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第百八十七話 愛嬌のバケモノ

 このシーンを真田に見られたら、恐らく俺はこの世から消されてしまうだろう。もちろん物理的な手段で。


 なぜなら今、さやちゃんに思いっきり抱きしめられているのだ。小さな手が、しがみつくように俺の背中を掴んでいる。


 躊躇や遠慮なんて一切ない。

 このまま立ち上がったら、恐らく抱っこできてしまうくらいの強さで、さやちゃんは俺を抱擁していた。


 現在、彼女がどんな顔をしているかは見えていない。さやちゃんは俺の肩に顎を乗せている状態だ。いわゆる密着状態で、さやちゃんの感触や、体温、それから吐息までも感じられるほどである。


 そんな状態で、


「えへ。さやは、お兄さまの妹になれて良かったです」


 囁くように親愛の一言を紡がれて、耐えられるわけがなかった。

 嬉しい。あと、とにかくかわいい。父性ならぬ、兄性がくすぐられて仕方ない。


 俺は君のお兄さんじゃないよ、とか。

 さやちゃんが勝手に俺を兄認定している、とか。

 血のつながっている兄も君にはちゃんと存在している、とか。


 そういう、事実関係なんて全部どうでも良くなるくらいには、かわいかった。


 ついつい、ニヤけてしまう。

 そして、俺の視線の先には……氷室さんがいるわけで。


「う、うわぁ。二ヤついてる。小学生に抱き着かれて、笑ってる……」


 俺を見てちょっと引いていた。

 まぁ、分かる。君がそういうリアクションをするのも無理はない。だからこそ俺は、さやちゃんと接する際は周囲からロリコンに見えないように強く意識して振舞っている。


 だが、さすがにこんなに愛情たっぷりの抱擁をされては、我慢できるわけがなかった。


「さやちゃん。俺も――」


 俺も、君のことを妹のように可愛く思っているよ……と、気持ち悪いセリフが出そうになっていたのだが。


 その寸前で、さやちゃんの力がふわっと緩んだ。


「――まぁ、こんな感じですね」


 あ、あれ?

 さっきまで、すごく甘えるような声音だったのに。

 抱擁が解けて見えるようになったさやちゃんの表情は、いつも通り冷静で無表情だった。


「お兄さまが相手だろうと、さやの手にかかればこんなものです。愛嬌とは、こういうことですよ」


 え。怖い。

 もしかして、さやちゃんは意図的に俺をニヤけさせるために、抱き着いてきたということか?


 あんな可愛さを、自分の意思で制御できるなんて。


(小悪魔すぎるだろ……!)


 小学生の段階でこれだ。

 まだ恋愛感情もあまりよく理解していない状態なのに、ここまで相手を手玉に取れるとは。


 しかも俺は、さやちゃんより年上だ。肉体年齢でも4歳違うし、精神年齢に至っては一回り以上上である。だというのに、俺は呆気なくさやちゃんの手のひらで踊らされた。


(真田がこの子に夢中なのも、これが理由だったりするのだろうか)


 あいつの気持ちが少しだけ理解できた気がして複雑である。

 なるほど。こんな『愛嬌のバケモノ』が妹なら、重度のシスコンになったとしてもおかしくないかもしれない。


 ちょっとだけ、真田に同情してしまった。

 それくらい、今のさやちゃんのかわいさは凄まじかった。


「ちなみに、お兄さまはさやが出会ってきた中で一番手ごわい相手です。いつも微笑んではくれますが、さやの前でニヤニヤはしません。ここまでやってようやく、ちょっとだけニヤけさせることができる、という程度ですね」


 それはどうだろう。

 結構、内心ではさやちゃんのかわいさに悶えている時もあるのだが……表情としては抑えきれていたのかもしれない。だとすれば、大人の威厳が保てていたということで良かった。


「まぁ、風子ちゃんの前でお兄さまはよくニヤけていますが、あの方はさや以上のカイブツなので例外ですね」


 み、見られてたんだ。

 たしかに俺は最上さんに弱い。何せ、性癖の具現化みたいな存在なので仕方ないのだ。


「そのカイブツを相手にするのです。風子ちゃんに勝つことは難しいと思いますが、せめて食い下がらないと勝負にならないと思うので……まずはさやと同じことはできてもらわないと、困ります」


「うーん。そんなに難しいことなの?」


 おや。今までのセリフを一通り聞いてなお、氷室さんは自信があるようだ。


「さーちゃんには悪いけど、サトキンって別に普通の男子でしょ」


「そう思う理由は何ですか?」


「だ、だって……子供相手に二ヤけるとか、ありえなくない? こういうことされたら、簡単にニヤけちゃうような人間ってことじゃないわけ?」


「……そこまで言い切れるのなら、やってみてください。お兄さまが思わず照れてニヤニヤしちゃう愛嬌を、ふりまいてみてください」


「分かった」


 そう言って、氷室さんは俺の方に歩み寄ってくる。

 それから、俺の手をそっと握って、一言。


「サトキン。あなたのことは、そこそこ好きだよ」


「あ、うん。ありがとう」


「……それだけ?」


 他に何を言えと。まさか、今の言動で俺がニヤけるとでも思ったのか?

 すまない、氷室さん……正直なところ、何も感じない。


 君に手を握られてところで、少しの愛情を伝えられたところで、俺は何も思わなかった。


 これは……想像以上に、厳しい戦いになるかもしれない――。


お読みくださりありがとうございます!

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これからも執筆がんばります。どうぞよろしくお願いしますm(__)m

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