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第百七十六話 送り狼ではなく、迎え子犬

 ――結局、湾内さんは最後まで起きなかった。


「えっと……ここか」


 最上さんに教えてもらった住所に到着しても、彼女は未だに俺に背負われたままである。

 目の前には高層マンションがそびえたっている。どうやらここが、湾内さんの自宅みたいだ。


(それにしても、最上さんはまったく妬いたりしなくなったな)


 まさか、湾内さんと二人きりになる上に、家まで送迎させるように彼女が誘導するなんて。


 もし、最上さんが嫉妬するタイプの女性なら。

 好意を抱いている男性が、違う女性をおんぶして、自宅まで連れていく――それを許すわけがない。


 もちろん、もともと彼女は大人しいタイプで、嫉妬心が強いわけではなかった。

 ただ、少しだけ独占欲は感じていたので……彼女にも心境の変化があったのだろう。

 それが良いことなのか、悪いことなのか。その判断は難しかった。


 ……このことについて考えても、すぐに答えは出ないか。

 とりあえず、湾内さんをさっさと起こして俺も帰宅しよう。


「おい、起きろ……まったく、この小娘はなぜ起きないんだ」


 軽く背中を揺すったが、湾内さんはまだ起きない。


「むにゃむにゃ」


 寝顔は見えないが、寝言ならよく聞こえた。他人に背負われた状態でよくもまぁ、こんなに無防備に眠れるものである。


 まるで、親に背負われている子供みたいだった。俺は第三者の男なので、普通はもっと警戒してしかるべきだと思うのだが……湾内さんのメンタルはよく分からんな。


 俺が思っている以上に、信頼されているということなのか。

 あるいは、俺が何かするわけないと舐め腐っているのか。


 ……まぁ、理由なんてどうでもいい。


「湾内さん。君の家に到着したぞ。そろそろ起きてくれ」


 今度は、少し強めに揺さぶってみる。

 こんなに振動が大きかったら、どんなに熟睡してても気付くだろう。


「……いやん。揺らしてあたしの胸の感触を楽しむなんて、さいてー」


 よし。起きたか。

 寝起き早々、発言が酷かったのだが、湾内さんなのでそこは気にしていない。


「あばらがゴリゴリして痛いから、そろそろ降ろしていいか?」


「――殺す。喜びなさいよ、童貞! 誰が貧乳じゃなくて無乳って? うっさいわね、ちょっとだけあるもん!」


「俺は別に何も言ってないが」


 被害妄想はやめてほしい。

 あと、いい加減に降りろ。なんで逆にしがみついているんだ。


「佐藤……えっと、もう悟でいっか。風子もいないし」


「俺は名前で呼んでほしいと思っていないから、佐藤でもいいぞ。それと、降りろ」


「ねぇ、悟。あたし、実は一人暮らしって言ったらどうする?」


「どうもしない。俺の話を聞いてくれ」


 降りろ。それだけを頼んでいるのに、湾内さんは絶対に聞いてくれなかった。

 もちろん抵抗はしている。暴れ馬のごとくスクワットして振り払おうとしているが、ロデオみたいに湾内さんはうまくバランスとをとって落馬しないようにしていた。驚異的なバランス能力である。


「あたし、一人暮らしなの」


「そうか。がんばれ」


「帰っても一人で、寂しいの」


「ネットで友達とか作ると良い。ディスコとかで楽しく通話すると寂しくないんじゃないか?」


「あたしの家に、両親はいないのよね」


「家庭事情はそれぞれあるだろうな」


「今日は誰かと一緒にいたい気分だなぁ」


「そういう日もあるよな。じゃあ、俺は帰るから」


「――来なさいよ! あたしの家に、来い! こんなにアピールしてるんだから、ちゃんと構ってよ!」


「アピールが露骨すぎて逆に怪しすぎるんだ」


 ちっ。帰宅したいのに、湾内さんが帰してくれそうにない。

 マンションの前で、いつまでもこうやって揉めていては近所迷惑だろうし……困ったものだ。


「穏便にすませたい。俺は帰りたいが、君は帰らせたくないんだな……どうすれば気が済む?」


「あたしの家に来て」


「何もしないよな?」


「……何かしたいって言ったらどうする?」


「最終手段だ。絶交する」


「――そ、それはやだっ。あたし、ただでさえ友達が少ないのよ!? あんたに絶交されたらストーカーするからねっ」


 ストーカーはちょっと嫌だな。普通に怖い。


「何もしなければいい。それを約束できるか?」


「分かった、何もしないから……ちょっとだけ、オシャベリに付き合ってくれたらいいから!」


「まぁ、何もしないなら」


 仕方ない。このまま腹の探り合いを続けても、話は平行線のままだろう。

 ここは、大人の俺が折れてあげることにした。


「ちょっとだけだからな。他の女子の家に上がり込むのは、最上さんにも悪いし」


「そこは大丈夫でしょ。あたしを送ることを許可してくれたんだから」


 ……そうなんだよなぁ。

 たぶん最上さんは、俺が湾内さんの家にお邪魔したと知っても気にしないだろう。


 むしろ、仲の良い友達同士が仲良くしていることを、喜ぶ気がする。

 そのことを、湾内さんもよく分かっていそうなのがいやらしかった。


「風子は思った以上に、あたしと仲良くなってるわよ。悟が警戒する以上に、ね」


 ああ、そうだろうな。

 だから、現状を正しく認識するためにも、湾内さんと会話するのはいいかもしれない。


 そういうわけで。

 俺は、湾内さんの家にお邪魔することになるのだった――。

【あとがき】

お読みくださりありがとうございます。

更新、しばらく空いてしまって申し訳ありませんでした。

家庭の事情と、メンタルの不調が重なって更新できませんでした。

今はもうだいぶ落ち着いたので、少しずつ更新していきたいと思います。

皆様に楽しんでもらえるよう、頑張りたいと思います。

これからもどうぞ、よろしくお願いしますm(__)m

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