第百九十話 モブ子ちゃんにも穴がある
前途多難の氷室さんを見ていると、少し焦りを覚えてしまった。
逆境に強い彼女なら、なんだかんだ本番までに仕上げてくれると思うが……とはいえ、氷室さんの成長だけに期待しても不安である。
信頼していないわけではないが、やはり相手が強すぎる。
(ここで負けたら、まずい流れになりそうだからなぁ)
仮に、氷室さんがミスコンで敗北したとしよう。
これで彼女は、ヒロインレースから脱落となる。いくらメンタル的にタフネスでも、致命傷を受けては再起の芽も出ない。
いや。彼女のメンタルの問題ではない。
真田才賀に、完全に見放される可能性が高いだろう。
(最上さんと氷室さんの間で明確な『差』が生まれるのは、好ましくない)
氷室日向という少女は、二番手で満足する器ではない。彼女は自分が一番であることこそが価値を持つタイプの人間だ。
湾内さんや、尾瀬さんのように、二番手以降の立場で満足しないだろう。
つまり、氷室さんは妥協できない。だからこそ、二番手以降の争いにかかわることは彼女のプライドが許さないと思う。それを真田は分かっているから、氷室さんに対して執着を見せないと思う。
もし、氷室さんがミスコンで敗北したなら。
真田は本腰を入れて最上さんを狙いに来るだろう。今はまだ、氷室さんや他のヒロインと分散しているが、一点集中されると困る。
何せ、最上さんは押しに弱い。
もちろん俺も抵抗するが、その過程で湾内さんが真田のサポートなんてしようものなら、状況はめちゃくちゃになる。だからこそ、パワーバランスという意味で氷室さんは重要な立ち位置にいるのだ。
できれば、彼女を失墜させたくない。
そのためにも、俺ができることは他にもあるはず。
たとえば――最上さんの弱点を探す、とか。
(いくら覚醒したとはいえ、何か穴はあるはず)
まぁ、彼女の成長を手引きした立場なのだが。
弱点を探そうなんて今まで考えたこともなかった。常に彼女の味方だったので、攻めようという発想も浮かばなかったのである。
可能であれば、ミスコンでも最上さんには干渉したくなかった。氷室さんの力だけで勝てることを願っていたのだが……そうも言ってられない状況なので。
ここは、仕方ない。
(スパイ活動でもします、か)
最上さんの陣営に入り込んで、情報を盗もう。
そう思い立ったので、早速最上さんにこんなことを聞いてみた。
「最上さんって、ミスコンに向けて何かしてるのか?」
「うん。毎日、運動してるよ」
「ほう。偉いな」
「えへへ。そんな、褒められても、照れるよ~」
「運動ということは、減量とスタイル維持が目的だよな。ミスコン当日に脱ぐ予定でもあるのか?」
「た、たしかにそうだね。美鈴ちゃんに言われたから、毎日何も考えずにがんばってたけど……わたしって、当日に脱ぐの?」
「いや。俺は知らないが」
「でも、たしかにこの前、水着を試着しに行ったなぁ」
「おい。そのイベントに俺はいなかったんだが?」
「――あ、これは内緒だった! 選んだ水着を、佐藤くんに見てもらおうって計画だったのに……」
「なるほど。俺も試着してるところ見たかったが、そう言われては仕方ないな……水着については聞かなかったことにしておこう」
「うん、ありがとう! そういえば今の話は、全部内緒にしててって美鈴ちゃんに言われていたから、誰にも言わないでね?」
……チョロすぎて引いた。
情報ガバナンスがガバガバである。最上さんの口がゆるゆるすぎる。
この子は俺を信頼しすぎている。だからこそ、聞かれたことには全部答えてくれるのだろう。
おかげで、色々と情報を探ることができた。
(当日は水着をお披露目する予定なのか)
湾内さんの計画も、薄っすらと見えている。
ミスコンでは自己アピールする時間が与えられるので、その時のことを色々と考えているのだろう。でも、湾内さん……少し甘くないか?
「最上さんの水着姿はたぶん健全じゃないから、ミスコンには向いてないと湾内さんに言っておいてくれ。運営が止めるぞ、と」
「み、ミスコンでは着ないよっ。佐藤くんに見せるだけ……って、わたしは聞いてたけど、もしかして――そういうことだったの!?」
「ああ。恐らくは、そういうことだろうな」
敵に塩を送るみたいで気は進まないが、ここはしっかりと伝えておこう。
湾内さんは少しスケベに対して寛容すぎる。倫理観がぶっ壊れているので、そのあたりの感覚が緩いのだろう。
うーむ。もう少し、情報がほしいな。
まだ穴と言えるほどの弱点は見えていないので、スパイ活動を続けようか――
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