第32話 影しかない男(13)
【土曜日・午前:ブランドルコートの町】
“十三羽の黒ツグミ、焼かれてパイの中
パイを切ったその時に、歌いはじめた小鳥達
誰が小鳥達を殺したの?
それはワタシと、一羽が 歌った〜♪”
乾いた舗装のない地面に描いた枠の上を、アルビオンの童謡を歌いながら、歳の違う少女達数人が飛び跳ねて遊んでいる。
田舎町にしては立派な、『労働者会館』と銘打たれた建物前の小さな広場は、この町の子供達の遊び場らしい。
「ブランドル家が建てた、昼間は学校、夜は集会所らしいよ」
子供達を眺めるソフィアにコンラートが教え、なるほどと彼女は思った。
昨晩、ブランドルコートの主が死亡した噂は瞬く間に町に広がったが、子供は関係ないようだ。
「すぐそこの教会も随分と寄付をしているらしい」
「どうしてそんなに詳しいんですか?」
「出る前に客室付きの従僕に町について聞いたんだよ。フィフィをただ連れ回すわけにもいかないだろ?」
こういうところ、本当にコンラートはよく気が回るとソフィアは感心する。
ブランドルコートの町は、屋敷から徒歩で30分ほど、自転車であれば15分ほどで到着する場所にあった。
「元々はブランドルの屋敷を支える人々と小作人が主だった。南北の通りを軸にした古い集落を挟んで東西の土地に一棟ずつ、サー・リチャードの前の当主が寮付きの工場を建てていまの町の形になったらしいよ」
それがが五十年ほど前のこと。
工場をつなぐ東西の通りも加わった町に拡大しているが、それでも一五〇〇人ほどの規模といったコンラートの話だった。
「住人は、ほぼブランドル家の使用人と工場勤め。ブランドル家で必要な物は商店を通して届けさせている。まさにブランドル家によって存在する町だ」
「サー・リチャードを逆恨みしたロバートさんが、鼻つまみ者になるわけですね」
通りに沿って赤煉瓦造りの住居が並ぶ、あまりにもこじんまりした町は一時間もあれば隅々まで一巡りできそうだった。
町の南側は表玄関、外部との連絡口だ。
郵便局と巡査の住居兼派出所に、グラットン医師の診療所もここにある。
北側は、少し小高い場所となって森林を背に墓地、教会と牧師館、ソフィア達のいる労働者会館と小広場がある。
町の中央広場周辺には、商店が目立ち、商用で来た人が泊まる宿兼パブが1軒。
レストラードが宿泊する、この町唯一の宿だ。
「ロバート・クック氏の死因は毒で確定かい?」
「首と左肩の間の筋に注射痕が見つかり、検体からはストリキニーネが……殺鼠剤ならどの家庭でも容易に手に入ります」
「昨晩、分析作業を始めた時には、もう毒物の見当がついていたようだけれど?」
コンラートの疑問にソフィアは頷いた。調べるだけ調べて、すぐ自分の客室のベッドに潜り込んで眠ったから、まだ結果についてきちんと話せていない。
レストラードが辞した部屋をソフィアは使っている。コンラートと部屋は別々だが、彼の客室は広いためブランドルの屋敷における仮設工房としていた。
魔術は人や社会に大きな影響を与えるため、研究用の魔法薬や魔道具は保管場所の施錠や、使用内容に応じた結界など色々と決まりがあるのだ。
「グラットン先生のおかげです。遺体検案書に背筋の強張りの記述があって……」
まだ少ししょぼしょぼする目を、ソフィアは軽く擦りながら答える。
リチャードの急死で診察にも立ち会い、その後、明け方近くまで分析作業をしていたため、少し眠い。
「まだ眠そうだね。もう少しゆっくりでよかったのに」
「落ち着かなかくて……ストリキニーネは顔や頸部の筋肉の硬直、激しい痙攣が全身に起きて背筋が弓形に反り返ります。でも死後に焼かれ、反対に体は縮み……」
教会へと歩きながらソフィアはコンラートに説明する。
いまブランドルの屋敷は、リチャードの葬儀の準備で大わらわだ。
屋敷の中に医者も弁護士も、ソフィアという検屍官も揃っていた。昨晩中に診察と検屍を終え、グラットン医師が死亡診断書を書き、ソフィアも朝から書類を作成したり立ち会い証明の署名をしていた。
「不自然な強張りが現れたわけか」
「はい、それで検出用の試薬に当たりをつけられました」
出来た書類を持って、カーライル弁護士が列車で隣町プレストへ。埋葬許可の手続きに死亡登録に大急ぎで向かっている。今日は土曜日で午前中に事務所が閉まる。
急ぐのは夏場で当主の遺体が傷まないように。
それからもう一つ、ブランドル家が安置するロバートの遺体もあった。とにかく腐敗がひどいため、解剖も検体分析も終え早く埋葬したい。
「トマス様は優しい方ですね」
「そうだね。彼はなかなかの人物だ。工場機械の設計に関しても一流の技術者と話しているようだった」
亡くなっても邪険にされているようなロバートだが、早く安らかに眠らせてあげない方が酷だろうといったトマスの一言で、両者まとめての準備が進んでいる。
アルビオンは領地や家督については厳格な限嗣相続制度の国だ。
リチャードが亡くなった時点で、土地屋敷など不動産と家督は嫡男のトマスが継ぐことになり、皆、新たな当主のトマスに従うことになる。
「サー・リチャードはこの地域の王も同然だった。ブランドル家の影響力は絶大だ。不審な点がなく病死である以上、明日日曜の午後には葬儀が執り行われるだろうね」
「……そうですね」
教会とそばに建つ牧師館の前で足を止めて、屋根の上の十字架を見上げながらコンラートが言った。ブランドル家によって綺麗に修繕されている。
町や地域に多大な恩恵を与える、莫大な資産の大部分、事業などの動産が問題だ。
こちらは遺言書で故人の意志が反映される。葬儀が終わるまでは誰もその内容はわからない。それも埋葬手続きを急ぐ理由の一つだ。
「警部の宿へ行こうか、彼もそろそろ一度戻る頃だろう」
「はい」
二人は踵を返してもと来た道を戻っていく。
小広場の少女達の唄と遊びは続いていた。
“王様、お部屋で金貨を数え
王妃は、静かにお茶を飲み
王子は、強いお馬と 剣を欲しがり
王女は、ハチミツたっぷり欲張って
家来も、乳母も、メイドも大忙し
小鳥の歌は、聞こえていない
オーブン燃えて、丸焼けなのに……♪”
◇◇◇◇◇
「目撃者でなければ、とっくにデイビッドを引っ張ってますよ」
宿兼パブは、日中は雑貨店兼ティーショップになるらしい。
レストラードと同世代の、愛想のいい店主が出してくれたお茶を飲みながら、店内のテーブル席でソフィアはコンラートと共に彼の話を聞いていた。
「自分と母親を虐待した厄介者の父親を憎んでる。サー・リチャードについても薬は彼が管理してた。主人からなにか譲ると聞いていて、ロビンが現れ事情が変わったかもしれん」
「サー・リチャードの遺言はまだ開示前。判断にいれるのは早計だ、警部」
「そう仰いますがね、ひょっとしたらと想像する者も親族にいましたよ」
おそらくボイル夫人あたりだろう。考えがそのまま口に出る人だ。
憶測だがあり得なくはない。コンラートも注意はしても承知しているだろう。
「なのに、なんで病死なんです?!」
「不審な痕跡はなかったですから」
半ば非難するようなレストラードの言葉に、ソフィアは平然と言い返した。
ないものはない。グラットン医師とコンラートも一緒に確認している。
「本当に? 注射の跡とか? ロバート・クックはストリキニーネを注射されてた」
「ありませんよ」
「不審な痕跡はなかったね。警部も途中からいたでしょう? ずっと心臓を患っていて、半年も前から弱ってきていた普通に考えて病死だ」
「そうだが、腑に落ちん。死の直前側にいたのはデイビッド一人で、なにか……」
「血液検査もしました。毒物の類はなく過剰摂取でもなかったです」
薬物濃度だけで言えばやや高くもあったが。しかし倒れた処置の直後で、致命的と判断するほどのものでもない。
「普段の薬は誰もが触れられる場所にあり、昨晩はグラットン先生が処置してます。共犯を疑っても、医師が一番怪しまれることするとも思えません」
「腕がいいのも我々にばれているしね」
「じゃっ、なんなんですっ」
だから病死と診断されてる。都合が悪いからと癇癪起こされても困る。
ソフィアはむすっとぽってりと厚みのあるティーカップを口元に運ぶ。ブランドル家のお茶のような薫り高さはないけれど、寝不足に濃いお茶がおいしい。
「それよりもわからないのは、ロバートさんの遺体に残っていた魔術の残滓です。分析したら水の性質の強いものでした」
「本人が使ったとか?」
「遺体は亡くなった後に燃やされてます」
「監督室でも燃えてる」
たしかに、監督室で目撃された生きているロバートも燃えていた。
「どうしてそんなものをロバートさんが持ってたんですか?」
「そんなことは知らんよ、そちらは検屍官の仕事だ」
それはそうだ。ソフィアが黙って再びカップを口元に運べば、コンラートが死因から一度意識を離れてはとレストラードに質問した。
「警部の収穫は? 関係者や周辺に聞き込みをしていたでしょう?」
「はかばかしくはないですな。なにか普段と違う、変わったことはないか聞いてもくだらない話ばかりで」
「たとえば?」
レストラードの気分を変えさせるように、コンラートが尋ねる。縦格子が半円を描く椅子の背もたれにもたれて、腕組みするレストラードにソフィアも尋ねた。
「……ハンサムで気の利く、臨時雇いの人夫がいなくなって残念だとか、給料貯めて買った自転車が盗まれ犯人を探して欲しいだとか、それこそ町の巡査の仕事だ」
探すよう言いはしたと話すレストラードは、州警察の応援要請で来ているだけ。
ブランドルの事件以外の指揮権もないのに親切だ。
「臨時雇いの人夫というのは?」
「例の工場を建てたり、設備の整備をしたりするために何人かいたらしい」
工事だけでなく、工員や使用人のお使いや雑用も請け負って、小銭を稼ぐ者もいたようだ。新工場の稼働前後で皆引き払って町を出ていき、いまはいない。
「あとは工場の竣工パーティーで、デイビッドが披露した余興は驚いたとか……」
「余興?」
「帽子から菓子を出す手品で、主人の命令で大道芸までやるのかと」
屋敷内はともかく、工員達から妬まれているとレストラードは言った。
「父親の事故があったにせよ依怙贔屓だとね。事故にかこつけ金をもらって進学し、いい仕事にありつけてずるいと……機会があればやれるのかと思うがね」
まったくと、レストラードは息をつく。
人の暗部を見て疑うばかりの仕事が、時折うんざりくるとぼやく。
「レストラード警部! そうくさくさしないで! こちらもどうぞ」
突然、ソフィア達の会話の中に割り込んできた声と、テーブルに誰も頼んでいないスコーンとクリームが乗せられた盆が置かれた。
「え、あの……」
「あ、これはサービスです。お近づきの印に」
にこにこ愛想のいい笑みで、テーブルの側から離れない宿の店主にソフィアは戸惑う。レストラードは鬱陶しげに顔の前で追い払うよう片手を振った。
「いらん! 気にせんでください、宿帳を書いてる時からこの調子だ……」
「警部さんじゃなくお二人にですよー。ジェイミー・ノートンです。田舎町の店に! 大魔導師様とお弟子さんに来てもらえて光栄です!」
熱烈に握手を求められ、コンラートと共にソフィアは面食らったまま、亜麻色の巻毛にそばかすの目立つ顔の店主を見ながら、ぶんぶんと腕を上下に振られる。
「大魔導師様の本は全部持ってます! ぜひ記念にあとで一筆!」
「全部!? 店主さんは魔術の勉強を?」
「まさか、趣味ですよ! 魔法素材取扱資格も首都の講習受けて取ったんですよ。折角店があって取り扱わない手はないでしょう? 子供の頃から不思議な事や事件が大好きで! 魔術も大好物! そしたら新工場が魔石がいるって!」
人生なにが役立つかわかりませんねと、朗らかに店主ノートンは笑った。
ブランドル家の魔石動力炉のクズ魔石は、驚くべきことにこの店が取次なのだ。
クズ魔石は一山いくらの粗製品素材。魔術協会の講習受講と確認試験だけの初級資格でも扱える。
俗に言う好事家のようだね、とコンラートがひそっとソフィアに耳打ちした。
「あんたも凝りん人だね、まったく」
「ワタシも警部さん同様、デイビッドが怪しいと思いますよ」
熱烈な歓迎をやはり受けたらしく呆れるレストラードに、店主は声を落として言った。
「彼には動機がある。動機なき犯罪はない……でしょう?」
「部外者に捜査のことは話せん」
「ノートン氏は探偵の素養があるようだね」
「調子に乗せんでください。推理じゃなくただのゴシップです。町の主婦が週一度集まって長々世間話する、暇な店らしいですからな」
言われてみれば、中央広場はそれなりに人が行き交っているが、この店にはソフィア達以外の客はいない。泊まっているレストラードが言うには、夜も閑古鳥が鳴いているらしい。
「工場が二つもある町のパブなのに?」
「うちは“高級”なんです」
「ご婦人方が昼間集まる店じゃ、なにを言われるかですからな。町の男達は東工場寄りのパブが御用達なんですよ、検屍官」
レストラードの皮肉げな説明の間も、ノートン氏はにこにこ愛想よく「うちは高級ですから」と繰り返した。
彼には悪いが、ソフィアから見ても普通の、首都ならやや下町寄りの雰囲気の店構えだ。少なくとも“高級”ではない。
「ワタシが思うに、デイビッドは父親と揉めて始末したのがバレて、事業の後継者にすると言ってた主人に見放されそうになったんですよ。若い頃はそうでもなかったが、リチャード様は意外に高潔ですからね」
「それも考えられるが、彼は工場長らと共に目撃者だ。現状では引っ張れん」
相手にするなと言って、しっかり聞いているレストラードに、おやおやと言うようにコンラートがソフィアに目配せし、控えめに苦笑する。
だが、ノートン氏の口から出てきた言葉で二人は表情を一変させた。
「トリックですよ。余興の余りを使った」
「トリックって?!」
ソフィアが勢いよく問いかけたのを感嘆と誤解したのか、店主ノートンは得意げに胸を張った。
「ですから余興です! さっき警部さんも話してたでしょう?」
「手品?」
「ええ。農業用じゃなく、最近首都で、舞台演出や夜間装飾に売れてると聞いて勧めたので、ピンときました!」
「……売れてる? 勧めた?」
ソフィアとコンラートは揃って眉を顰める。話が見えない。
「おい、あんたなんの話をしてる?」
「火が出る帽子から、子供達のお菓子を出す手品ですよ。鳥獣避け魔法薬を使った」
レストラードがにわかに混乱したソフィア達を代弁し、返ってきた答えに二人は衝撃を受けた。
「鳥獣避けの魔法薬……!」
工業があっても領内は大部分農地だ。畑のそばに撒いて使う魔法薬。
魔力を含む薬液が気化し、見えない水蒸気となって、光に作用する。
作物を害する鳥獣を脅かす“炎の幻影”は、熱も害もない――そんな使われ方をしていたなんて、それは分析結果と目撃された現象を満たす答えであった。
歌はマザーグース的な童謡のオマージュで、曲の雰囲気のために英訳らしきものも作ってルビ振りましたが、おかしいなところがあるかも(そこはご愛嬌で……温かくスルーください)、繰り返し調の節を持つ歌のイメージです。
異世界ですが、そこは似て異なる言語や歌があるということで!




