幕間その5 物語の行く末
【ねこねこ視点】
「……まさか、ここまでくるとはなぁ」
ノートを眺めて、ねこねこは小さくぼやいた。
そこには、絵と呼べないレベルのラフ……いや、落書きがぐちゃぐちゃと描かれている。他人が見たら混沌とした線の集まりだが、ねこねこにはちゃんと絵として見えている。
漫画家によって手法は違うだろうが、ねこねこはアイディアをまとめる段階ではノートを利用することが多い。人に見せる必要がない上に、気軽に書き直すことができるので、こっちの方が思考を整理しやすいという理由だ。
今、彼女は物語を整理していた。
これからどのような流れで、どんなイベントを起こして、どういった結末にするのか、このロードマップがなければ物語を進めることはできない。これがまた大変で、クリエイターを苦しめる作業だが、ねこねこはどうにかやり遂げた。
(なんとなく、こういう終わり方になるかなとは思ってたけど……ここまで描けるとは、思わなかった)
ノートを眺めて、つい感慨にふけってしまった。
ミスコンというイベントは、もともと本作の最終イベントとして想定していたものだった。
頭の中で、なんとなくという曖昧な形だったので、編集の安藤にも伝えていなかったことである。
ただ、いざ形にするとなるとまた細かい部分の整合性を取るのが大変で、少し時間がかかってしまった。
ラフの提出期限も迫っている。すぐにでもデータ化して、安藤にメールを送付しなければならない。
そのことは分かっているが、彼女はなかなか手を動かすことができずにいた。
物語について考えすぎた弊害である。なかなか切り替えができずに、思考が暴走していた。しばらくクールダウン期間を挟まなければ、次の作業に入れない状態だった。
(日向ちゃんがなんだかんだがんばって、才賀くんと結ばれて、ハッピーエンド……に、なるんだよね???)
大筋ではそう決まっている。
その流れも、ノートには書いてみた。数話分の流れを大雑把にまとめているので、すぐに結末ではないものの……あと半年くらいでは、物語に一区切りつきそうだなという感覚がある。
ただ、彼女は不安だった。
物語が、この通りに行かない気がしてならないのだ。
(佐藤君よ。君は、いったい何をするつもりだ。風子ちゃんも拗ねてミスコンに出ることになっちゃったし……数話では終わらないのでは?)
専ら、この二人が言うことを聞かない。
ねこねこの手に余る行動をするので、彼女は困っていた。
(また、ラフとか書き直すことになりそう……まぁ、それくらいはいいんだけど)
創作について、悩みは尽きないが。
しかし、ねこねこの表情は明るい。むしろ、こうやって頭を悩ませることが、創作の醍醐味だと感じている。
(打ち切りを想定した時は、もっと中途半端な形でしか終わることができなかった。あれに比べたら、この終わり方は……本当に、幸せだよね)
残念ながら、商業作品のほとんどは作者の意図しない形で終わりを迎える。
満足に、作者の思うままに描かれている作品は、ちゃんと売れている場合に限定されるのだ。
無情だが、資本主義の市場とはそういうものである。文句があるなら同人など個人でやればいいとねこねこは考えているので、彼女は売り上げなどについては何も言わない。ただ、できる範囲で、読者が最大限に楽しんでもらえるよう、がんばるだけだ。
(どんな終わり方になるのかは、まだ分かんないけど……読んでくれる人が、楽しんでくれますように)
そう祈ったころに、ようやく思考が緩んできた。
アイディアを出すためにフル回転していた脳みそもクールダウンを終えたので、イラストソフトを起動するねこねこ。
安藤とも方針を共有するためにも、ノートに描く時よりも丁寧にラフを仕上げなければならない。
ただ、脳みそを使いすぎた弊害か、頭がぼーっとしていた。眠気も感じていたので、なかなか辛い状況である。
創作において、眠気は最大の敵だ。
集中力が低下する上に、思考が停止する。せっかくクールダウンを終えたのに、そのままシャットダウンしそうになっていた。
思考がおぼつかない。そんな時にふと、彼女は彼のことを考えていた。
(……そういえば、営業Aさんは復活したかな?)
ふと気になって、SNSを起動する。
彼のアカウントを開いて、投稿を確認したが……やはり、最新の更新はなかった。
(うーむ。これは、がんばるしかないか)
あえて、悪い予想は考えない。
営業Aは、もしかしたら仕事が多忙すぎるのかもしれない。
あるいは、サブカルに飽きてSNSの投稿が面倒になっただけの可能性もある。
だから、ねこねこは再び彼に呟いてもらえるように、作品をがんばろうと改めて決意した。
(つい、感想が呟きたくなるくらい、面白い作品を描けばいいだけだよね)
打ち切りになりかけていた時も、ずっと応援してくれた大切な読者。
その一人が喜んでくれることを祈って……彼女は疲れた体に鞭を打って、再び作業を進めるのだった――。
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