49◇金髪碧眼美少女聖剣
部屋でマリーに抱きしめられていたところ、金髪碧眼の十代女子になった聖剣ミカが乱入してきた。
「レイン! さすがは十年来の相棒ね! あなたなら気づいてくれると信じてたわ!」
ミカの声で喋る少女は、感極まったように瞳を潤ませた。
「聖剣様……なのですか?」
マリーは半信半疑だ。
「ふんっ、そうよ? なんか文句あるわけ?」
「言われてみますと、その魔力は聖剣様に匹敵するもの……。金色の髪は装飾を、青い瞳は剣に嵌められた宝玉を連想させます。なによりも……長い時を生きながらいまだ幼い少女のような言動をされるところなど、まさに私の知る聖剣様そのもの」
「最後バカにしたわよね!? どんな喋り方しようが人の自由でしょ……! そう――人の、ね!!」
どやぁ、とミカは自慢げに胸を張る。
やはりこの少女はミカだ。
「あー、お前がミカなのはわかったが、一体どうやって?」
元々備わっていた機能ではないはずだ。
俺の脳裏には一人の人物が浮かんでいたが、一応聞いてみる。
「ふっふっふっ。聞いて驚きなさい――あたしはあの天才魔道技師モナナの開発した聖剣擬人化装置によって――人の身を手に入れたのよ!!!!」
「聖剣――」
「擬人化装置?」
やはりモナナだったかと納得しながら呟く俺と、わけもわからず首を傾げるマリー。
「モナナはあたしの中に眠る膨大な魔力を使って、人になりたいという願いを叶えてくれたってわけ!」
「なるほど……」
魔力とはそもそもが『願いを叶える性質』を持ち、これに指向性を与えるのが魔法だ。
炎の玉を操る、対象を凍らせる、空を飛ぶなど、全て魔力と確かな想像力で実現できる。
そのバランスが非常に難しいからこそ魔法使いは少ないのだが……。
『ある魔法を想起するのに有用な手順』を指して魔法式なんて呼んだりするくらいだ。
炎の玉を出すなら、火の熱さ、猛り、色やサイズまで克明に頭の中に思い浮かべねばならない。
そして、その想像を現実に変えてくれるだけの魔力が必須。
つまりだ――。
「己が人として活動するための肉体を完璧にイメージしないことには成功しないはずですが……魔道技師……あの小柄で胸の大きい女人が……それを可能とする装置、つまりは魔道具を開発したと?」
ちなみにマリーはもうモナナのことを知っている。
ベッドの上にいた五人は要注意人物として記憶したようだ。
「そうよ!! モナナはすごいのよ! 同じチビでもそっちの【賢者】に同じことは出来ないでしょ!! ふっふーんだ!」
したり顔が止まらないミカ。
「あの子は貴女を折ることが出来ますけれど」
「だからなに? それってもう人殺しよ?」
「……永遠にそのお姿でおられるつもりですか?」
「ここは平和な国なのよ? 問題が起きても今のレインなら対処できるし! 今こいつに必要なのは剣じゃなくて、常に側にいる姉貴分なのよ、このあたしみたいにね!」
「――姉? 聖剣様、今なんと?」
マリーが俺を抱きしめたまま、闘気を発する。
ミカは一歩も引かない。
「あんたまだ格上のつもり? 人の姿を得たあたしに、聖剣の制約はないのよ。使い手をサポートするだけじゃない、この規格外の魔力を自分の意思で自由に使えるんだからね?」
「……どちらがレインちゃんの姉に相応しいか、戦って決めるおつもりですか?」
「どうかしらね? その前に一つ。――貴女、次の任務地はどこなの?」
マリーは怪訝そうな顔をしたが、すぐに口を開く。
「次の仕事に支障が出ないか心配してくださっているのですか? 不要ですが、いいでしょう。ガミル国ヤオの街にて魔族との戦闘が予定されています」
ミカがフッと不敵に笑う。
「あらそう、教えてくれてありがとう。それと質問の答えだけど――的外れよ」
「なんです?」
「戦うまでもないから、貴女の疲弊を心配する必要もないの」
ミカの姿が消えた。
違う、ベッド脇に『空間転移』したのだ。
そしてマリーの肩にぴとっとタッチする。
「な――」
「じゃあね」
マリーの姿が消える。
「おいおい……」
「安心なさい、ちゃんとヤオの街に飛ばしたから」
マリーは英雄の使命最優先なので、任務を無視してこちらにやってくることはない。
そして『空間転移』が使える【賢者】も、ちゃんと余裕のあるときでなければマリーをここへ飛ばしはしない。
ミカは今、戦わずしてマリーを撃退したと言える。
「どう? レイン、このあたしは?」
「あ、あぁ、いいんじゃないか?」
「それだけ?」
ミカが寂しそうな顔をした。
彼女の姿を再度確認する。
「えぇと、可愛いと思うぞ?」
ミカは喜色満面ではしゃぐ。
「そう! そうよね! あたしもそう思う! ほんと、モナナに感謝だわ!」
「あのさ、ミカ」
「なぁに?」
ミカは俺の膝の上にまたがり、正面から俺を見る。
ちゃんと血の通った人の身体だ。
呼吸もしているし、温かいし、心臓の鼓動もある。
ミカは俺に触れられるのがよほど嬉しいのか、ニコニコした顔でペタペタと俺の体を触っている。
こちらもいつも聖剣を握り、手入れしていたので、勝手に触れることに関して文句を言うつもりはない。
「お前さ、その、今の姿もいいと思うけど」
「うん。これからは部屋に置いていくとか浜辺に差して放置するとかさせないんだからね!」
過去、そんなこともあった。
結構根に持っているようだ。
「剣の姿には戻れるんだよな?」
ミカが拗ねたような顔をする。
「人のあたしは邪魔?」
「まさか、大切な相棒だよ。今更いなくなられたら困る」
「むふふ」
ミカは上機嫌で俺の頭を撫で始める。
「戻ることは出来るわ。でも、装置は一回の起動で壊れちゃってね。また人になるには、その、費用とモナナの時間と魔力が……」
「なるほど」
人と剣の姿を自由に行ったり来たりとはいかないようだ。
「まぁ、ずっと剣だったんだし、人の姿でやりたいこととかもあるか」
「えぇ! これからのヒモ生活はあたしも一緒よ!」
笑顔を輝かせるミカ。
彼女の嬉しそうな顔は喜ばしいが、一抹の寂しさも感じるのだった。




