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コンプライアンス部の青葉さんは恋をしたい~関わるとトゲがある美人同僚に同棲を提案された件  作者: 潮海璃月/神楽圭


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第36話 青葉さんは資格持ち


 そんなことを考えていると、「そういえば白沢さん」と柿井さんがどこか改まった声を出した。


「あ、はい。なんでしょう」

「僕、来月の15日で退職するんです」

「うえっ?」


 あまりにも唐突な宣言に、場所も忘れて素っ頓狂な声を出してしまった。柿井さんの表情はいつもの無表情なので分かりにくいが、おそらく……、おそらく悪い理由ではないはずだ。だとして、柿井さんはほんの一年半前に弊社にやってきたばかり……。


「それは……それは非常に残念です。でも柿井さんはご栄転……というのもおかしいですね、別の会社でキャリアを積まれるんですか?」

「ああいえ、今度は事務所――法律事務所に戻る予定です」


 さらりと言ってのけられたが、あまりピンとこない話だ。弁護士というのは、会社と法律事務所を行ったり来たりするものなのだろうか。でもそういえば青葉さんも会計事務所から来てるし、資格持ちはそういうもんなのかもしれない。


「柿井さんってなんで弊社に転職されたんですっけ?」

「業界って意味では事務所にいたときによくやってたから、以上はないんですけど。事務所にいたときは会社のことがよく分からなかったんで、会社員をやってみるのもいいかなって思ったんです。クリティカルポイントが分かるようになるかなと」

「クリティカルポイントが分かる?」

「大抵の弁護士って外の人間じゃないですか。その筋の専門家って言っても、営業したことないし、会社に貢献しようったって出来上がったものを見るだけだし。だからもうちょっと会社の内側にいたほうが見えるものがあるかと思って、だから会社員になったんですよね」


 分かるような、分からないような。でも考えてみれば、俺も弊社に長くいて思うことはある――多分JTCというものは同じ会社に長くいることも大事だ。


 組織があればシステムがあり、人がいれば政治がある。どんなに優秀な人でも、部外秘の社内システムのことなんて知る由がないし、政治関係にだって疎い。だから、会社の中で歯車として活動してきた年月は、意外とそれ自体が重宝されるべき経験になる。


「でも会社員をやってみたら退屈っていうか、僕には合わないなと思って」


 それを会社員の前で言ってしまうのが柿井さんだし、でも嫌味っぽく聞こえないのが柿井さんのいいところだ。


「仕事、つまんなかったです?」

「いや、つまんないってほどじゃないです。面白いこともありましたし、勉強になりました。会社員になってみてよかったと思います」

「でも辞めちゃうんですか?」

「ええ。僕はもっとひりつく感じが欲しいなと思って」


 ひりつく感じ。頭には法廷で舌戦を繰り広げる弁護士ドラマの一場面が浮かんだ。確かに緊張しそうだ。


「ほら、会社って優しいじゃないですか」

「……優しい?」

「上からの命令に『イエス』と『はい』以外答えないのが弁護士ですよ」


 微笑まれ、ぞっと背筋が震えた。昭和のパワハラ職場じゃないんだぞ。というか、ひりつくってそういう感じか! そりゃもちろん、部下に何かを伝えるときは極力丁寧に接したほうがいいと俺は思う。でも例えば「『してください』という表現は不可」なんて言説にはさすがに否と唱えたいし、しかし命令に絶対服従は行きすぎだ。なんで中間がないんだ。


「そういうわけで、会社員の仕事もまあ楽しかったですし、こういう感じなんだなって勉強になりました。毎日平和でいいなと思います。でも僕は22時のメールに『明日まで』って期限切られて、『あと2時間か、10時間か』って悩むくらいがちょうどいいんです」

「あんまりいないと思いますよ、そういう人」

「ですかね? まあいいんです、僕は。刺激的な毎日を日常にするくらいが、性に合ってるんで」


 刺激的な毎日を日常にする――柿井さんが話しているそれは仕事のことだが、俺の頭に浮かんだのは青葉さんとの日常だった。


「暇だと忙しくしたくなるし、忙しいと暇が欲しくなるっていう、アマノジャク的な人も世の中にはいるわけじゃないですか。でも僕は多分ずっと忙しくしていたいタイプなんです」

「……なんか、混乱しちゃいますね。日常っていったら、何も起こらない日々っていうか、そういうのをイメージしちゃうんで」


 そういう俺は、今や青葉さんと飯を食ったりゲームをしたりする日々が当たり前で、でもこれこそが何か起こった結果のような、そうでないような、不思議な非日常を日常的に過ごしているわけだが。


「日常なんて個人によって違いますし、同じ人でも時間が経てば変わりますし、そんな意味ある言葉じゃないですよ」


 そんな混乱は、あっさりと一蹴された。


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