第百九十三話 最上さんは甘々少女
そういえばカラオケ店に入ったのは久しぶりだ。
転生前は年に数回くらい、付き合いで来ていたが……元々俺もオタクだったので、カラオケは陽のイメージが強くて近寄れなかったなぁ。
「佐藤くん、美鈴ちゃん……わたし、カラオケに来るの初めてでっ」
「大丈夫よ。天井のしみを数えてたらすぐに終わるから」
この小娘は何をしようとしているんだ。
……まぁ、湾内さんなりの冗談だと思ってスルーしておこう。
それよりも、最上さんの方が気になる。
「初めてなのか?」
「うん。本でしか読んだことなかった……こんな感じなんだね」
初々しいな。
別に、いたって普通のカラオケ店なので緊張する必要はないと思う。ただ、チェーン店ではないな……駅にこそ近いが、実はちょっと路地に入った場所にあって、店名も俺は知らなかった。
とはいえ、内装は普通のカラオケ店と一緒だ。壁に掲示されている料金システムも通常の相場である。有名ではないからといって、あまり気にしなくてもいいだろう。
さて、カラオケ店を利用するにあたって、会員登録をすることになると思ったのだが。
「あたしがここの会員だから大丈夫よ。二人は料金だけ支払えばいいわ」
……そういうシステムなのか。
誰か一人が会員なら良いらしい。他のカラオケ店だと全員が登録しないといけない場所などもあるので、楽でいいな。
そういうわけで、早速受付を済ませて指定された部屋に向かった。
三人の利用なので、部屋はそこまで広くない。L字型にソファ、ローテーブル、モニターにカラオケ機器……少し部屋の照明が薄暗いが、不便は感じない。
ドリンクはセルフ式だったので、入室してからすぐに取りに行った。俺はお茶で、湾内さんは炭酸ジュース、最上さんはホットティーである。これから歌うのに温かい飲み物を持ってくるあたり、カラオケ店に慣れていないことを感じてなんだか微笑ましかった。たぶん歌ったら喉が渇いて、すぐに飲み物を取りに行くことになるだろう。
「そういえば、なんで急にカラオケに来たんだ?」
「……気分よ。あたしが歌いたくなっただけ」
「なるほど。それは理解したが……なぜ俺のひざに座る?」
「あ。ごめーん、椅子かと思っちゃったw」
「あはは。美鈴ちゃんはおっちょこちょいだね~」
いやいや。最上さん、騙されるな。純粋すぎるだろ。
この小娘はわざと俺の上に座ったんだぞ。その証拠に、クソムカつく顔で俺を見ていた。昨日のさやちゃんの数倍はイライラさせる顔をしている。流石生粋のメスガキ。他人の神経を逆撫でするスキルが高かった。
「湾内さん」
「なによ」
「どけ」
なんで平然としているんだ。
俺が指摘しても彼女は素知らぬ顔で座り続けていた。
「またまた~w どうせ、あたしのお尻の感触を感じて実は喜んでるくせに~」
「俺がこんな身の少ない小魚で喜ぶわけがないだろ」
「小魚!?」
初めて聞く表現だったのかもしれない。湾内さんがちょっと動揺している。
俺としては、脂と身がぎっしり詰まった最上さんみたいな大魚が好きなのだが。
「美鈴ちゃんと佐藤くんって、すごく仲良しだねっ」
そして最上さんは無邪気だった。
湾内さんがセクハラを仕掛けていることも、俺が彼女の細くて貧相な体を揶揄していることも、全く気付いていない。友達同士のじゃれ合いにしか見えていないようだ。
「最上さん、怒ってくれ。ほら、湾内さんが俺にセクハラをしているんだ」
「え? 美鈴ちゃん、セクハラしてるの!?」
「まさか。あたしはただ、佐藤にかまってほしいだけだもーん」
「あ、そうなんだ。うん、気持ちは分かるよ……わたしもたまに、ちょっかいとかしたくなっちゃうから」
「いや、納得しないでくれ……」
本当にこの子は、心を許した相手にすごく優しい。
俺に対してもそうだし、湾内さんに対してもそうだった。
湾内さんが何をしても、最上さんは受け入れているし、理解してくれる。
ここまでくると、甘いと言った方が適切なくらいだ。
(この性質が、いつか悪用されないことを祈るしかないな……)
湾内さんの良心に委ねるのは心配だが。
それでも、根っこは悪い子ではないと、そう信じるしかない。何せ、二人の関係をどうこうする力も俺にはないし、仮にあったところでこの友情を壊したいとも思わない。
なんだかんだ、二人は相性が良さそうなのだ。
できれば、何もトラブルなく二人とも仲が良いままでいてほしいものだが。
「じゃあ、このまま佐藤はあたしの椅子ということで」
「佐藤くん、がんばれ~」
でも……やっぱり甘すぎるなぁ。
俺って一応、君が好きな人だよな?
他の女子と密着しているこの状況に、もう少し警戒心を抱いたほうがいい気がする――。
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