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第26話 影しかない男(7)

 新工場は、稼働したばかりとあって清潔で、整然としていた。

 真新しい建物の壁や柱は白く塗られ、クリーム色のリノリウムの床がつるつるした艶を放っているが、石の床のようには滑らない。

 どことなく揮発性の薬品の匂いがし、ひっきりなしに機械の稼働音が複数重なって聞こえている。

 左耳を軽く手で押さえ、ソフィアは率直な感想に声を張り上げた。


「随分大きな音ですね!」

「蒸気機関と動かす工作機械を繋ぐ間の区画ですから」

「大した規模だ!」


 隣を歩くコンラートが声を上げ、ソフィアは彼の端正な横顔を見上げた。

 紫水晶のような目を輝かせている。これは、あとで時間を取ってくれと言ったレストラードの言葉など、頭から消し飛んでしまっているかもとソフィアは思った。


「従来工場の三倍の生産力を誇ります。紡績機や織機の機械部品、缶詰の缶が主力です。製品別に作業場を区切り効率を高める工夫も。後でご案内しましょう」


 まるでソフィア達は商談相手かのように、デイビッドが工場について説明する。

 最新の圧延機や旋盤、製缶機などを備えているらしい。


「国内各地、植民地へも販路を広げ供給を……それも魔石動力炉あってのものです。この工場の動力は、七割が従来通りの石炭炉で、三割を魔石動力炉に頼っています」

「三割!?」

「魔石動力炉の出力は画期的ですよ!」 


 珍しく本気で驚いたコンラートが、顎先を掴んで考え込む表情を見せる。

 彼の想定を遥かに飛び越えた実用化がされていたためだろう。

 本来の用途の列車でも、補助動力として運行に支障が出ない試験的実装なのだ。


「灰や(すす)が出ず、排出される砂が建材に流用できるのも素晴らしい」


 一体、誰がここまで魔術の知識もなしに、規模を拡大させたのだろう。’

 デイビッドは「転用可能と仰った人がいて」と敬う言葉を使った。彼より上位の人に違いない。だが彼が秘書として仕える当主とも思えない。

 当主の家族、ブランドル家の人間だろうかと、ソフィアは考える。


「なにより、定量の魔石を自動で炉に入れる仕組みです! 石炭炉より工員が少なくて済みます」


 第一、デイビッドは導入後に得られる実利の面ばかり話している。

 技術者や研究者の視点と話し方じゃない。技術者なら新しい技術をいかに工場機械に実装させたか、あるいは構造や部品の特性などについて話すはず。

 研究者なら……。


「それは放出魔力を一定範囲内で扱うためだ。扱う人間は魔術職ではないからね。内部にも魔術を施し過熱事故を起こさないようにしている」


 コンラートのような感じだろう。

 仕組みや機能の目的、値などの定義づけや、起きる反応や事象に関心を示す。


「たしか……クズ魔石入れをゆるく振動させ、魔石の魔力を待機状態にしているのですよね? 師匠」

「そうだよ。魔石同士が含む微量魔力を共振させ、一定の力をかけると引き金となって一気に魔力を放出する現象を応用したもので……」


 こんなふうに。


「仕組みは単純だがクズ魔石といえど天然魔石。人の手の調整なしに実用範囲の反応に収めるのが、なかなか計算通りにいかなくてね」

「なるほど。しかしそのような制限を設けて何故負荷が……」


 半ば独り言のようなコンラートの説明の言葉にデイビットは頷き、目下彼を悩ませているらしい疑問をつぶやく。

 コンラートの理論通りにいかないぼやきに、デイビッドは実用面でしか反応していない。その噛み合わなさがソフィアには面白く思えた。


「秘書の方は、工場の生産力や効率のことも考えるんですか?」


 デイビッドの視点は経営者寄りだ。

 ソフィアが尋ねれば、驚いたことに彼はこの大工場の立ち上げを任されているという。もはや秘書の範疇を超えている。

 

「子供の頃から、ブランドルのお屋敷や工場で雑用していましたから。暖炉の薪や、石炭の燃え殻運びなどして。親も工員だったので……機械や工場の内情もわかるだろうと。でも私のような者にもそうして機会を与えてくれる」


 デイビッドがそれまでの快活さを一瞬陰らせ、また元の快活さに戻ったのにおやとソフィアは思った。それは小さな違和感だった。

 しかしいかに下積みがあろうと、デイビッドはどう見ても二十代前半だ。この若さでこんな一大事業を任せられるなんて随分と当主から信頼されている。秘書より当主の右腕、もしくは事業の後継者に近い。


「ボイラー室はこちらです」


 案内され、ソフィアは示された問題の連結部を見上げた。とても大きい。


「大型客船で見せてもらったボイラーより、ずっと大きいです」

「不具合の前に、この規模への実装は簡単に出来ることじゃない。一体誰が?」

「発案はご令息のトマス様です。素晴らしい才能をお持ちで技術者と一緒に設計も……ただ、旦那様は経営面の資質を望んでいて。この工場自体トマス様の才能も必要と理解いただく絶好の機会なんです!」

「それは責任重大だ。フィフィ、不具合箇所でなく火室あたりを感度を上げて“視て”くれないかな」


 魔力感知なら自分でもできるコンラートが、ソフィアの目に頼るのは珍しい。

 彼の指示通りソフィアは集中した。

 魔石動力炉自体は停止しているが、熱源となる火室内にオレンジ色に輝く魔術の残滓が充満している。

 ソフィアは少し驚いて、デイビッドを振り仰いだ。


「これって停止したのいつですか?」

「今朝少し動かして、すぐ止めたので午前の十時半頃でしょうか」


 いまは午後のお茶の時間を過ぎたくらいだから、数時間。

 それなら残っていてもおかしくない。

 火室部分は、人工魔石を練り込み耐性を施した金属で作られている。よく見れば残滓は少しずつ、火室の熱で温める水を貯めている部分へと抜けていた。


「残滓がボイラーの水へと抜けてますね」

「やはり……だとしたら蒸気と共に圧縮される際、残滓の魔力に再び共振が起き、負荷をかけているのかも」

「残り滓の魔力で?」

「クズ魔石の魔力自体も大したものじゃない。想定以上の規模で扱うからこそ起きたことだろう」


 実験規模では起きなかったと、紫の瞳を細めてコンラートは黙った。

 なにか考え込んでいると思ったら、「応用すれば、二段階で消費効率を……」とぶつぶつ言い出したため、ソフィアは彼の白ローブの袖を軽く引っ張る。


「師匠っ」

「ん、ああごめん。少々考えに耽ってしまった。フィフィの目は実に鮮やかに視覚で捉えられていいね」

「なんだか便利道具みたいな言い方……」


 ソフィアがむくれれば、そうじゃないよとコンラートに頬を軽く突かれた。

 仕方なく彼を許すことにする。むくれている方が子供みたいだ。

 

「少々、加工がいるかな」

「加工ですか……」


 デイビッドは明らかに表情を曇らせた。

 この国で魔術職の地位は高く、その仕事の対価は概ね高額だ。そもそも魔術自体が元手がかかる。なかでもとびきり高く、時間もかかるのが特注の魔術加工である。


「部品ごと交換した方がよりいいだろうけど、魔術的処置でも改善可能だろう。こちらの検証も兼ねて必要な情報と資材を提供いただけるなら無償で構わない」

「ぜひ! なんなりと仰ってください!」


 デイビッドは大喜びで、コンラートの申し出を即決で受け入れた。


「構造や使用素材など、詳細な図面や情報が欲しいね。業者の魔術師が作成した設計書があるはずだ」

「直ちに取り寄せます! 速達……いいや、首都の事務所の者に直接取りに行かせ、始発の特急に乗れば午前中にはお渡しできますよ。大魔導師様の要望となれば業者もすぐ応じるはずです」


 デイビッドのいまにも飛び立ちそうな勢いに、工場見学は後回しかなとソフィアは上目にコンラートを見る。

 彼も同様のことを考えたらしく「警部のところへ行こうか」と肩をすくめた。



 ◇◇◇◇◇



「おや、魔術の研究はもうよろしいんですか、お二方」

「そんなに拗ねなくても……」

「拗ねちゃいませんよ。仰る通り、遺体がなきゃ検屍官の出番はない。しつこく嗅ぎ回るのはこちらの仕事だ」


 ソフィアが部屋に入ってすぐの、レストラードの言葉だった。

 現場となった監督室はすぐにわかった。

 事務室に戻るデイビッドに途中の廊下まで案内されて、教えられた通りに進んだら目立つ色のロープで事件のあった区画ごと封鎖してあったからだ。


「この窓辺で苦悶する被害者の姿を、外から複数人の者が見た。この部屋は二階だが、日暮れ頃なら燃える被害者はよく見えたでしょうな」

 

 監督室の奥、窓の前に立つレストラードに近づくソフィアへ聞かせるともなく言って、彼は窓の下を覗き込む。つられてソフィアも窓から外を見下ろした。

 丁度ブランドル家の屋敷に向かう小道に続く通路だった。町に続く道とも繋がっていたから、工員もブランドル家に用がある人も通るだろう。


「どうしてこの現場で自殺かどうかと迷うのだか……」

「それは僕も疑問だった。燃えた人間が消えて、床に焦げ跡……これは石炭の灰かな? 事件現場が作為的なことは、馬車で話していた時から明白だったからね」


 リノリウムの床に残る焦げ跡の所で身を屈め、コンラートが検分しながら言う。

 監督室はほぼ真四角の角部屋で、床半分は絨毯が敷いてあり、執務机が置いてある。窓とは反対の入口近くの壁際には本棚と大きな柱時計があった。

 

「一応理由はある。被害者が事件の数日前になにやら悔い改めていたらしい。まあ現時点で、本当に被害者かも確定しちゃいませんが」

「悔い改める?」

「ここの工場長に、“俺がすべて間違っていた”と話し、“きちんと片付ける”などと言っていたそうで」


 未確定ながら、被害者とされているのはロバート・クックという人物だった。

 元ブランドルの工場の工員で、大層優秀な機械工だったらしい。


「巻き込み事故で左足と左手が使い物にならなくなり、堕落した。酒浸りで、妻や子供に暴力を振るうような……典型的悲劇です」


 工場の所有者、ブランドル当主のリチャードを激しく逆恨みしていたらしい。

 夏でも暗い色のダークスーツを着るレストラードが、上着のポケットから取り出した小さな手帳を繰る。州警察の捜査資料をメモしてきたのだろう。


「お二人を案内していた、あの青年も複雑でしょうな」

「デイビッドさん、ですか?」

「聞いてないんですか? 彼は焼死したとされるロバート・クックの息子ですよ」


 レストラードの言葉にソフィアは絶句した。

 コンラートも驚いたなと、床から立ち上がる。


「そんなことがあった様子にはまるで見えなかった」

「確執ある親子ってやつでしょうしね。子供の頃はブランドル家の雑用で生活し、当主のサー・リチャードから教育の機会を与えられ、秘書に成り上がってる」

「自分を虐げた父親の死より、救いの手を差し伸べた主人への忠節か……」

「かもしれませんな」


 レストラードとコンラートの会話を聞きながら、似ているとソフィアは思った。

 コンラートも家族から虐げられていた。ソフィアの父、国王に救いの手を差し伸べられ魔導師への道が開けた。ソフィアに過保護気味なのも忠義心ゆえだ。


「デイビットほどじゃないが、町の人間は皆ブランドル家の恩恵を受けてる。ロバートは町の鼻つまみ者になっていた。工場長は彼の元同僚でかつては親しかった」


 ロバートの経緯を知る工場長は、過去を悔やみ精神的に追い詰められ、元工員の未練で新工場に忍び込み、焼身自殺を図ったのではと証言した。

 床の人型の焦げ跡は、誰かの悪戯で無関係だと。


「目撃者の大半が同意見。遺体が消えてることは知らんと……まったく」

「それは、少しいい加減な気が……」

「罪のなき人々の証言ってのは大半そんなもんです。見たもの、そうだと思うことだけが事実で、よくわからないものは“知らない”で片付ける」


 淡々と言って、レストラードは窓から部屋の中心へ数歩進み出た。

 部屋を眺め回すようにして、手に持っていた手帳を上着の中にしまう。


「悪戯? 冗談じゃない。どう見たって殺しだ。被害者を拉致するか、遺体を隠さないといけない理由があった」

「今日の警部はまるで探偵のようだ」


 いつになく饒舌なレストラードは、コンラートの評に迷惑気に顔を顰める。


「私は刑事です……いい加減なのは州警察ですよ。執務机の裏にごく小さいが、まだ新しい血痕があった。それに」

「吸取り紙がないですね、この机」


 室内をうろうろ見ていたソフィアは執務机の違和感を指摘した。高級なペンやインク壺があり、インクの滲みを防ぐ吸取り紙がない。

 

「それです。血痕があり、あるはずのものがない。なにも燃えちゃいないし、被害者が燃えているのを誰も直に見たわけじゃない」

「つまり犯人は、人が燃えたと見せかけて、危害を加えた?」

「でなきゃ、その偽装にもならない黒い人型の説明もつかんでしょう。犯人によるメッセージですよ。悪意を感じる」


 レストラードの言葉に、たしかにそうかもしれないとソフィアも考える。

 でも……。


「……わたしも警部と同意見です」

「珍しく検屍官と初見で意見が一致した」

「でも……ただの殺人以上の悪意を感じます。ロビンさんの黒い紙人形のような」


 ただ危害を加えるだけなら、わざわざこんな手の込んだことする必要がない。

 恐ろしい悪意の影が、ブランドル家に入り込んでいる。

 ソフィアはそんな気がしてならなかった。

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