第百七十五話 貧乳はステータスで免罪符
ボール遊びをしばらく続けた。
俺には楽しさが分からなかったのだが、湾内さんが楽しそうだったのでいいのか。
「風子も投げて!」
「分かった。ていっ」
途中で、こうやって最上さんが参加したのだが。
しかし、前に投げたはずのボールが後ろに転がっているのを見て、湾内さんはドン引きしていた。
「……下手くそね。興ざめするから、何もしなくていいわよ」
「ええ!?」
最上さんが運動音痴なのは既知のことである。
むしろ、こういうおっとりしたところが彼女の魅力だ。呆れるなんて筋違いである。
「こら。最上さんがボールなんて投げられるわけないだろ。期待した湾内さんが悪いぞ」
「そうね。風子、ごめんなさい。期待したあたしがバカだったわ」
「二人とも酷いよっ。た、たしかに、運動は苦手だけどっ」
「でも、そういうところが最上さんは魅力的だからな。君はそのままでいい」
「……佐藤君っ」
「は? なんで二人でラブコメしてるの? あたしを無視するな!」
そんなこんなで。
時折、最上さんとラブコメしながらも、なんとボール遊びを三十分も続けた。
この時間に意味があったのかは分からない。
ただ、湾内さんが終始楽しそうだったので、それはそれで良しとしておこう。
「……すやぁ」
そして彼女は寝た。
たくさん走り回って疲れたのだろう。ベンチで、最上さんのひざを枕にして気持ちよさそうに寝ている。
いいなぁ。
あの柔らかそうなふとももを枕にするなんて、湾内さんが羨ましかった。
……まぁ、子犬の特権だな。
俺が膝枕を所望したらただの変態である。たぶん、最上さんだったらお願いしたらやってくれると思うのだが、さすがに自重しておいた。
「佐藤君、これからどうする?」
「帰るか。寝ているそこの小娘は置いていこう」
「あはは。佐藤君ったら、冗談でもそんなこと言ったらダメだよ~」
いや、本気だが。
しかし、根がいい子な最上さんは冗談として受け取ったらしい。
さすがに置いて帰るという選択肢はないみたいだ。
「じゃあ、起きるまで待つか?」
「……美鈴ちゃん、起きるかなぁ。おーい、美鈴ちゃん?」
最上さんはそれから何度か湾内さんに呼びかけたが、彼女はまったく起きる気配がなかった。
「ぐごごっ」
小さくいびきまでかいている。乙女の寝息にしてはかわいくないので、本気で寝ているだろう。さすがにこの小娘にも女の子の恥じらいはあると思うので、演技には見えない。
「どうしよう。足がしびれちゃいそう」
「……やはり置いて帰るしかないか」
膝枕は体勢がきついと思う。血流が悪くなって、足がしびれるのも時間の問題だ。
最上さんの足がしびれるくらいなら、湾内さんは見捨てよう。
そう思ったのだが、最上さんは軽く笑ってその提案を無視した。やっぱり冗談として捉えているのだろう。
「佐藤君がおんぶするとか、どうかな」
「……マジか」
置いていくとは真逆。
まさか、背負って帰ろうと提案するとは。
「でも、起きた時にうるさそうだな」
「賑やかなのは美鈴ちゃんのいいところだよっ」
「ほら。背負ってる時に胸が当たったとか、言いがかりをつけそうだし」
「……そうかなぁ。美鈴ちゃんは、佐藤君が相手なら気にしなさそうだけど」
それもそうか。
というか、湾内さんには当たる胸がほとんどないので、そこは言いがかりをつけられても平気だと考えなおした。貧乳はステータスだが、免罪符でもある。俺に罪はない。
(最上さんも、そんなに意識してないのか)
前は、湾内さんが俺のことを名前で呼ぼうとしたら嫌がっていた。
ささやかながらに独占欲があるのかなと思っていたが……湾内さんと仲良くなったからか、警戒心が緩んでいるように見える。
おんぶくらいなら平気らしい。
いや、そういえば今日も、湾内さんは俺にしつこく絡んでいた。それを最上さんは優しく見守っていた。
たぶん、湾内さんは最上さんにとって敵ではないという判断なのだろう。
だから彼女は湾内さんに甘いわけだ。それに対して俺は敵だと考えているので、態度や認識に齟齬が出ているのだろう。
……まぁ、最上さんが気にしていないのなら、別にいいのか。
俺は別に湾内さんのことが嫌いというわけじゃない。むしろ、キャラクターとしては好きに近いかもしれない。うざくて下品だとは思っているが、それだけだ。
おんぶするくらいなら、特に何とも思わない。
「背負えばいいのか?」
「うん。家まで送ってあげたらどうかな」
俺はこの子の家を知らないのだが。
でも、さすがに途中で起きるだろ。その時に自分の足で帰らせればいい。
そう思って、俺は湾内さんをひょいっと小脇に担いだ。
おんぶしようかなと思ったが、持ち上げてみると意外と軽かったので、この運び方でもいいのかもしれない。
「佐藤君っ。それだと、荷物みたいだから……もっと優しくしてあげて、ね?」
「そうか? 最上さんがそう言うなら……」
仕方ない。改めて湾内さんを持ち上げて、背負ってみると……軽いな。同級生とは思えないくらい、小柄で華奢だった。
おかげで背中に当たる胸もない。感触があばら骨と胸骨しかないので安心した。
これなら照れることもなく、普通に運べそうだった――
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