地は天を求め続ける
何故?と二人の物言わぬ瞳が語る。私は二人の鼻先を撫でていた手を離した。
「けど、一つだけ約束する」
それは迷いの無い私の宣言。
「私は二人のものにはならない。その代わり他の誰のものにもならない」
そう。これが“私しか選ぶ事の無い二人”に出来る私からの最大限の誠意。アラドに馬に乗せられ、此処に着くまでに考えていた私の決意。
するとナルヴィが少しだけ首を持ち上げ、私から顔を離した。
『そこまでしてくれるのに、どうして俺達ではダメなの?』
……驚いた。貴方達って竜のままでも言葉をしゃべれるのね。それでも聞こえた声は人の時と全く同じじゃなくて、お腹のそこに響くような空気を大きく震わせているような不思議な声だけれど。でも、訊かれると思っていた。だからその答えはもう用意している。
「私、この世界の人間じゃないのよ」
二匹の竜の体がびくりと震えたのが分かった。恐らくそれはほんの僅かだったけれど、巨大な竜が少しでも動けば周りの影響は少しだけとはいかない。現に彼らの近くにある木々が大きくゆれ、葉がざわめいた。
今度はナキアスの声が森を震わせる。
『世界……?』
「えぇ。そうなの。自分でも信じられないんだけど、私、此処とは全く違う世界に住んでいたの。そして、故郷に帰るのが今の私にとって人生最大の目標」
『……行ってしまうの?』
「えぇ。私はいつか居なくなる。でも……それでもいいなら、今は傍にいるわ」
その言葉と同時に巨大な竜が忽然と姿を消した。いや、違う。どうやって戻ったのかは分からないけれど、私の目の前には既に見慣れた姿のナキアスとナルヴィが居た。竜から人に戻ったのね。
「「チヒロ!!」」
二人は同時に私に向かって駆け寄り、そして抱きしめた。左と右、それぞれの肩に二人の顔が埋まる。その体は震えていた。
私が二人と結婚できないのはどうしようもない事だと分かってくれたのかしら。この震えは、その哀しみ故なのかしら。そう思うと、なんだか私も泣けてきた。ぎゅっと瞼を閉じ、二人の背に腕を回して優しく撫でる。小さな子供をあやすように、大切な人を慰めるように。
耳元に搾り出すような二人の声が流れ込む。
「苦しいんだ。チヒロ。胸が痛くて苦しくて堪らない」
「今だけでもいいんだ。俺達に、チヒロを頂戴」
二人の懇願に、私も胸が苦しくなって一度だけ頷いた。どちらともなく唇が重なって、そのまま草むらに三人で倒れこむ。
見上げた頭上には木々の隙間から夕陽が零れ出ていて、ナキアスとナルヴィの瞳から零れる涙を一瞬だけ輝かせた。それに見蕩れている間に再び唇が重なる。
此処が森の中である事もいつの間にか忘れて、互いの肌に触れ合って抱きしめ合った。チヒロチヒロと私を呼ぶ二人の声が、堪らなく私の胸を貫いた。




