第199話 クレアとルーファスの帰還
ユリアンに庇われていたベルザリオや他の人質達を残らず救出。看守達やスパイ含め、それぞれに色分けした小さな糸繭に入れる形で運ぶ。
塔でネストールを始めとした何人かの看守は戦いの中で亡くなっている。彼らについては傷を塞ぎ衣服や身体の血の汚れを浄化し、数日分の防腐処理を施して並べて寝かせて、腕を組ませておく。
帝国の在り方と、ネストール個人の評価は異なる。
強者に敬意を払っていた姿勢に対しては少なくともこちらからの敬意を表するに値するし、帝国のやり口が非道だからと自分達まで儀礼を無視する姿を見せて良い事はない。目を向けている者は別に帝国だけというわけではないのだから。
ともあれ、監獄島にいた人員と人質、執務室と資料室にあった書物、資料を根こそぎ回収したところで閉鎖していた結界から元々島に張られていた結界まで残らず解除し、証拠の隠滅も行う。
灯台は次の定期船が来るまでゴーレム達が平常通りの運用をし、それから頃合いになったら証拠となるゴーレムごと海に飛び込んで証拠隠滅を行うだろう。
後に残されるのは無人になった島だけだ。
やがて日が明けた頃合いで、クレア達はルーファスが待つ塔の最上階に戻ってくることなった。
ゴーレム達が木箱を運び込んでくる。回収するべき物資と人員を眠らせている糸繭が収められた木箱だ。
「さて。それでは脱出に移るとしましょう」
「脱出……そう言えば潜入の方法も聞いていないが、どうやってここに?」
場所は――塔の1階。円卓のあるホールだ。セレーナやアストリッド共に待っていたルーファスは首を傾げる、クレアは中空に糸の足場を形成する。
「潜入方法は船着き場からこっそりと、ですが、脱出はウィリアムさんの固有魔法で直接ですね」
「魔力は十分に蓄積されている。結界も消失している以上、問題なく撤退できるだろう」
ウィリアムが静かに頷く。
「固有魔法……ウィリアム殿だけでなく、クレアの糸もそうなんだね。そうか……糸の固有魔法……」
ルーファスはやや驚きもしたが、同時に納得したというような反応を見せた。アルヴィレトにおいては運命の子とされたクレアであり、運命の寓意ともなる糸を固有魔法としている。その辺で思うところはあるのだろうし、アルヴィレトの王として何か情報を持っているのかも知れない。
だが、今はそれを話している状況でもない。まずは脱出ということで全員が糸で作った足場の上に乗った。
「それでは飛ぶとしよう。場所は予定通り、前回飛んだ場所の上空に出る」
ウィリアムが言うと皆も頷く。クレアも糸を全員に巻き付け、箒を出す等々空を飛ぶ準備を整える。そうして。増幅器を用いて、ウィリアムが固有魔法を発動。クレア達は監獄島を脱出したのであった。
光に包まれ、クレア達は森の開拓地の上空に出現した。帝国に飛んだ時と同様、即座に隠蔽結界や羽根の呪いを発動。グライダーを展開して移動する。
この方法による転位は痕跡を残さないこともそうだが、グライダーに変化する糸が下からの目隠しになっていることも利点だ。下部の色もカモフラージュしているので物理的に偶々目撃されてしまうという不安が減る。
もっとも、一瞬だけ結界を再展開する前の魔力反応は出現してしまうのだが、それは致し方ない。
「こ、こんなすごい固有魔法……」
「一瞬で、ロシュタッド王国に……」
アストリッドやルーファス、パーサは流石に驚いている様子だ。気温も景色も植生も一変してしまっているのだから。
「流石にこの遠距離を、この人数でというのは魔法道具の補助があってのものではあります」
イライザがそう説明をしつつも、クレア達はまず開拓村に向かって移動していった。
「こうして無事に戻って来られて肩の荷も下りた。何せ脱出の要でもあったから、戦闘もあまり前には出られなかったし」
「今後の人質達の帰還等についても、兄さんが動くことになるかと思います。その辺りは辺境伯や当人達と話をし、作戦を練ってからという事になるかと思います」
ただ帰すだけでは意味もない。従属の輪が主要な者達の枷になっている以上は、クレアも同行し、それらを外す必要だって出てくるだろう。
「ただ……仮に正式な形での捕虜の返還をしようとしても帝国は認めないでしょう」
「そうなの?」
イライザが更に言葉を続けると、アストリッドが首を傾げる。
「ヴェルガ監獄島は機密扱いで……正式に認められている施設ではありませんから」
ウィリアムとイライザも任務上そこに人を送る可能性があるから知らされていただけなのだ。
「あの国は……看守達のことは知らない振りをするっていう事?」
「そうだろうな。誰が監獄島での救出作戦をしたのか知ったとしても、正式な抗議もしてこなければ、返還も要求してこないだろう」
「……彼らを見捨てるというわけですか」
クレアは少し気の毒そうに目を閉じる。
だからと言って、看守達がその後信用できるかというとそんなことはない。諸々の対策は必要になるのだが、処遇については助けてきた者達と同様、しっかり考えておかなければならないのだろう。
出現した場所から開拓村まではすぐだ。話をしている内に村も近付いてきて、クレア達は上空からゆっくりと高度を落としながら人目のない自分の家の裏手へと着地し、グライダーを引っ込めて隠蔽結界を解く。
開拓村はアルヴィレトの民だけというわけではないので固有魔法関連については人目につかないようにする必要がある。
「裏手ですが、ここは開拓村にある私の店舗兼住居です。正式な家としては大樹海内に魔女の庵を作っているのですが……そこだと色々な人を案内したりできませんので……」
そうクレアが説明するとルーファスはクレアの家を見上げて感心するような声を漏らした。
「立派な家だね……」
「ふふふ」
少女人形が腕組みをしながら笑って見せて、ルーファスとパーサもそんな反応に笑みを漏らした。クレアの特性については塔で待機していた時にセレーナから少し聞いているのだ。
「アストリッドさんには少し手狭かと思いますが……軽い小人化の呪いを受け入れてくれますか?」
「勿論。そっちの方が便利そうだもんね」
アストリッドが明るい表情で頷くと、クレアは自分達と同じ背丈になるぐらいに調整した軽い呪いをかける。
アストリッドは楽しそうに小さくなった自身と、相対的にサイズがぴったりになった周囲を見回していた。
と、そこに裏手の扉が開いてロナとチェルシー、ディアナとラヴィルが顔を見せた。
「帰って来たようだね。森の方で一瞬反応が現れたからそろそろと思ってたよ」
「ただいま戻りました、ロナ。救出も成功です」
クレアが言うと、ロナ達の後ろでチェルシーがペコリとお辞儀をし……ディアナとラヴィルは呆然としたようにルーファスを見ていた。
「ルーファス陛下……パーサ様も。よくぞご無事で……」
「またお会いすることができて……嬉しく、思います」
「ああ……。ディアナ、ラヴィル。私も会えて嬉しいよ」
ルーファスは穏やかな表情で二人に応じるのであった。
そうして、クレア達はまず開拓村で少し休むこととなった。
「巡回の兵士に僕達が無事に戻ったことは伝えたよ。今日は一日休んで、明日の昼過ぎぐらいに迎えの馬車を寄越してもらうって話をつけておいた」
「報告もあるけれど、流石に一日ぐらいはゆっくり休みたいものね」
ニコラスとルシアが苦笑しながら言った。
「同感です」
クレアも二人の言葉に同意する。
監獄島にいた時は常に複数の術を維持し続け……本当の意味で気を抜いていられる時間もなかったのだ。救出してきた者達の呪いの維持を一旦ロナに引き継いでもらって、クレアはようやく人心地を吐くようにチェルシーの淹れた薬草茶を飲む。
「はあ。ようやく安心できた気がします」
「全くですわ。交代で仮眠をとっていましたし、普通の時間に眠るのが大変そうですが」
「夜に眠れるように魔法で調整しておきますね」
クレアがセレーナとそう言って笑顔を向け合うと、店舗の方に来客もやって来た。開拓村にいるアルヴィレトの主だった者達にルーファスの救出を知らせ、面会を順次進めていこうというわけだ。いきなり全員が集まると人目を惹くが、クレアの店舗に顔を出しただけということにすればルーファスの体調を見たり、クレア達のスケジュールに合わせ自然に面会を進めていける。
帰ってきて早々ではあるが、ルーファスの体調や気分も良いという事で日中は来客の対応を行い、店が閉まった時間になってからクレア達と話をするということになっている。
「本当に……よくぞご無事で」
「見事に救出を果たすとは……姫様方は噂に違わぬ素晴らしい実力をお持ちですな……」
アルヴィレトの者達はルーファスに再会することができて感極まっている者。怪我の後遺症を案じ、改めて帝国への怒りに震える者と様々ではあったが、いずれにしてもルーファスの救出とクレアの帰還に喜んでいるというのは間違いない。
そうやって……ルーファスやアルヴィレトの者達の面会を見ながらも、クレアも小さくではあるが、穏やかな微笑みを見せるのであった。




