第百九十四話 監視カメラのないカラオケ店
湾内さんはそこそこ歌が上手かった。
『なにがすき~? チョコミントー!』
とかなんとか、流行りの曲を熱唱している。ショート動画が人気のSNSでよく聞く歌だった。そういえばフルで聞くのは初めてかもしれない。
(これってカラオケ向きなのか……?)
コール&レスポンスを一人でしているが、楽しいのだろうか。湾内さんはノリノリだ。俺のひざの上でぴょんぴょん跳ねている。いや、立てよ。なんでここまでして座るんだ。暴れないでくれ。
「――ふぅ~。気持ち良かった!」
「わぁ。美鈴ちゃん、すごーい」
歌い終えた後。湾内さんが満足そうに額を拭う仕草をしていた。気温が低いから汗なんてかいていないはずだが、気分なのだろう。そして最上さんが惜しみない称賛の拍手を送っている。その褒め言葉に、湾内さんもなんだか嬉しそうだった。
「どう? 結構、いい感じでしょ?」
「うん! さすが美鈴ちゃんっ」
「にひひ~。で、佐藤はまだあたしを褒めないわけ? ほら、ちゃんと感想を言いなさいよ。あたしの歌、どうだった?」
……褒めたくないなぁ。
だが、ここで意地を張っても意味がないか。大人として、認める部分は認めておこう。まぁ、肉体年齢は同じなのだが。
「普通に上手だったな」
「――デレた。佐藤がデレた!? 風子、今なら押せばいけるわっ。このまま押し倒すわよ!」
「どうしてそうなった」
「え? お、押し倒すの!? いいのかな……!」
「ダメに決まってるだろ」
最上さん、流されるな。
まるでチャラい大学生みたいなことをしようとしていることに気付いてくれ。
「大丈夫よ。ここ、監視カメラがないの。だからあたしはここを利用しているわ……いつか、才賀とイチャイチャするために、ね」
「そうか。じゃあ、俺ではなく真田と存分にイチャイチャしてくれ」
「ふんっ。才賀はたぶん厳しいから、あんたで我慢してあげるわ」
「我慢するなよ」
というか、監視カメラがないって大丈夫なのだろうか。
しかし、なるほど……有名店を利用しない理由が分かったな。結局、スケベ心だったらしい。照明が薄暗いことも相まって、なんかそういう場所に見えて嫌だった。もうちょっと健全でいてくれ。
「次は俺か」
なんか変な流れになりそうだったので、軌道を修正するためにも俺がマイクを握ることにした。
学生の頃はカラオケが苦手だったが、年齢を重ねて平気になったので今は余裕だ。アラサーになると恥じらいとか薄くなっていくので、色々なことを気にしなくなる。
具体的に言うと、二十代前半の頃は外出時に見映えを気にして必ず髭を剃っていたが、三十に近くなると髭なんて剃らなくなる。周囲の視線がどうでも良くなるのだ。たまにコンビニに無精髭のおっさんがいるだろう。ああいう人間はだいたい俺と言っても過言ではない。
カラオケもそうだ。歌が上手ければそれで良し。逆に、下手だろうと誰も気にしていない。そもそも俺の歌なんて誰も聞いてすらいない。たとえ聞いていたところで感想なんてどうでもいい。なんか歌っているな、という場の空気さえ保てていたらそれで良し。
と、いうわけで俺は歌った。
昭和ソングを。
「……選曲がおっさんすぎない?」
「さ、佐藤くんって、渋いね……」
「まぁな」
ちなみに、昭和ソングを十八番として習得した理由は『ジジイ対策』である。
だいたい俺がカラオケに行く際の同行者は、上司か営業先のお偉いさんだ。カラオケというか、スナックが多かった気がするが……酔っぱらったジジイ共に『歌え』とパワハラされた際に、ジジイ共が喜ぶ懐メロを選ぶようにしているのだ。そういえば懐メロって最近聞かないな。萌えと同じような死語なのだろうか。ちょっと悲しい。
もう少し若いジジイ層には平成初期に流行った曲を歌うこともあるが、令和の小娘二人が相手だと、平成初期も昭和も変わらず昔という認識だろう。それなら、何を歌っても伝わらないので、どうでもいい。
「歌い方も棒読みだったし、もっと感情を入れなさいよっ」
「……お、お経みたいで良かったよ!」
最上さんのフォローも苦しい。俺に対して基本的に甘々なのに、そんな彼女でさえ擁護できないレベルだったらしい。
(酔っぱらったジジイにはウケても若い女子二人にはやっぱりダメか)
もちろん、予想していたことだ。
湾内さんが思ったよりノリノリで、歌も上手だったので、場のハードルを下げるためにも意図的に流れを悪くしたのである。
我ながら、脇役としては非常に良い動きだな。
前座が酷いおかげで、彼女に求められる期待も少しは減るだろう。
「じゃあ、次は風子ね」
「……わ、わたしも、歌わないとダメ?」
「もちろん。せっかく来てるんだから、歌いなさいよ」
そう。これから、最上さんが歌うことになる。
彼女が歌いやすいように、俺ができる範囲で場を整えたつもりだった。
どうせ、このイベントからは逃れられないのだ。
もう少しリラックスして、気軽にいってほしいものである――。
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