第九十二話 シスコンの被害者
最上さんと一緒に何度か訪れている、隠れ家的な喫茶店。
一人でも週に一回は来ているので、もうすっかり店主のおじいさんとも顔見知りになっていた。
だから、さやちゃんと一緒に行くと、おじいさんは驚いていた。
「おやおや。今日はまた、小さいお客さんだねぇ……いらっしゃい」
「こんにちは。二人、大丈夫ですか?」
「もちろん。好きな席に座りなさいな」
穏やかで、しわくちゃのおじいちゃんである。
だからなのか、俺と出会った時よりもさやちゃんは平気そうだった。
「どうもです。お邪魔しますね」
「はいはい。ごゆっくり」
丁寧に挨拶までしている。
兄とは違って、とても礼儀正しくてかわいかった。
とりあえず、窓際の席に向かうと俺の後ろをさやちゃんがちょこちょことついてきた。
俺が座るのを確認してから、彼女も対面の席に座る。足が届いていない……小さいなぁ。
えっと。たしか、小学五年生だっただろうか。
年齢はいくつになるのだろうか。俺が小学生だったのは十年以上前のことなので、学年と年齢の対照表が思い出せなかった。
「さやちゃんは何歳だ?」
「……どうして知りたいのですか?」
おっと。店主のおじいさんには普通だったのに、俺にはまだ刺々しいな。
「いや。教えたくないならいいんだが」
「十歳です。誕生日が来ると十一歳になります」
警戒しているのに教えてくれるのがこの子らしかった。
真田のせいで苦労しているが、根本的に素直なのである。
性質的には、最上さんに一番近いかもしれない。
その純粋さに、つい頬が緩みそうになった。
「注文は何にする?」
「注文……そうですね。何がいいのでしょうか」
そう言って、さやちゃんはメニューを眺め始めた。
……あ、そうだ。
(ここって、料金が書かれてないんだよなぁ)
隠れ家的な喫茶店だからか、店主のおじいさんが大らかだからなのか。
メニューのつくりも簡素で、商品名しかない。もちろん、値段はぼったくりではなく、むしろ学生の財布にも優しいくらいだが……初めての時は驚いた。
さやちゃんも、もしかしたら料金が分からなくて戸惑うかもしれない。
ただ……一応、俺はこの子の年上である。
肉体年齢は六歳。精神年齢はなんと十八歳も年上だ。
だから、ここは人生の先輩としてやるべきことがあった。
「支払いは任せて。何でも好きなものを頼んでいいから」
さすがに、女子小学生の支払いくらいは出しておかないと、アラサーの威厳が保てない。
肉体年齢では高校生だし、お小遣い事情は厳しいが……だからと言って、こればっかりは仕方ないだろう。
と、俺は思っていたのだが。
しかしさやちゃんは、そう簡単に好意を受け取らない。
「大丈夫です。さやは、自分で支払えますから」
奢らせるなんて思うなよ?
そう言わんばかりに、彼女はランドセルから財布……みたいな、小さな入れ物を取り出して、中に入っている小銭を机に置いた。
「どうぞ。受け取ってください」
ドン!
机に鎮座していたのは、銀色の硬貨。
さやちゃんがドヤ顔で提示していたのは――百円玉だった。
(真田よ。妹のお小遣いくらい、もっと渡せ……!)
あいつが過保護すぎるせいで、たぶんさやちゃんは金銭感覚が養われていない。
喫茶店が百円で済むと考えているみたいだ。
恐らく、買い物も一人ではさせてもらえないのだろう。過保護というか、過干渉というか……独占欲が強いというか。
さやちゃんを箱入り娘にしない方がいいと思うが。
(でも、他人の家庭だし、口出しできないな)
よそはよそ。うちはうち。
真田家にも事情はあるのだろう。そう思って、俺は何も言わずに百円玉をそっと受け取った。
「後で支払っておくよ」
「お願いします。あ、さやはミルクティーとパンケーキのセットでいいでしょうか」
「分かった。じゃあ、注文しようかな」
それから、店主のおじいさんに注文をして。
ただ、パンケーキが少しだけ作るのに時間がかかるようで、サービスでビスケットを提供してくれた。
「今日はちっちゃいのがいるから、食べなさい」
「いいのですかっ。ありがとうございます……!」
「ほっほっほ。孫が小さい時を思い出すのう」
……やっぱり、おじいさんには態度が普通なんだよなぁ。
なぜなのか、どうしても気になったので聞いてみると。
「大人の方は平気ですよ。ただ、兄と同じくらいの年齢の方が苦手ですが」
予想通り、真田のせいで俺も警戒されているみたいだった。
本当に、あいつはいったい妹に何をしているんだ……!!
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