第35話 青葉さんは充電したい
年末は、駆け込み仕事で忙しい。
誰だって年内にボールを投げて終わりたい。誰の手元で爆発するか、一生懸命時を見計らって放り投げられるその爆弾を着々と打ち返す日々が続く。青葉さんからは「ごめん今週もスキップだ」と連絡があった。青葉さんとのやりとりはそのくらいで、だからこそ俺も忙殺される日々を過ごせるのがありがたかった。
それなのに、11時半、青葉さんからLINEが届く。
『昼空いてる? ランチ一緒に食べよ』
頬が緩んだのは、思いがけず美味いものを食べる予定ができたからである。青葉さんから連絡がきたからではない。断じて。
『空いてる、おっけい』
予定がないことを素直に答えてしまうのは損な性格だ、と森川には言われる。実際そうかもしれない。俺はちょっとくらい駆け引きをしてもいいと思う。
『じゃ、エントランスで』
ランチに誘ってきたと思ったら、続く連絡はまるで業務連絡のように味気ない。この絶妙な加減が、青葉さんらしいなと思う。
エントランスに降りると、青葉さんはしっかりコートを着て立っていた。既に寒いらしく、両手を息で温めている。まるで小動物だ。朝も忙しいのだろう、髪はポニーテールだった。……よく似合う。
「お疲れ様です」
「ああ白沢くん、お疲れ。ここパブリックエリアだって言ってるのに」
中身はコンプライアンス部の青バラなのだが。余計な一言と一緒に、青葉さんが先導して歩き出す。
「どこ行くか決めてる?」
「もちろん誘った時点で。こっちにご飯のおかわり自由なお店があって」
「そんな大学生みたいな」
「お腹空いたでしょ?」
「……まあ。そういえば青葉さんも駆け込み仕事で忙しい?」
「忙しいね。駆け込み仕事っていうか、年内のコンプライアンス調査のリキャップ中。ああいうのってリキャップ段階で急に細かい事実が必要になって面倒だよね」
寒空の下を足早に歩きながら、俺達の舌も回る。たった1週間ちょっと対面で会っていないだけで、アップデートが大量に発生していた。
青葉さんが選んでくれたのは魚系の定食屋で、確かにおかわり自由だった。でも喋るせいで箸があまり進まなかった。お陰で意識してかっこむように口に運ぶ羽目になったし、正直味があまり分からなかった。
「そういえば青葉さん、急にランチって、なんかあった?」
「うん、今日はたまたま空いたから。これなら外食行けるなと思って」
「あー、なるほど。お供させていただき光栄です」
「あと最近白沢くんと喋ってないなと思って」
……俺は無言で汁を啜った。青葉さんは軽く水を飲んで、濡れた唇で笑みを浮かべる。
「白沢くんは、寂しくなかった?」
「社会人だぞ、何言ってるんだ」
多少動揺して意味不明な返事になってしまったのは、やむを得ない。
食後の青葉さんは、食事で温まった体で、まるでラジオ体操のように腕を伸ばした。
「おいしかった。充電が完了した!」
「忙しいときほど飯はちゃんと食べたほうがいいもんな」
俺も元気になった、と隣で頷くと、青葉さんは少し顔の角度を変えて不敵な笑みを浮かべた。
「私と食べたから元気になったんでしょ?」
「調子に乗るな」
「やだー、怖い」
スキップしそうな足取りの軽さで、青葉さんはオフィスへ戻る。コートの裾がはためいても気にならないようだ。
「じゃあねっ白沢くん、また」
「ん、お疲れ」
そうしてオフィスエリアに入ってすぐに離れ、デスクまで戻る途中、自動販売機のエリアに何気なく目をやると、何気なくこちらを向いた人と目が合った。
「あ、どうもお疲れ様です」
「あ、お疲れ様です」
柿井さんがミルクティーを買っているところだった。無骨な柿井さんといえばブラックコーヒーのイメージだが、今日はずいぶん可愛らしいものを持っている。俺の視線の先に気付いた柿井さんは「これですか?」と笑った。
「糖分が欲しかったんで。数年ぶりに買いました」
「疲れますよね、この時期は。法務部も年末に忙しいとかあるんですか?」
「特にないです。平常とは全然別の件で、まあ年を越す前に相手に投げておきたいなというのがありまして」
「めちゃくちゃ分かります。気持ちよく年末を迎えたいですよね」
そういえば、年始の同居同盟はどうするのだろう。青葉さんとはまだ何も話していない。青葉さんは年末年始は帰省することが多いらしいけれど、今年はどうするのだろう。
俺は帰省しなくなって久しいけれど、そんなことは関係なく、年明け――3日の金曜日には会いたいな。




