第九十六話 幼女師匠
「どうぞ。見てください、さやのアカウントです」
画面に表示された彼女のアカウントには、十万を意味する『100K』という数字が書かれていた。
ちょ、ちょっと桁が違う。超大手とまではいかないかもしれないが、彼女もインフルエンサーと分類していいだろう。それくらいの規模である。
「な、何をしたらこんなに増えるんだ……?」
「お洋服の紹介です。父と母が海外からたくさん送ってくれるので、それを着て投稿していたらいつの間にか伸びていました」
……そういう裏設定があったんだ。
そういえば、真田家の両親は海外に出張で出かけている。両親ともにファッションデザイナーで、真田兄妹は両親こそいないが仕送りはたくさんあって、不自由のない生活をしていると読んだ記憶がある。
そうか。着ている衣服も、両親がデザインしたものが届くのか。
「動画では顔を隠しているのですが、それでも意外と皆さんに興味を持ってもらえています。父と母も喜んでくれたので、届いたという報告もかねて着たものは全て投稿しています」
「すごいな、これは」
たしかに顔は映っていない。
姿見越しに自分のファッションを映して、小さく踊っているだけだ。
ちょこちょこしていてかわいい。あと、やっぱり衣服も素人目で分かるほどデザインが良い。なるほど、十万という数字も納得できるクオリティだと思った。
「父と母が有名なデザイナーさんなので、それにあやかっているというのもありますが」
「いやいや。さやちゃんが動画も編集しているんだよな? これは……勉強になるな」
いくつか軽く再生してみたが、とにかく見やすい。
俺が初めて作った動画とは比べ物にならなくて、びっくりしていた。
今時の小学生は幼いころからタブレット端末を操作していると聞いていたが……機器の扱いはお手の物ということか。
IoTとAIがますます普及していくことが考えられる未来を背負うに相応しい教育を受けているようだ。
あるいは、スマホに限定すれば俺よりも使いこなせているかもしれない。
もちろんパソコン世代の俺としては、その部分は優れている自負もあるが……って、小学生に張り合ってどうする。
「えへへ。お兄さまは、褒めてくれるから素敵です」
「本心だよ。ちょっと、びっくりしすぎて動揺しているくらい衝撃だった」
「そうなのですか? やっぱり、兄とは違います。『小学生がSNSなんて危険だぁああああ!!』って一度発狂されちゃったので、それ以降はアカウントを削除したことにして内緒にしています」
「……まぁ、危険性があることは否めないが」
「そこは問題ありません。海外に住んでいますが、両親がアカウントの管理権限を持っていますので」
リテラシーもしっかりしている。両親の保護と監視があるのなら、とやかく言われずとも問題はないだろう。
「お兄さまのアカウントをフォローしてもいいですか? どんな動画を投稿しているのか、気になります」
「あー……たぶん、さやちゃんが知っている人の動画だと思う」
「んにゃ? さやの知り合いさんですか?」
……この子には隠す意味はないだろう。
きっと、兄の真田にも言わないと思ったので、見せることにした。
「あ。ご近所さんの氷室日向さんですね。兄が好きみたいなので、さやはこの方が嫌いです。気持ちが一切理解できません」
「そ、それはさておき」
顔見知りではあるようだが、交流は一切ないらしい。
妹キャラなら、幼馴染ヒロインと仲が良い方が普通なのに。
さやちゃんはやっぱり特殊だった。
「この方のお手伝いをしているのですか?」
「うん。ちょっと、なりゆきで……さやちゃん。できれば、動画の編集についてアドバイスとかくれると嬉しいんだけど」
氷室さんが嫌いみたいなので、断られてもおかしくないが。
しかし、アカウントを伸ばす上でこの子はうってつけの存在だ。
俺にはない若い感覚も持っている上に、動画の編集経験も豊富。
この子の助言があれば、きっとうまくいくだろう。
師と仰いで教えを乞うことで、今後は大きな効果が得られると期待できた。
「お兄さまのお願いなら、意見を言うことは構いません」
「本当か? ありがとう」
「その代わり――さやのお願いを聞いてもらえますか?」
「俺にできることなら、何でも言ってくれ」
彼女が味方になってくれるのは心強い。
そのためなら、どんなお願いだろうと聞く。その意気込みで頷くと、彼女はこんなことを言った。
「あの……一緒に、写真を撮ってもらってもいいでしょうか。お兄さまとの思い出です」
……なんだこの子は。かわいすぎるだろ。
俺は別にロリコンではないのだが……うん。
最上さんとは違うベクトルでかわいくて、すごく微笑ましかった――。
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