第61回 冗談と悪口の違い
久しぶりの文芸コラムの更新です。
本当は、『ある特殊な文芸の様式』について、その魅力を実際の作品で体感してもらう、というコラムを執筆していて、それを第61回のコラムとして発表する予定だったんですが、まだ完成に日にちがかかりそうなので、それはひとまず置いておいて、今回のコラムでは別のテーマを採り上げて書いてみる事にしました。
(書き上がるのが遅くなりそうなら、とりあえず別の書きやすいテーマで書いて更新する、という事が、コラム連載ならできるのに、それに気が付くのに2ヶ月もかかってしまいました。夢中になると視野が狭くなる私の悪い癖です。)
今回取り上げるテーマは、『冗談と悪口の違い』、です。
この頃、身近でこのことに関して考えさせられる事が多くなって来たので、語っておきたくなりました。
例えば、ある老人が、心配になるくらい太っていてダイエットに取り組んでいる青年に対して、「そこのやせた人!」と呼びかけているのを聞きました。
これは冗談でしょうか?
また、ある青年は、なよっとした感じのしゃべり方の同僚の青年を指して、本人のいないところで、「あいつが居るとオカマバーになるからな。」と言って周囲の笑いを取ろうとしていました。
これは悪口でしょうか?
ちなみに、老人から「やせた人!」と言われた太った青年は、「○○さん、もう~、ほんとに止めて下さいよ。」と言いながら、それほど怒った風もなく、すぐに別の会話(大抵は、老人から青年へのからかいの言葉と、それに対する青年のやんわりとした注意や、気の利いた切り替えし)に移行して行きました。
一方、同僚を「オカマバー。」と呼んで笑いを取ろうとした青年ですが、こちらは、聴いている周囲はちょっと鼻で笑う程度に応じたものの、どちらかというと沈黙気味で、青年が一人で楽しんでまくし立てている感じになっていました。
どちらの場面でも、私はその場にいて、話の内容を聴いていたわけですが、老人と青年の会話は、安心して楽しく聴いている事ができました。
なぜなら、太った青年は、常々、老人のことを『親友』と公言していて、こういったからかいの言葉に答える事を、本人自身が、楽しみにしている面もあるのを知っていたからです。
ひるがえって、「オカマバー。」と言った青年はどうでしょう。
この人は、日頃から誰かの事をあざけって周囲に同意を求めるのが習慣になっていて、周りのみんなもそれを分かっていて、またかと思いながら聞いていました。(それは、みんなが返事をあまりしないという態度で、きちんと不快を示していたことから分かりました。)
二つの例を、言葉だけを見て判断しようとすると、冗談で済まされる事か、質の悪い悪口か、判断できないですよね。
お互いの関係性とか、その言葉を用いた人の気持ちが分かって、初めて、言葉に付与された性質が理解できます。
老人と青年の例では、老人は、青年に対して、親しみと愛情を感じている事が、青年の受け答えから伝わって来ます。だから、はた目には思い切った言葉に思えても、お互いに冗談として楽しむことができていますし、周囲も安心して聞いていられるのです。
青年と同僚の例では、もし、本人の前でそんな事を言えば、きっと同僚を嫌な気持ちにさせるでしょうし、事実、青年の言動が元で、他の人との間に喧嘩が起きた事が、過去に何度もあったそうです。
周りも、そんな事をのべつ幕なししゃべられ続けて、嫌な気持ちになっています。
だから、こちらの例は、冗談では済まされない『悪口』なのです。
昨今では、テレビのお笑い芸人やタレント、有名人に限らず、政治家までもが、誰かを傷つける暴言や誹謗中傷で笑いを取ったり、自分を優位に見せて支持を集めようとするのを目にする事が多くなりました。
しかし、そういう手法を面白いと思う感性は、上記の例の、「オカマバー。」と言った青年のそれと同じ、程度の低さですから、もし、このコラムで、あなたが冗談と悪口の違いに思いをはせる事ができたようであれば、今の世の中の風潮や、ご自身の日頃の言動について、顧みて、考えを深めてみて下さい。
もちろん、創作の中でも、冗談と悪口の使い分けには、注意が必要です。
なぜなら、あなたが思うほど、周囲はあなたの言動を楽しめていないかも知れないし、むしろ、配慮と節度に欠けた軽口は、周囲を不快にさせる場合もあるからです。
例えば、そういう人物を、作中で客観的に(できれば批判や風刺を込めて)表現するのなら、有意義な事でしょう。
ただ悪口を言うのが好きで、皮肉な言動が自尊心や虚栄心を満たしてくれる事に気を良くして、積極的に他者を傷つける目的で書き連ねているなら、それは単にあなたの未熟さでしかないですから、改める必要があります。
ちなみに、「皮肉な言動が自尊心や虚栄心を満たしてくれる」と言いましたが、この作用については、皆さんも多かれ少なかれ経験したことがあるでしょうし、その構造を読み解いてみると、コラム一本が書けるくらいの面白さがありそうなので、また別の機会に詳しく考察してみたいと思います。




