第41話 青葉さんは照れ屋さん
もう一度繰り返した途端、青葉さんの顔は――みるみるうちに赤くなった。
え? なんて怪訝な声を出してしまいそうになったのは、それが俺の知っている青葉さんではなかったからだ。
同居同盟を結んで、散々青葉さんのことは見てきた。仕事の間は淡々と、愛想笑いは社交辞令に留め、でもプライベートの話は声を上げて笑うこともある。仕事に疲れれば子どもが喚くような口ぶりにもなるが、総じてどことなく余裕を漂わせるのが青葉さんだった。
その青葉さんが……これは、照れているのか……? なんて判断しかねるうちに、扉がスーッと閉まった。
「え、いやいや、ちょ、ちょい待ち」
いや閉まってはいない。半開きのままだが、青葉さんの姿だけ内側に隠れている。これはどういう状況だ。
「……青葉さん」
「……顔が赤いので一度会話の仕切り直しを」
青葉さんはAIだった。
「いや別にいいだろ、顔が赤いとか」
というか顔が赤い青葉さんを見てみたいという気持ちもある。
「キャラじゃないので!」
「何のキャラだよ」
「いつだって青くてヒンヤリなバラ!」
「少なくとも俺の知ってる青葉さんは全然ヒンヤリしてないから安心してくれ」
これは不法侵入ってヤツになってしまうのだろうか。心配しつつもドアノブを引っ張ると、意外にも抵抗は小さかった。口先では言いつつ、観念していたのだろう。
でもまだ抵抗される。次の青葉さんは顔面を覆っていた。
しかし許そう。ここまで狼狽している人を見ると逆に俺は落ち着いてきたし、それにこんな青葉さんを見ることができる機会は、もうないかもしれない。
青葉さんの手が徐々に下がる。指を眼鏡に触れさせずに動いているあたり、微妙に演技っぽさが抜けない動きが、青葉さんらしかった。
顔はまだ赤かった。青葉さんは手で軽く扇ぎ始める。
「……白沢くん」
「……はい」
「……ゲームをしよう」
「……さっき告白をしてきた男が部屋にあがっていいんですか?」
「部屋にあがってゲームをしていいというのが答えだと思わないんですか?」
睨んでくるその顔に、あまりにも迫力がなくて笑ってしまった。
「青葉さん、めんどくせえ」
「その面倒な女と付き合う気になったくせに!」
「まあ、青葉さんの面倒さには慣れたからなあ」
青葉さんがわざとらしく憤慨するふりをしながらリビングへ向かう。俺も扉を閉めて、その背中を追いかける。
リビングのサイドテーブルには、青葉さんのコントローラーが載っていた。青葉さんが座ったのはソファの左端で、俺がソファの右端へ座る。
この数ヶ月、いつの間にか慣れ親しんだこの場所と光景が、このまま俺の日常になればいい。
「さあ白沢くん、私の狩りに付き合って」
「付き合い立てなのに、色気ないなあ」
「色気欲しかったの? パジャマ捲ったほうがいい?」
「言いながら足首を見せられたところでなんだよな」
青葉さんが装備を選ぶのを待ちながら、ふと、スマホのLINEに気が付いた。相原だった。俺が青葉さんの部屋に着く少し前に、メッセージが届いていた。
『パスケース、ありがとう』
どういたしまして。心の中でそう返し、既読だけつけた。
そのまま、トーク履歴を消去した。
「よし、決まった」
準備ができましたよ! とゲームの中の青葉さんが言う。
「ささ、早く出発しよ」
カラ元気に似たその行動は、青葉さんなりの照れ隠しに違いない。からかってみてもよかったけれど、玄関先でわりと可愛い姿を見ていたので、今はそっとしておくことにしよう。そう思い、ゲーム機を手に取り直した。
社会人になってはや5年。判を押したような毎日が続いていた。
といっても、判もインクが掠れることはある。ズレることもある。
そしてあるとき、判子のメーカーが変わって、ついでに押し心地と、何の間違いかインク色も変わった。
以来、鮮やかな青色の判を押す日々が、俺の日常になっている。




