第84回 色の盲点
創作物の中で、色について言及することは、珍しくないですよね。
景色の描写や、物の描写、人物の描写など、それがどんな様子かを、言葉で読者に伝える際に、色の名前というのは、直感的にイメージしやすい格好の情報となります。
また、色は、それぞれに固有の性格を帯びているので、それを意識しながら作中の色を指定する事で、読者に感じてもらいたい印象を与える事もできます。
例えば、
・白いシャツ
・赤いシャツ
・空色のシャツ
・黄色いシャツ
ほら、着ているシャツの色を変えるだけで、その人の人物像が、何となく定義されて来る気がするでしょう。
白はさっぱりした気性、赤は情熱、空色はのどか、黄色ははつらつ、そんな感じがしません?
キャラクターの性格に合った服の色を選ぶことで、性格や性質が一目で伝わるようになりますし、あえて性格とは異なる色を用いる事で、目新しさやユニークさを演出する事も可能です。
こんな便利な色の名前ですが、一方で、特にファンタジーや時代物の小説、それから外国を舞台にした小説を書く際に、気を付けて用いなければいけない条件もあります。
今回は、この、「色名を用いる時の注意事項」について、どういうところが問題になるのかを例示しながら、解説してみたいと思います。
まずは、私たちが良く使う色名の中から、特徴的なものをいくつか挙げてみますね。
レモン色
オレンジ色
桃色
これらは、果実の名前が色名として用いられています。
桜色
薔薇色
桔梗色
これらは、花の名前です。
抹茶色
小麦色
小豆色
これらは、飲み物や穀物、豆類といった、食物関係の名前が色名に用いられていますね。
こういう色は、普段、私たちが会話の中で当たり前のように用いているし、それが会話の支障になるような事は滅多にありません。
(聞いた人がその果実や花や食材を見たことがあって、色を知っている事が大前提ではありますが。)
ただし、創作物の中でこれらの色名を用いると、ちょっと違和感を生じさせてしまう場合もあるんです。
それはなぜか。
考えてもみて下さい。
例えば、今から3000年前のアフリカを舞台にした小説を書いている時に、登場人物の少年が、朝の水くみの道中で、白んできた空に見とれながら、「今日の空は綺麗な桜色だなぁ。」なんて思ったとしたら。
おかしいですよね。
だって、そんな大昔に、アフリカの人が、桜の花を知っているはずがないんですから。
また、もう一つ例を挙げると、この現実世界とは何もかもが異なる世界観のハイファンタジー小説の中で、主人公の菌類研究家が、「抹茶色の粘菌なんて、初めて見るわ。サンプルを採っとこう。」なんて言ったとしたら。
いや、このファンタジー世界に、日本文化が伝来しているという設定なら、いいんです。
もしくは、主人公が転生者だったり、転移者だったりして、こちらの世界の知識を持っているという設定なら、問題ないでしょう。
でも、そうじゃないなら、中国から伝来し、日本文化に根付いた「抹茶」の事を、なぜこの研究家は知っているのか。
どうにも解せませんよね。
こんな風に、普段何気なく使っている色名ですが、創作物の中で用いると、作中人物が知っているはずのないものや、その世界に存在するはずのないものが、作中で言及される、という結果を招く事にもなりかねない、という、結構な危うさをはらんでいます。
ですから、色名を創作物に用いる場合は、意識的にその名前の由来を考えるようにして、作中に存在しても問題ないかどうかを、その都度チェックする癖をつけておく事をお勧めします。
せっかく念入りに仕上げた作品が、ほんのわずかな色名の使用で、矛盾を生じさせてしまっては、もったいないですからね。
ただ、あんまり細かい事にこだわり出すと、あれもダメ、これもダメとなって、創作に支障が出て来てしまうので、ある程度アバウトな世界観で執筆を楽しんだ方が良い、という考え方もあります。
実際私も、会話文以外の地の文で色名を用いるときは、表現の自由度を確保するために、そこまで厳密に取捨選択はしないようにしています。
今回の話は、あくまでも、きっちりとした矛盾のない世界観に仕上げたい、『こだわり派』の書き手さんに向けた指摘だと思ってください。




