第28話 青葉さんはレスが早い
その日は、森川に飲みに誘われた。提案された中に金曜日があったが、青葉さんとの同居同盟があるので、平日ど真ん中の水曜日に行くことになった。
「最近なんか変わったことあった?」
居酒屋の席に着くと、森川は開口一番言ってのけた。
何気ない挨拶……のようだが、おそらくきっと、金曜夜の俺が決まってオフラインであることを言っているのだろう。
俺がディスコにいないのは珍しいことじゃない。……と思う。俺だって大学の同期や友達と飲みに出かけていることはある。ただ、その時も大抵は日付が変わる前後で帰宅し、酔い覚ましに少しゲームでも……なんてことが多い。
ただ、ほぼ1ヶ月ともなれば異変だと、森川は目敏く気付いたようだ。そう、俺と青葉さんの同居同盟は無事に1ヶ月が経過していた。これがお見合いか何かであればそろそろ交際の申し込みをしなければならないところだが、それをしないでいい、というのがこの同盟を割り切った関係にしている。
そう、割り切った関係である――〝恋愛をしたいので、お互いが好きになれば付き合って、一方が好きにならないのであればナシということでさっぱり同盟を解消しよう〟と。
コンプライアンス部の青バラと一つ屋根の下で過ごす週末を送っているとは思えないほど健全な日々を過ごしている。その意味では、森川に対して後ろめたいことなど何もない。
俺は料理を選ぶふりをして時間を稼いだ。
「……いや、まあ……そういうお前は?」
「まあ、ぼちぼち」
「ぼちぼちってどうなったんだよ、ユリさんとミハルさん」
ちなみに俺はどちらの顔も知らないままだ。同じ婚活パーティーにいながら、グループが違うだけで全く知らない人になるとは、一期一会とはよく言ったものだ。
とりあえず料理を注文したところで、森川はスマホを取り出して「最後に連絡したのがいつだったかな」とLINEを開いた。
「最後って、どんなふうに連絡してんの?」
「適当に連絡して、返して、寝る時間だったらおやすみとか言ってる。次の日に連絡あることもあるし、ないこともあるのがユリさん。なんとなくだらだら会話が続いてるのがミハルさん」
スマホ画面には「Miharu」という名前と、海を前に逆光の後ろ姿写真のアイコンが見えた。LINEのアイコンは個性を反映するとまでは言わないが、特段おかしな設定になっていないところには多少「普通」の保証がある気がした。
「ミハルさんとはこの間デートしたんだけど」
「普通に展開してるじゃん」
「良くも悪くも普通。別に趣味が合うわけでもないし」
「ユリさんとは?」
「会話が微妙に盛り上がらないこともあるけど、相変わらず美人」
「なるほどね」
運ばれて来たグラスを軽く合わせ、口に運ぶ。そのうちに謎の和え物が届き、揃って割り箸を手に取った。
「ユリさん、いつもレスは早いんだよ」
森川はそれを一口で食べてしまいながら言う。
「でも会話がめちゃくちゃ続くわけじゃない。話題が途切れたらそのままって感じ」
「ミハルさんは?」
「レスは遅いけど、代わりにだらだら続く。いちいち3、4行あるし。どっちが脈ありか、はたまた脈なしなんだかな」
「そうだなあ……」
ちなみに、青葉さんとのLINEは、大抵は店選びから始まる。そのうちに雑談になり、結局その夜は同じ部屋にいなくても寝るまでLINEが続く。次の朝になると「いってきまーす」を最後に連絡が途切れる。なおレスは仕事中以外は鬼のように速い。
それが特別な意味を持つのか否か。青葉さんの奇行も踏まえると余計に分からない。
「で、結局お前は青葉さんと何かないの?」
……ビールを飲んでなくてよかった。危うく吹き出すところだった。
森川は何かを知っているわけではないらしい。こちらに投げられた視線は下世話なものでもなければ何かを勘繰るものでもなかったし、続けられたのも「婚活パーティーで会ったのも何かの縁だったわけだし」とごく普通の話だった。
……森川は口が堅い。やましいことなど何もないとはいえ、同居同盟を黙っているのは、森川側が婚活パーティー事情をオープンにしていることもあり、なんとなくフェアじゃないような気がした。
「……実は同居同盟を結んでる」
「は?」
さすがの森川も素っ頓狂な声を上げた。経緯を話せればその顔には「ザ・不可解」と刻まれたし、説明を進めるにつれてその文字は深くなった。
「……青葉さん、ヤベー人だな」
「そう思うよな。俺もそう思う」
「同居同盟か……なるほどな、ディスコにいない謎が解けた」
なるほどな、と森川は繰り返した。毎週金曜日、欠かさずゲームをしていたはずの俺は、確かにゲームをしているがディスコは繋いでいない。だって隣に青葉さんがオフラインでいるから。
「でもラッキーじゃん、相手はあの青バラだろ」
「青バラとは名ばかりの変人だって分かっただろ。大体、そう言いつつ、お前興味ないだろ」
「俺は先輩がコテンパンにされたのを見てるし、ってか営業部にとっちゃとっつきにくい部門ナンバーワンだよ。正直、営業部なんて平気でパワハラあるし、コンプラがご時世に対応しないといけないのは分かるけど、ついていくのしんどいし。お前は間接部門同士で分かるところもあるだろうけどさ」
事業部門から見れば、間接部門内でも特にコンプライアンス部なんて天敵に違いない。間接部門である時点で直接金を稼がず、そのくせコンプライアンス部はやれ規則だの法律だのとにかく口煩い。その意味では、間接部門同士の俺と青葉さんのほうが分かり合いやすそう、というのは分かりやすい一般論だった。
「だから存外、青葉さんってお前みたいなのと付き合ったりするのかなあって」
「……はあ?」
それがなぜそこまでの話になるのだ、と首を傾げてしまった。運ばれてきただし巻き卵とから揚げを、それぞれ一人分ずつこちらへ載せる。そういえば青葉さんは居酒屋には行くのだろうか。普通に行きそうだな。一人牛丼屋は大学生でデビューしたって言ってたし。
「お前ほら、クラゲみたいなところあるじゃん」
「なんか前にもそんなこと言われたな。のらりくらりしてるって言ったっけ?」
「あー、言ったかも。でもそうじゃなくてもっとさ、なんていうの、中庸? 空気が丸いじゃん、お前」
「青葉さんは尖ってるよな」
「お前はそれを受け入れられるっていうか。俺、青バラって恐ろしい印象しかなかったけど、お前といるのはちょっと変わってるだけの人っていうか……存外相性良さそうだなって」
そういうもんだろうか。ただ、思い返してみれば、相原の話をあそこまで他人にしたのは、青葉さんが初めてだった。ひんやりと冷えた、仄暗い寝室で、床に寝転がって、ベッドの上の青葉さんを見上げながら、訥々と相原の話をできたのは、相手が青葉さんだったからだ。
存外相性が良い――果たしてそうなのだろうか。
あーあ、と森川は、頬杖をついて溜息を吐いた。
「そういう関係、いいな」
「……いいか?」
「お互い時間を積み重ねて好きになる。そんな青臭いロマン、遥か昔に置いてきたよ」
良い言い方をすればそう。でもこの同盟は、お互い好きになる以外、良い友達あるいは他人として関係を解消するだけの、ロマンもへったくれもないものだ。そうに違いない。そう自分に言い聞かせた。




