じ馬車に乗って、道中、クレアはどんな風に暮らして修行してきたのか等の、昨日は話せなかった細かな内容を伝えながら領都へと向かう。
「10歳の時には大樹海に入って魔物狩りと採取を行い、12歳で鉱山竜の討伐か……私達の常識にはない話だな」
「まあ、魔法の才やセンスは飛び抜けていたからねぇ。最初から危なげはなかったよ」
「それで……お話にも出ていましたが、こういう人形繰りが趣味です」
そう言いながらクレアは人形繰りをルーファスに披露して見せる。くるくると舞い踊る小さな踊り子人形に、ルーファスは表情を綻ばせる。
「肩の人形のように魔法の糸ではなく、普通の操り方で動かしているわけか。それでこんなにも自然に動くというのは……すごい技量だな」
「ありがとうございます、お父さん。その……国のお話やお母さんのお話も聞きたいです」
「アルヴィレトとシルヴィアの話か。そうだね。それじゃあ、領都に到着するまで、出会った頃からの話や王都の話……それに君が生まれた頃の話でもしていこうかな」
ルーファスが微笑み、そうして空白の時間を埋めるようにアルヴィレト王国での事をクレアに話して聞かせるのであった。




