第八十六話 世界に一つだけの華より、世界で一番の華
「昨日、サトキンに言われてから私も色々考えてみたのよ。SNSについても勉強したし、どんなダンスが人気とか、どんなインフルエンサーがいるのかとか、そういうのもちゃんと調べた」
氷室さんは、俺に言われたことを本気で受け止めている。
彼女は心から真田のことを愛しているのだろう。あいつに愛されるために必死だ。
その一途さを、俺は高く評価している。
最上さんを真田から解放するために、正ヒロインとして復権してほしい――という思惑もあるが。
しかし、純粋に彼女の力になってあげたい、という気持ちもあった。
決して、打算だけで動いているわけじゃない。
ふざけたことを言っているように聞こえるかもしれないが、俺だって本気だ。
彼女が真田に再評価されるためには、やはりインフルエンサーという肩書きがほしかった。
そのための第一歩がまだ踏み出せていないので、丁寧に説明して彼女にも納得してもらえるように努力している最中である。
「仮に、私がバズって人気が出たとして……さっくんがミニスカダンスJKを愛していることを前提の上で、もう一度あなたに聞きたいことがある」
「なんだ?」
「――これで本当に、最上さんに勝てるの?」
鋭いな。
要するに、インフルエンサーという肩書があってなお、最上さんに勝つことは難しいのではないかと彼女は疑っているわけだ。
「私は、この方法であの子に勝つ自信がない」
昼間。A組の教室で、少しだけ最上さんと氷室さんが会話をしてた。
あの時は素っ気なくて、態度も冷めていたが……内心では、激情が渦巻いていたのだろうか。
最上さんのことを正当に評価して、その上で脅威だと感じている。その気持ちが今の発言でひしひしと伝わってきた。
「それに、私はさっくんにしか興味がないの。さっくんだって、そういう一途な女の子の方が好きでしょ? インフルエンサーになるってことは、不特定多数とはいえ他の人からも愛情を向けられたいってことで……私の一途さを疑われることにはならない?」
幼馴染という一番の強み。
ずっと前から、主人公だけを愛していたという一途な気持ち。
それは確かに、大いに評価されていいものだ。
俺も実は、氷室さんの愛情深い一面は大好きである。
他の誰も要らない。あなたさえいれば、それでいい――そう考えてくれるヒロインは最高だ。
でも、残念ながらその一途さが最高の魅力という時代ではない。
「SNS文化が浸透した弊害だろうな。人気が数字で可視化されやすくなって以降、価値基準が一変した。自己意識よりも、視覚として分かりやすい情報で物事を評価する人間が増えていった結果なんだろうな」
「えっと、いきなりどうしたの? ちょっと、意味が分からないけど」
「……いや、すまない。これはただの愚痴だな」
そのコンテンツが面白いかどうか。
判断するのは視聴者だ。そうであってほしいし、そうでなくてはならないと思う。
だが、現代は少し違う。内容よりも『数字』で面白いかどうかを判断されてしまう。
数字が大きければ大きいほど、そのコンテンツは面白いとされてしまう。
あるいは、大きい数字を持っている者が面白いと太鼓判を押せば、それは面白いことになってしまう。逆もまたしかり。
こういった『権威主義』的な価値観が一般化されつつあることを残念に思う一方で、愚痴ばかり吐いているより適応して受け入れることに重きを置いたほうが建設的だと思い、それ以降は愚痴を抑えた。
要するに、何が言いたかったのかというと。
「『オンリーワン』よりも『ナンバーワン』であることの価値が高いんだ。真田もそうだろ? 一番人気のある女の子を好きになりやすいんだよ」
幼馴染であること以上に、人気度という数字が価値を持っている。
積み重ねた思い出ではない。氷室さんはきっと、今まで積み重ねた思い出があるなら、自分が選ばれるはずだと信じたいのかもしれない。
でも、そんな理想論が通じるほど、芯のある主人公としてあいつは形成されていない。
誰が一番魅力的で、誰が一番好きなのか、それすらもよく分かっていない男なのだ。
真田の価値基準は己に存在しない。周囲の意見を『引用』しているだけにすぎない。
これが、ラブコメ主人公である。
読者からの人気によって、ヒロインの立ち位置がコロコロと変わる。
当初はゴールインするはずだった予定の正ヒロインが、サブヒロインの人気に負けて敗北するラブコメなんて、今までたくさん見てきた。
だからこそ、俺は氷室さんには明確な数字のある存在になってほしい。
そうでなければ、彼女の魅力が伝わらない。
数字という価値を引用して、みんなに人気があるからかわいいヒロインなんです、とアピールしなければならない。
「先ほどの質問の答えを言おう。最上さんに勝てるかどうか……そんなこと考えるのはまだ早い。インフルエンサーとなって、そこが君のスタートラインだ」
勝利条件ではない。
これは、最上さんと戦うための最低条件である――。
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