第百八十九話 妹>>>お嫁さん
さて、氷室さんが媚びる練習をすることになったわけで。
そういえば考えていなかったのだが、俺が練習相手になるんだよな?
「ふと思ったんだが……俺の意思は尊重されないのだろうか」
「何よ。私が嫌ってこと?」
「お兄さま。辛い役割を押しつけてしまってごめんなさい」
「さーちゃん!? 辛いとか言わないでっ」
まぁ、さすがに辛いとまでは思っていないが。
しかし、一応俺も好きな女の子がいるのである。
「最上さんに浮気されてるとか思われたら嫌だな」
「あたしも、さっくんにこのことがバレたら終わるけど?」
「どうせバレなくても、何もしなければ終わりますよ」
「うぐっ」
さやちゃんの一言がいちいち鋭すぎる件について。
氷室さんが顔をしかめているそばで、さやちゃんは何やら思案するように顎に手を当てて考え込んでいた。
「ふむふむ。たしかに、風子ちゃん目線だとお兄さまが違う女子とイチャイチャしているのは、あまりよろしくありませんね」
「やっぱりそうだよなぁ」
「まぁ、あの方なら理解を示してくれる気もしますが」
うん。なんだかんだ、許してくれそうな気もする。
というか、最上さんはたぶん土下座したら浮気も許すだろう。俺に対するあの子の評価はそれくらい甘々だった。もちろん、悪用するつもりはないが。
とはいえ、あまり不誠実なことをしたくないという思いもあって、少し葛藤していたのだ。
はたして本当にいいのだろうか。
「……分かりました。こうしましょう」
お。さすがだ。
俺が悩んでいるうちに解決策を思いついたらしい。うちの陣営の頭脳役は頼りになるな。
「風子ちゃんに捨てられたら、さやがもらいます。お兄さまの将来は保証しましょう」
「将来まで!? さーちゃん、落ち着いて。絶対にさっくんが許さないよ!」
「あの人は関係ありません。さやが選んだ相手こそが絶対的な正解なので、大丈夫です」
……ふ、懐が大きい。
子供なのに、でかかった。まさか俺の人生まで背負うとは。
「少し軽率でしたね。たしかに、このやり方ではお兄さまの意中の相手とうまくいかなくなって、人生を壊す可能性もあります。その保険はさやが担当しますね」
「えー!? そ、そんなにサトキンのことが好きなの……?」
「はい。普通に大好きなので、全然構いません。ただ、妹ではなくお嫁さんになるのはちょっと残念です。さやは妹がいいので」
この子の中では『妹>>>お嫁さん』らしい。
価値観がちょっと面白かった。まぁ、さやちゃんの歪みはだいたい真田が原因なのだが。
あまりにも実兄と関係が酷すぎて、正常な兄妹関係を夫婦関係以上に神聖視しているのかもしれない。
「というか、さやが誰の尻ぬぐいをしようとしているのか分かっているのですか? 氷室日向さん。あなたのために、さやとお兄さまは人生を賭けているのです。しっかりしてください」
「そ、そっか。そういうことに、なるんだね」
一応、俺もさやちゃんも生半可な覚悟でこのイベントに臨んでいない。
俺たちなりに真剣に、氷室さんのサポートをする所存だ。
「はい。だから、風子ちゃんに勝ってください。さっさとさやの兄を自称しているあのクズ人間と恋愛関係にでもなって、幸せになってください」
「さーちゃん!? ついに、私のことを認めてくれたってこと……!?」
「そして、兄と一緒にどこか遠くに行って、さやの見えない場所に消えてくださいね。さやに干渉さえしなければ、その後にどうなろうとどうでもいいです」
「……とりあえず頑張るね! も、もうちょっとだけ、私のことも好きになってもらえるように。せめて、サトキンの半分くらいは、優しくしてほしいなぁって」
「w」
あ。さやちゃんが鼻で笑った。
まるで『あなたを好きになるわけありません』と言わんばかりである。表情も、さやちゃんらしくないムカつく顔をしていた。湾内さんがよくやるような顔である。それくらい氷室さんには抵抗感があるらしい。
ただ、当の本人はさやちゃんが少しデレたと思っているのか、舞い上がってあの子の表情は見ていないようだ。
「よーし。じゃあ、サトキン! そろそろやろっか。手でも繋げばいい? それとも抱きしめてあげればニヤける?」
「……ニヤけるといいのだが」
「とりあえず、やってみたらどうですか? あなたの現実がもっと見えるようになりますよ」
と、いうことで。
ぼちぼち、氷室さんもミスコンに向けて修行が始まった。
敵は強大だが、さやちゃんのサポートもあるのでなんとか戦える状態まで成長できると思う。
「は? ねぇ、なんでずっと無表情なの? あたし、抱きしめてあげたんだけどっ」
「ごめん。何も感じない」
「w」
……成長できる、よな?
初日とはいえ、あまりにも氷室さんの愛嬌が弱すぎて希望が見えなかった。
最上さんに勝てるのかどうか。不安である――。
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