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第198話 制圧と救出

「一体どうなっている!? 結界はまだ解除できないのか!」

「島外の連中は何やってんだよ! 非常事態に気付いていないのか!?」


 混乱した声と怒号。看守達が焦った様子で走り回り、遠くに見える監獄島外の灯台の明かりに看守の一人――歯噛みする。


「だ、駄目です班長! 術師達が何とかしようとしてるが、結界が相当強固とのことで……!」

「壁の上でも火を燃やして信号を送ってるみたいだが……どうも壁の上の連中の必死な様子からするとな……」

「気付かれてないのか……。もしかしたら対岸は制圧されてるんじゃないか……?」

「クソッ!」


 監獄島のあちこちで似たような騒ぎになっていた。最初は交代の兵士が巡回してこないという事から騒ぎが広がっていったが、それぞれの結界は独立しており、全体で騒動になっているのに各々から見ると外は不気味なほどの静寂に包まれている。隣接する結界の様子をお互いに眺めて、騒ぎになっているのに気付いた程度だ。筆談で連絡を取れる場所もあったが、壁の外等、外部への連絡手段を取れそうなところの看守達にはそれすらも見えていない様子だった。


 かなり高度な複合結界。しかし一体いつからそんなものが仕込まれていたのか。自分達に目撃されることもなく不信に思われることもなく、島にある施設全体にそんなものを? しかも、高度な術を使える者が結界線を? どうやって?


 内通者。裏切者。入念に準備された計画。そんな単語が班長と呼ばれた看守の頭を過ぎる。

 実際は定期船が来るまでの期間に、糸を用いて白昼堂々仕込まれていったものだ。目に映る景色の中に微細な糸が漂ったり壁伝いに通っていったとしても、気付けない。糸自体に隠蔽や人払いの性質を付与して目的の場所に移動しているのだから。


 後は地中や壁面内部、建材の隙間で工作活動が行われた。堂々と結界線を描き、監獄島の施設構造に合わせ、外部、内部で人員が寸断されるように結界を展開した、というわけだ。


「な、なんだあいつは!」


 誰かが叫ぶように言った。看守達の焦ったような声が止まった。ぺたぺたと、廊下の向こうから歩いてくる者がいる。

 いや、歩いてくると言って良いのだろうか。確かに人型に近い。手足のような形状。頭に相当する部分。子供ぐらいの背丈だ。緑色の身体に、黄色い花とも蕾ともつかない部位がいくつかくっついている。


 それは、植物系の魔物のようであった。根とも蔦ともつかないものを、足のように使って進んでくるのだ。


「一体どこから現れやがった、こいつ……!」

「落ち着け……! 結界を張った者達の仲間に、魔物使いか何かがいたのだろう。見たところ一体だけだ。他にいるとしても俺達が狩ってしまえば他の連中の負担も減る」


 浮足立ちかけた看守達に、班長が言う。


「そ、そうですね……。よく見たらそんなに強くもなさそうだ」

「武装は完全じゃないが……剣を持っている者、魔法の発動体を持っている者はあれへの対処を――」


 班長がそこまで言った瞬間だった。植物の魔物が両腕に相当する部位を前に伸ばす。その先には黄色い蕾のような部位があり――頭に相当する部位を左右に振る。命乞いをするようでもあり、恐れているようでもあり……。


「何だ?」

「攻撃の意志がないってことか?」


 看守達が戸惑った、次の瞬間だ。集まってきた看守達に向かって黄色い蕾が発射される。発射だ。飛来したそれは看守達の密集していたところで弾ける。さながらホウセンカの種のようだ。弾けて何か黄色い花粉のようなものを広範囲にぶちまける。


「な、んだ。こりゃあ……」

「身体が……痺れ……まず、い」


 看守達がバタバタと倒れていく。

 そもそも看守達は勘違いしていたが魔物でもなんでもない。エルムの操作する蔦の塊に魔女特製の痺れ薬を内包した種子のような構造物をくっつけただけのものだ。

 解毒の魔法や備えがあるなら対処もできるが、分断されたうえに不意打ちでは対処するのも難しかった。


 やがて、動く者がいなくなると看守達の顔が呆けたようなものになる。

 虜囚の術。一時的に自意識を奪う術だが発動するには意識や身体の自由を奪う、敗北を宣言させる等、支配下に置いたと言えるような状況に持って行く必要がある。


 静かになったところに廊下の奥からロープが伸びてきて、術に囚われた看守達を縛り上げていく。


 そうやって寸断した区画を次々とクレア達は制圧していった。外壁も船着き場も灯台も。例外なく制圧する。

 船着き場のように警備が厚く、比較的配置されている人数の多い区画には皆で制圧を行ったが、基本的には結界を出入りすることのできるクレア達にとっては隠蔽で近付き、有利な位置や場所、タイミングからの不意打ちを行う事が出来た。


 難なく制圧が進む。

 塔の看守達に苦戦したのはネストールがいたからであるし、その部下達が精鋭だったということもある。包囲されての数的不利という状況も苦戦した理由ではある。


 だが他の看守達は訓練こそされているものの、そこまでの手練れではない。そもそも夜間警備担当以外が寝入っていた状況。装備すらも不十分という者も多くいて、終始クレア達に対抗することは叶わなかった。


 やがて看守達を残らず制圧すると、クレア達はそのまま人質達の救出へと移るのであった。




「上手くいったのか……! それは良かった……。君や君の仲間達が無事で何よりだ……!」


 独房の扉を堂々と開いて現れた妖精人形フェリシアを、ユリアンは明るい表情で迎えた。

 フェリシアからの報告を受けたユリアンは報告に喜んでいた。協力してくれた相手ということで彼らに関しては他の人質達よりも細かく話をしておきたいというのはある。ただ、撤退は早めに行いたい。だから経緯や細かい状況説明は後から行うことにした。


「うん。私も色々事情があるんだけどね。詳しい事は後で話すよ。できるだけ時間をかけずに逃げたいし、どうやって逃げたかを帝国に情報として漏らしたくないから……私を信じて、眠りの魔法を受け入れてくれる? あっ。行先は、ロシュタッドだよ」


 フェリシアが言うとユリアンは「ロシュタッド王国……」と小さく呟いてから顔を上げて笑みを浮かべる。


「……ああ。輪を外してもらったし、看守達が大混乱してるのは、そこの鉄格子から見てた。他の人質達のことも……どうか頼む」

「任せておいて。後で……説得も手伝ってくれると嬉しいな」

「勿論だ」


 そう言って。ユリアンを眠らせ、小人化と羽根の呪いを用いて糸繭を構築。居住スペースというよりは、本当に文字通りの繭だ。空気穴等は開いているがそれだけである。


 続いてミラベルに会いにいくと「勇敢なる者に敬意を表する」と言って、フェリシアを出迎えてくれた。

 ミラベルもまた、独房から周囲の様子を窺っていたらしい。中庭で看守達が制圧される声を聞いていたのだと応じる。


 ユリアンと同様に一時的に眠ってもらう事。他の人質達の説得を手伝って欲しいという事、ロシュタッド王国に一時的に連れていくということを伝えるとミラベルは頷く。


「情報を渡したくない……。我らを故郷に返すこと前提にしているからか?」

「うん。助けた人達全員の未来までどうにかできるとまでは……思っていないから。情報を渡さない方がまた捕まっちゃうような事があっても帝国の対応も難しくなるかなって」


 看守達を捕まえていくのもその一環だ。従属の輪は裏切り者が外した、と思わせる。具体的にどうやって外したのか、誰が裏切ったのか。そうした情報は魔法契約によって漏らさせないように予防策を講じるというわけだ。


「承知した。あなた達の事を信じよう」


 ミラベルは妖精とその仲間達の考えを理解するとにやりと笑って頷くのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ネストールとその部下さえいなければ制圧への不安なんてあってないようなもんですよねー
[一言] 看守はどこに捨てるんでしょうね?
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