第四十話 『かわいい』からかわいいのか、『かわいい』と言われたからかわいいのか
最上さんは少し照れた表情で、ミルクティーをちょこっと飲んだ。
顔が少し動いたおかげで、長い前髪が揺れて彼女の瞳が姿を現す。
空色の瞳は、まっすぐ俺だけを見つめていた。
「……佐藤君って、ずっとわたしのこと見てるよね」
おっと。俺も彼女と同じだったらしい。
まぁ、それもそうか。最上さんが見ていることをちゃんと見ているのだから、そうなるに決まっている。
「最初はね、わたしをかわいいって言ったのも信じられなかったの。何か目的があるんじゃないかって、ちょっとだけそう考えていたなぁ」
「それはたとえば、どんな目的があったと思うんだ?」
「宗教とか、お金とか、そういう感じのやつ」
「高校生でそんなことするやつはいないだろ」
……いや、いるのか?
今の世の中はSNSが発達したせいで子供もあらゆる情報にアクセスできるので、よく分からないが。
しかし、そんな悪質なことを俺はやったことがない。
たしかに、大学生くらいだとマルチとか宗教とかそういう誘いもあるらしいが、少なくとも高校生で警戒する必要はないと思うが。
「それくらい、変なことだなって感じていたの。ただ、それでも嬉しかった。何か目的があっても、わたしと一緒にいてくれる人がいて、楽しかった。だから、騙されてもいいかなって最初は思ってたくらい」
「そ、その考えは危険だな。俺が悪い人間だったらどうするんだ」
「佐藤君が悪い人間だったら、今頃わたしは破滅してるんじゃないかなぁ。酷い状況になってると思うっ」
そんなに明るく言わないでほしい。かわいすぎて、つい『そうだな』って頷きそうになる。
とにかく、俺は普通の真人間なので、そんなことするわけがない。
「佐藤君のためだったら、わたしはどんな宗教も信じてんじゃない? お金も払っていただろうし、変な商売もやってたよ。もしそうだったら、今頃きっと大変だったね」
「良かったな。俺が悪い人間じゃなくて」
「えへへ。わたしとしては、そっちの方が驚きだったよ。『あ、佐藤君って本当にわたしに好意を持っているんだ』って、すごく変な感じだったもん」
「驚くようなことではないぞ。実際に、最上さんは今みんなから注目されているだろ? たまたま俺がその魅力に気づいていただけだ」
何も特別なことをしていたわけじゃない。
俺はそう思っている。
ただ、彼女はそう思っていないみたいで。
「……逆だよ。佐藤君が『かわいい』って言ってくれたから、かわいくなろうって努力したの。あなたがそう言ってくれなかったら、わたしはそんな気持ちにすらなかったと思う」
鶏が先か、卵が先か。
哲学的な言葉だった。
俺がかわいいと言ったから、かわいくなったのか。
最初からかわいかったから、かわいくなったのか。
あるいは、その両方なのか。
「俺は、真田のためにかわいくなろうとしているのかと思ってたからな」
「――違うから、今後はそんなこと言うのは一切やめてね?」
「あ、はい。ごめんなさい」
怖い。急に真顔にならないでほしい。思わず敬語になってしまった。
精神的には年上だが、気圧された。女の子は時に謎の威圧感を発するときがある。普段はあんなに愛らしいのになぁ。
「全部、佐藤君の好みになるようにがんばったんだからね? 運動をしたのも、髪の毛を切ったのも、制服の着方も変えたのも、全部佐藤君の好みになりたかっただけだよっ」
……そ、そうだったのか!?
いや、でも。
思い返してみると、たしかに最上さんは俺の好みを逐一聞いていた気がする。
運動も、した方がいいと俺が言った。
髪の毛も、これくらいの長さがいいと俺が言った。
制服の着方も、俺の言われるがままに全部従っていた。
もちろん俺は、真田に好かれるように調整することを意識していたが。
彼女は、俺に好かれるために、俺が言ったとおりに全部従っていたみたいだ。
そのすれ違いの結果生まれたのが、今のバケモノめいた美少女というわけだ。
「おかげで、佐藤君の隣にいても変じゃない女の子になれた……よね? も、もうちょっと痩せるべきなのは、分かっているけど、それはあと二カ月くらい時間がほしくてっ」
「いやいや。そんなことないって」
というか、逆に俺がふさわしくないレベルだけどな。
(そうか。最上さんの努力って、真田のためじゃなかったんだ……!)
俺に見合うために、努力していたのだとしたら。
彼女の俺に対する評価って、異常に高くないか?
こんなに美少女になってもまだ足りない。
そう言わんばかりに、彼女は奥ゆかしい。
そして、こうも思う。
最上風子にとっての佐藤悟って、かなり高位にいる存在なのではないか――と。
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