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元英雄で、今はヒモ~最強の勇者がブラック人類から離脱してホワイト魔王軍で幸せになる話~【Web版】  作者: 御鷹穂積
第二章◇ヒモになってから

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52◇元聖剣で、今は美女(下)




 モナナの叫びと同時、水面から顔を出したサメが口を開けて襲いかかってくる。

 しかもただのサメではない。


 通常の十数倍の体躯に、血走った目、そしてなによりも――口から冷気を吐き出す様は、まさに魔族。

 何かがあって結界をすり抜けてしまったのか。


「この結界は瘴気を弾いて島の存在を認識されづらくする効果もあるけど、侵入者を弾く機能はないんだ!」


 モナナの説明で納得。

 魔族化した生物が偶然結界内に入り込む事故は起こり得るわけだ。


 ガギンッ、とサメの口が閉じた。


「モナナ! ボートの後ろが食われた! 浜まで戻れるか!」


「えぇっ!? た、多分! ――あ、無理かも」


 俺もモナナと同じタイミングで同じことを思った。

 周辺一帯が凍りついてしまったからだ。


 サメの吐息で海面が凍りついたたことでボートも止まってしまう。

 俺たちはボートから飛び降りる。


「俺の後ろにいろ!」


「う、うん!」


 再びサメが大口を開けて飛びかかってくる。

 俺は咄嗟に腰に手を回し――ミカが人間になっていることを思い出した。


 咄嗟に意識を戦闘に切り替えたまではよかったが、それによって普段のくせで聖剣に手を伸ばしてしまったのだ。


「く、ぅッ……!」


 戦いの中で、一瞬の遅れは命とりになり得る。

 俺は迎撃から回避へと行動を切り替え、モナナを抱えて風魔法で飛行する。


「レインくん、大丈夫かい!?」


「問題ない!」


「で、でもっ、腕が、凍っちゃってるよ……!」


 モナナを左腕で抱えた俺は、自分の右腕が凍りついているのを確認する。

 だが今はそれよりも、サメ退治の方が優先だ。


「悪いがここは、大事な場所なんだ」


 三日月状の巨大な風刃を作り出し、三度飛びかかってきたサメを――左右で両断する。

 紫色の血をぶちまけながら、凍りついた海面を割り、サメの巨体が海に沈んでいく。


「す、すごい……」


 モナナがそう呟いている間に『火属性』魔法を調整して熱で氷を溶かし、治癒魔法で凍傷などを治癒する。

 腕はこれで問題ない。


 俺は一応ボートを回収し、そのまま『風属性』を利用した飛行で浜辺に戻った。


「モナナ、勇者レイン! 無事だった!?」


 心配した様子のヴィヴィが駆け寄ってくる。

 俺たちの無事を確認したルートは、安堵の溜息を漏らした。


「心配したんですからね~」


「う、うん。大丈夫だったよ、レインくんがまた助けてくれたから」


「あれくらいの敵なら問題ないよ」


 そう言うが、ヴィヴィとルートは俺の右腕を手にとって、つぶさに観察する。


「本当に大丈夫なわけ? あなたの治癒魔法に不安はないけれど、怪我をしたのは心配だわ」


「そうですよ~。治っても、痛かった事実がなくなるわけではないのですから~。痛かったですね、頑張りましたね~」


 子供のように心配されるのはなんだか新鮮で、くすぐったい気持ちになる。


「ん? そういえばミカは?」


 彼女だけは輪の中に入ってこないで、少し離れたところに一人佇んでいる。

 俺はみんなに一言言ってから、ミカの方へ近づいていった。


「なぁ、どうしたんだよ」


 尋ねるも彼女は俯くばかりで返事がない。


「……あたし、馬鹿みたい」


「ミカ?」


 次の瞬間、顔を上げたミカは自分の頬を、自分の両手で挟むように叩いた。

 バチンッと乾いた音が鳴り響き、彼女の柔らかな頬が赤くなる。


「……あたし、浮かれてたわ」


「なんのことだ? サメの件なら、別にお前の所為じゃないだろ」


 海に誘ったのはミカだが、だからといってそこで起きたことの責任を負うことはない。


「気づいてないと思う? あなた、聖剣に手を伸ばしたでしょ。それが、あの状況で、もっとも確実かつ素早く敵を倒す方法だったから」


 さすがは相棒、しっかりと気づいていたようだ。


「そうだけど、前回はお前を砂浜に差して海で遊んでたんだぞ? あの時サメが出てきて同じことになっても、お前の所為じゃないだろ? 今回も同じだよ」


「いいえ、前回の件があったからこそ、あなたが今度海に入るなら、あたしは絶対についていったはずよ。聖剣としてのあたしなら、ね」


 その言葉に、俺は何も言えなくなってしまう。

 俺の身を案じるミカだからこそ、海に敵が出てくるなら自分を持っていけと言うはずだ。


 その通りなのだ。

 だが今回、そうはならなかった。


 それはモナナのボートが二人乗りで、ミカが人間の少女だったから。


「あたしは人間になりたかったわけじゃない。レイン、あなたに置いてけぼりにされた気になって、他のみんなに嫉妬しただけ」


「ミカ……」


「そりゃあ人の姿は楽しいわよ? 世界の感じ方がまるで違うし、自由な感じがする。けどさっきのことで気づいたわ。この先、あなたがどんな相手をどれだけ特別に思ったって関係ないんだって。あたしはとっくに、あなたの『相棒』っていう代えの利かない関係性を持っていたんだって」


 ミカの真剣な表情に、俺も自然を口を開いていた。


「お前が人間でいたいならそれでいいと思ってたけど、確かに……その、『相棒』がいないのは……えぇと、俺も少し、寂しかったかな」


 この表現でよかっただろうかと思いながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


 見れば、ミカはぽろぽろと涙を流していた。


「ごめんなさい、レイン。怪我をさせてしまって」


「いいんだ。俺のミスなんだから」


「それを補うのがあたしの役目だもの。やっぱり……聖剣の姿に戻るわ」


「いいのか? 簡単には人に変化できないんだろう?」


「構わないわよ。でも……あんまり雑に扱われたら怒るから」


 拗ねるように言う、ミカの姿が。


「あぁ、わかったよ」


 少し可愛いな、と思う俺だった。


「じゃあ、その、戻るわね?」


 ミカの体が光に包まれ、そして――聖剣の姿に戻る。

 たった数日のことなのに、久々の再会のように感じられる。


 俺は砂浜に突き刺さる聖剣を抜き、太陽の光にかざすように持ち上げる。

 ミカの刀身は陽光を美しく反射――しない。


「ん?」


『えっ!? なに!?』


 その刀身に赤茶色の模様が浮き出て、全体に広がっていく。


「……さ、錆びてる」


『えぇ……!? あたしはそういうのとは無縁なんですけど!?』


 俺はモナナを振り返った。

 モナナは口許を押さえて、顔を青くしている。


「えぇと……完全に聖剣としての力を取り戻すまでの間、性能が劣化する可能性がごく僅かだけどあって……その、それで……錆びやすくなっちゃった……とか……?」


「あー……どれくらいで戻るかな?」


「わ、わかんない」


『モナナ~~~~~っ……!!』


「ごめんよ聖剣さま! 戻すから! 錆取りするから!」


 モナナが涙目になって謝罪する。


『なんか、なんか痒い気がしてきたわ!』


 聖剣は、錆びると痒みがあるらしい。


「あははっ」


 俺は表情が緩むのを感じていた。


『なに笑ってんのよ! 相棒が錆びているというのに!』


 ミカは怒っている。

 だが、俺は、相棒が戻ってきたように感じられて、嬉しかったのだ。




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