第百八十二話 なぜ人は三十を超えると急に政治を語りたがるのか
A組の教室にて。
真田に少し絡まれたが無視して、最上さんのところに歩み寄った。
「うわぁ。風子、見なさい。童貞が歩いてるわ」
「うるさいぞ小娘」
「佐藤くん……あの、童貞ですか?」
「なんで敬語なんだ」
あと、そんな質問を教室でしないでくれ。
最上さんは体つきこそスケベだが、雰囲気は清楚な感じである。だから、その綺麗な口で『童貞』とか言われると違和感がすごかった。清楚系セクシー女優くらい変な感じがする。
……とりあえず、俺が童貞かどうかはどうでもいいことなので、スルーしておこう。
「最上さん。A組のクラス委員って誰だ?」
「え? クラス委員なら、うさぎちゃんだよ」
「尾瀬さんか」
「ええ、わたくしですわ。どうかしまして?」
お、ちょうどいい。尾瀬さんも近くにいたみたいで、話に加わってくれた。
クラス委員も顔見知りならやりやすいな。
「学校祭について話がしたい。実は、残念ながらD組の営業に配属されてしまってな。A組とコラボというか、業務提携がしたくて交渉しにきた」
「営業……不思議と、庶民に似合ってる職業な気がしますわ」
「う、うん。わたしもそう思っちゃった」
「あたしも思った! 佐藤って営業顔よね~」
営業顔ってなんだよ。
まぁ、営業っぽいと言われることについては別に気にならないが。この世界ではやりたくないが、前世ではやりがいもあって自分の職業に誇りもあったし。ただ、もうちょっと所属企業がホワイトなら良かったなぁって。
「庶民のクラスは何をなさるのかしら?」
「うちはたこやき屋だ。当日は出店をする」
「そうですのね。A組は喫茶店をやりますのよ……たこやき店とは、相性が悪い気がしましてよ」
金髪の縦ロールのお嬢様は、難しそうな顔で首を横に振った。
喫茶店にたこやきは、たしかにイメージがないか。
「喫茶店と言えば……そういえば、メイドとバニーはどっちになったんだ? 俺はアニマル喫茶がいいと思うが」
「意見が割れてますわ。今は拮抗状態ですの」
「てか、バニーがいいって言ってるのはお嬢だけじゃんw」
あれ。そうなのか?
この前、最上さんから聞いた話によると、湾内さんもバニーがいいと言っていたらしいが。
「あたしは佐藤の案でいいと思うけど? アニマル喫茶、かわいくない? あと、サキュバスとかスケベでいい感じでしょ」
「わたしも、アニマル喫茶でいいと思うなぁ」
「じゃあ、風子はサキュバスね」
「ええ!? サキュバスは動物じゃないよっ」
あ、そういうことか。
湾内さんはどうやら俺の案に乗ってくれたらしい。ただ、尾瀬さんが頑としてバニーを譲らないようだ。
「くっ。四面楚歌ですわ……クラスメイトはメイド喫茶かアニマル喫茶がいいと言ってますのよ」
「男子もか」
「ええ。ただ、男子は内心では絶対にバニーがいいと思ってるはずですのに……みんなムッツリで卑怯ですのっ」
思春期だからなぁ。きっと、男子同士だとバニーがいいと叫んでるはずだが、女子の目線があったら急に大人しくなってしまうのが男子という生き物なのだ。こればっかりは仕方ない。
「尾瀬さん一人だけの意見なら、バニー喫茶という案を通すのは難しいか」
「いいえ。クラス委員という権力を利用して、どうにか抵抗してますわ」
「抵抗するなよ」
尾瀬さんは権力をしっかりと悪用していた。やはり彼女は、湾内さんと違った意味で欲望に忠実である……自分が見たいんだろうなぁ。女子のバニーガール姿が。
まぁ、俺も見たい……具体的に言うと最上さんがバニーガール姿で接客しているところが見たいし、なんなら接客もされたい。
でも、バニーに肯定的なのが尾瀬さんだけらしいので、戦いはほぼほぼ敗北となるだろう。
「庶民。どうすればいいのか、何か良い案はなくって?」
「そうだな……このままだと数の暴力に負けるから、抜け穴を作るしかない。政治と一緒だ。連立して与党に紛れ込んだ後、自分たちに都合の悪い法案を骨抜きにして実行力をなくす、みたいなイメージだ」
「政治の話はちんぷんかんぷんですわ」
ちんぷんかんぷんって、久しぶりに聞いたな。
でも可愛い表現なので、悪くないと思う。あと、政治の話をしてごめん。転生前はアラサーのおじさんだったので、その時の悪い癖だ。人ってなんで三十を超えると急に政治を語りだすのだろうか。謎である。
「そうだな……アニマル喫茶ということで妥協しておいて、バニーもその一部に紛れ込ませるとかどうだ?」
「ほう。悪くありませんわ」
思い付きだったが、尾瀬さんは賛同してくれた。
これで、権力の乱用も抑えてくれるだろう。この様子だと、アニマル喫茶に決まりそうだな。
「ぷぷーw 佐藤が必死で草」
「佐藤くんはバニーガールが大好きだからなぁ。仕方ないよ」
うるさいぞ、女子二人。
たしかに俺はバニーが好きなので、異論はないけどな――。
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