第22話 青葉さんはコイバナが好き
「ってわけで、私は散々に語ったので、次は白沢くんが」
「えー……俺は語るほどはないんだけど……」
「いいじゃん、好みのタイプとかから。いってみよ」
とりあえず言い返しながらも、なんとなく考え始める。俺の中には好みと言えるほど明確なものはなかった。ただ、こういう人はイヤだな、というのだけがある。
「……何を考えてるのか分からない人はイヤだな」
「何それ、元カノがそういう人だった?」
「……とは言わないが」
いや、そうとしか言えないか。少し考えた後で口を開く。
「いや、まあ、よく分かんなかった。何を考えてるのかというか、機微というか……」
相原は、口数が少なく、大人しいタイプだった。良く言えば協調性があって、悪く言えば自分がない、という言い方になるのだろうか。いつも俺が提案することに「そうしよう」と頷いていた気がする。そして、イヤなことがあると後になって「あの時だって本当は……」と言われることがよくあった。
「いつの彼女?」
「大学のときの。学部の2年から付き合ってて、1年半くらい。で、俺も彼女も院まで行こうとして、院試が終わったタイミングで別れた」
「へえ、終わった後? 勉強に集中したいとかは概念として聞くけど」
「終わった後に、俺が我慢できなくなったって感じかなあ」
俺は飄々としているとよく言われる。でも実際はプレッシャーに結構弱いし、試験でもなんでも本番になるとノミみたいな心臓が体の内側で跳ね回るたちだ。
相原にそれを話しても、やっぱり「そうは見えない」と笑われた。彼女は逆に不安や心配が全部顔に出るタイプだった。
だから相原は、院試前にだいぶメンタルに来てしまっていたらしい。期末試験前もそうだったから、俺は極力相原に負担をかけたくなかった。だから、友達を誘って飲みに行ってメンタルを保っていた。
「なんか……期末試験前とかは、気分転換に何かに誘ったり食事しようとしたりすると、後になって『あんなに大変なときに誘わないで』って言われてたんだよ。だから院試の前もそっとしてたんだけど、そしたら『何もしてくれなかった』って言われて……」
ああ、でも、決定打はそれじゃない。それ自体は、なんとなく、ああ、院試は期末試験とはまたプレッシャーが違うもんなと納得して、悪かったと思ったものだ。尋ねるくらいしてもよかったかなと。そしたら今度の相原は断ったかもしれないなと。
「そのときに、そもそも浮気なんじゃないかって言われたんだよ」
「へえ、何が?」
「院試前に俺が飲みに行ってた友達に女もいたから。本当にただの友達で、なんなら当時飲みに行ってたヤツが狙ってた相手だから俺も協力してたみたいなところあって、そんで無事にくっついたっていうのは余談なんだけどさ」
それを言われて、さすがの俺も腹が立った。俺だって俺なりに相原を気遣ったつもりだった。それなのに何もしてくれなかったと言われた挙句、3ヶ月も前の飲み会の話を引っ張り出して「浮気」呼ばわりだから。
「相原だって飲みに行くメンバーに男がいることくらいあるだろって話したんだけど、自分はそういうのじゃないって言われて……あとなんか自分よりもただの友達のほうが支えになってるんだろみたいなことを言われて、まあ、だから、ダブルスタンダードがイヤだったのかな」
うっかり相原の名前を口にしてしまったことには気付かなかった。喋りながら、当時は胸のうちに蟠りとしてだけ残っていたものが、なんとなく整理されていく感覚がする。青葉さんは布団の中から「あるあるー」とくぐもった声を出した。
「あるあるなのか? だとしたらやっぱり女性ってのはよく分からんな、って今でも思う」
「しんどいときに一人で過ごしたいときもあれば誰かに構ってほしいときもある。それだけの話でしょ」
「まあそう言われるとそうなんだけどさ」
頭では分かっていても、やっとのことで院試を終えたところに言われたいことではない。溜息をついているうちに青葉さんは続けた。
「それに簡単な話じゃん。元カノの相原さんは白沢くんを好き過ぎただけだって」
「好き過ぎただけ?」
よく分からんな、とオウム返ししながら笑ってしまうと、青葉さんも「そうでしょ」と言いながら笑った。
「メンタルが弱いタイプでしょ。自分に自信がないわけでしょ。白沢くんのことが好きで、でも自信がないから、事実はどうあれ白沢くんと自分が釣り合ってるとは思えない。なんで自分なんかと付き合ってくれるんだろうなって、出発点がマイナスだからいちいちそういう解釈になるわけよ」
「……筋が通るような、釈然としないような」
でも現に俺は付き合っていたわけだ。好きでもない女といつまでも付き合えるような、俺はそんなタイプじゃない。だから何も不安になることなんてないじゃないか。
今でもやっぱりよく分からないな。そう思いながら目を閉じる。ああ、なんだか眠たくなってきた。まあ明日も仕事だしな。ただでさえ毎週金曜日になると青葉さんと徹夜しちゃうし、睡眠負債も溜まってるんだろう。このまま寝落ち――。
「しかし、なるほどねえ。白沢くんはその元カノの相原さんを引き摺ってるから、前に進めないってわけだ」
――しそうになっていた俺は、そこで目を見開く羽目になった。




