第百八十話 へくちっ←あざとい
――学校祭まであと一ヵ月。
十月中旬。もうすっかり肌寒くなって、女の子が厚着になる季節。
「しゃ、しゃむい」
隣を歩く最上さんもどうやら寒いらしい。ぷるぷると震えながら、コートのポケットに両手を突っ込んでいた。転ぶと危なそうだが、大丈夫だろうか。
「そんなに寒いのか?」
「へくちっ」
返事代わりのくしゃみがまた可愛かった。あざといな。いいぞ、もっとやれ。
朝の登校中。たまたま……なのかはちょっと疑問だが、途中で最上さんと遭遇したので一緒に歩いていた。
明らかに俺を待ち構えていた気がするが、詳しい理由は野暮なので聞いていない。ちなみにこの道は最上さんの自宅の位置を考えると絶対に通らない場所なので、十中八九彼女は俺と一緒に登校したくて待っていてくれたのだろう。愛おしすぎて萌えた……萌えってそういえばもう死語なのか。なんか悲しいな。
と、おじさん特有の哀愁を感じていると。
「くちゅん……はわわっ」
二度目のくしゃみが聞こえてきた。
さっきよりもあざとくなっているが、わざとではないのだろう。その証拠に、鼻水が垂れている。俺に見られて恥ずかしかったのか、慌てた様子でポケットティッシュを取り出していた。
鼻水については、見えなかったことにしておこう。
黙っていると最上さんが自爆しそうというか、何か慌てているような気がしたので、俺が何も見ていないことをアピールするためにも話題を振ることにした。
「最上さんって寒がりなんだな」
「え? あ、ううん。普通な方だと思うけど……実は、えっと」
「ん? 何か理由でもあるのか?」
「……す、スカートが短いのに、慣れてなくて」
ああ、そういうことか。
最上さんはまだスカートの丈を短くして日が浅い。もちろんこの短いスカートで冬を迎えるのは初めてだろう。なるほど、だから余計に寒さを感じているというわけだ。
「世間のJKはこの寒さに耐えてるんだね……すごいなぁ」
「君も世間のJKだけどな」
短い、とはいっても過剰ではない。あくまでやや短めという程度で、JKという種族の丈で考えると一般的だと言える範疇だ。実際、最上さんよりも湾内さんや氷室さんの方が短いくらいなので、決して短すぎるわけではない。
ただ、それでも最上さんは未だに慣れていないようだ。
「本格的な寒さはまだまだこれからなのに……先が思いやられるなぁ」
「大丈夫だ。これ以上寒くなったら、俺の手で温めるからな」
「え。ふ、ふとももを!?」
「……手で温める場所と言えば、手しかないだろ」
俺が悪かったのだろうか。
たしかに主語は省いた。文脈的に伝わるかなと思ったというか、あえてセリフを短くしてかっこつけたのである。
しかし、最上さんは前の会話に引っ張られていたようだ。ふとももを手で温めるって宣言したら、変態だろ。もうちょっと青春感がほしいのだが。
「そ、そうだよね。手かぁ……手!?」
「ああ。手で手を温めるって、すごくいいシーンだよな。キュンキュンする」
「いいの!? 佐藤くん、すごく優しい……わたしなんかの手を握ってくれるなんてっ」
「そこまで敬われると少し接しにくいんだが」
もうちょっと普通の男の子と思ってくれてもいいのに。
最上さんにとっての俺が、ちょっと神格化されすぎている気がした。
今の発言、実はちょっと冗談混じりだった。最上さんが照れるところが見たいな、程度だったのである。
しかし、リアクションが想像以上に激しかった。まさか照れを通り越して感激するとは。
「ちなみに、最上さんが考える俺と対等な存在って何だ?」
「佐藤くんと対等? うーん、そうだなぁ……神棚?」
「拝む対象にしないでくれ」
「えへへ。いつもわたしに、ご利益をありがとうございます」
そう言って、最上さんは両手を合わせて俺を拝んだ。
……あ、分かった。これは最上さんなりの冗談だな?
笑い方がいつもより無邪気だったおかげで気付けた。
(む、昔は冗談を言うのも苦手そうにしていたのに……成長したなぁ)
やばい。ちょっと泣きそうである。
俺の冗談に対する返答としては最適だ。あと、最上さんみたいな愛らしい子にからかわれているみたいで、すごく興奮す……こほん。なんでもない。
とにかく、最上さんが冗談を気軽に言ってくれるようになった。
そのことが嬉しくて、俺はつい気を緩めてこう言ってしまった。
「じゃあ、お供え物には最上さんのひざ枕を所望しよう」
「ええ!?」
あ、ちょっと言いすぎたか?
セクハラと思われないだろうか、と言った後で少し反省した。
しかし、最上さんはやはり天使だった。
「こ、こんな太いふとももで良ければ……いつでもいいよ?」
まさか肯定してくれるとは……なんて素敵な子なんだ。
やっぱり、最上さんは俺にとって最高のヒロインである――。
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