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第百九十一話 ラーメンは万能食

 ――放課後になった。

 もう少し最上さんの情報を探りたい俺は、密かに彼女を尾行していた。


(やはり湾内さんと合流したか……どこに行くんだ?)


 気になる。昼休みにいくつかの情報は取得できたが、まだ足りない。もうちょっと、ミスコンにおいて氷室さんが勝てるような活路を見出せる情報がほしい。


 そういうわけで、あえて最上さんには『先に帰る』と伝えて、こそこそと後をつけているわけだ。


「――ん?」


「美鈴ちゃん、どうかしたの?」


「なんか、変な感じがしない?」


「えっと、わたしは何も感じないかなぁ」


「うーん」


 ……さすが子犬系女子だ。人間離れした感覚で、湾内さんは俺の存在を嗅ぎとろうとしている。

 彼女自身、ストーキングが得意と豪語しているだけあって、尾行する側の心理もよく分かっていることだろう。俺が普通の人間であれば、湾内さんに気付かれていたと思う。


 しかし幸か不幸か、俺の存在感は限りなく薄い。何せ、教室で普通に過ごしているだけなのに誰にも話しかけられずに一日が終わることだってあった。最上さんと仲良くなってからは、あの子と話しているのでそういうことも減ったが。


(脇役の性質も、たまには役に立つな)


 自らの存在感を主張できない、ということは大抵の場合においてデメリットにしかならない。

 ただ、今回に限ってはそれが有利に働いてくれた。


 さて、二人はどこに向かっているのか。

 こそこそと物陰を伝いながら、尾行することしばらく。


 二人がやって来たのは、駅近くにあるカラオケボックスだった。


「――なんで?」


「は? なにが?」


「美鈴ちゃん!? わたし、今日はアイスクリーム屋さんに行くって言われて来たのにっ」


「こんなに寒いのに、アイスなんて食べるわけないじゃんw」


「冬はアイスが溶けにくいから、それはそれで美味しいよ?」


「はいはい。カラオケにもアイスはあるから、それでいいでしょ。ほら、入って」


「えー!? か、カラオケなんて聞いてないもんっ」


 ……どうやら最上さんにとっても騙し討ちだったらしい。

 まぁ、あの子がカラオケを好きなわけがないか。元々は地味子ちゃんだったので、カラオケなどという陽キャご用達の遊び場に来る機会はほとんどないだろう。


 ちなみに俺はそこそこカラオケの経験がある。おじさん連中との飲み会って、なんで二次会でカラオケとかスナックに行くのだろうか。付き合わされるこっちの身にもなってほしいものだ。


 ……なんて、愚痴はさておき。


(まずいな。店内に入られたら、尾行できない)


 まだ湾内さんの意図がよく分かっていない。

 カラオケに来たのはただの偶然か? 湾内さんがただ歌いたかったからであれば、それでいい。


 しかし、これがミスコンに向けての練習ということであれば、話は別だ。


(最上さんの実力を把握しておきたいな)


 たとえば、ミスコンの自己アピールタイムでカラオケを披露するとしたら……最上さんのパフォーマンス次第では、氷室さんの勝ち目が一気に少なくなる。


 ただでさえ不利な戦況なのだ。少しでも、最上さんの情報を探っておきたい。

 なので、仕方ない……ここは強行突破だ。


「――奇遇だな」


「え。さ、佐藤くん!?」


 そう。俺は、偶然をよそおって無理矢理合流することにした。

 店内で鉢合わせになるよりも、外で声をかけた方がまだマシだと思ったのだが。


「……なんであんたがいるのよ」


 まずい。湾内さんが警戒している。

 突然現れた俺を、胡乱な目で見ていた。


「ちょっとラーメンでも食べようかなと歩いてたら、二人を見つけたんだよ」


「へー。たしかに、寒くなってきたからラーメンが美味しい季節だね~」


 よし。最上さんはいつも通りチョロい。俺を全く疑っていないどころか、鉢合わせしたことが嬉しいのかニッコニコだった。相変わらずかわいいな、この子は。


 一方、湾内さんはなおも不審そうに俺を見ている。


「先に帰るって風子に言ったんでしょ? どうしてあたしたちの後ろからくるのよ」


 ふむ。シンプルな問いだが、言い訳が結構難しいな。

 家に帰ってから来たのであれば、もっと遅れるはずなので鉢合わせすることはないだろう。その言い訳は使えない。変な理由を述べると、疑念がさらに深まりそうだ。


 えっと、そうだな。こうしておこう。


「……途中で腹痛になったんだ」


「腹痛でラーメン、ね」


 鋭いな。彼女の言う通り、腹痛の状態で油やニンニクなど刺激物マシマシのラーメンは不自然か。

 だが、俺は自他ともに認めるラーメン好きだ。


「腹痛だからこそラーメンなんだ。あれは万能食だから、食べたら大抵の体調不良は治る」


「……佐藤くんって、本当にラーメンが好きなんだね」


「うわぁ」


 二人ともちょっと引いていたが、俺のラーメンへの愛は本物なので、疑ってはいないようだ。

 これなら、尾行していたこともバレなさそうである――。



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