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05 突然の行動

ちょっとだけ、イチャつきシーンありです。






 食事が終わり、私は部屋に戻ろうとすると、フィランダーが私の部屋までついて来た。


「さっきの事でちょっと話したくてさ。入ってもいいかな」

「良いけど……狭くない?」


 私の部屋はベッドとナイトテーブルのみの二人部屋。入ると私と三人の侍女でいっぱいな気がする。というのも貴族が泊まる事を全く想定していない宿なので、部屋の大きさは一律。二人部屋なので一人部屋よりゆったりしているものの、六人もいたら少し窮屈だろう。


「俺達は立ってるからさ」


 そう言ってフィランダーとトミーも部屋の中に入って来た。






 するとネルがポケットから白いコースターを取り出す。


「それ……魔道具だったっけ?」

「はい。防音の魔道具ですよ」


 そう言うと、コースターの縁に均等に並んでいる小さな宝石が淡い水色から濃い水色に変わる。


「今、防音の魔道具を発動しました。これで周囲にいる人達に話し声は聞こえません」

「へぇ……」


 実感はないけど……便利。






 そう思いながら私と侍女三人はベッドに座り、男二人は立って天井を見る。


「お前達、居るな?」

『はっ。全員居ります』


 サミーがフィランダーの声に応えると私がすかさず疑問を問う。


「皆、食事どうしてるの?」


 私の質問に天井から『ぶっ』吹き出す声が聞こえた。


「シェリル……」

「ちゃんと食べてるのか気になっちゃって……」


 笑いをこらえながら答えてくれたのはデリックだった。


『俺達は路銀をたんまり若にもらっているから買い食いですよ。ここの宿には泊まってないです。強いていうなら天井が宿ですね』

「え!?」

「男の影はどこでも寝れなきゃなれないよ。それより、さっきの話は皆聞いてたかな?」


『はい。天井から聞いてました』とクリフ。

「私達は女将の声が響いておりましたので……」とネル。


「うん。俺の耳には入ってないんだけど、商業ギルド同盟主催の冒険者市場とやらを知ってた者は?」


 フィランダーの問いに誰も答えるものはいなかった。






「両ギルドからも報告が上がっておりませんが、ここの騎士隊からも報告を受けておりません」

「俺もトミーと同じだ。……各ギルド長に尋ねる前に、まず騎士隊を当たるか」

「ここにも常駐の騎士隊があるのよね?」

「あぁ。新しく店が出来た時も報告してもらっているんだ。商業ギルド同盟の報告と合致するか確かめるためなんだけど……上手く機能していないのかもな」

「影達は? 知らないの?」

『……たまにこちらに来る事はありますが、用件が済んだらすぐ領都に戻りますので……あまり街中を散策するといった事がないのです。冒険者ギルドの裏はほとんど行った事がありませんね』

「クリフとデリックも?」

『俺達は最近影になりましたから、ここに来るのも久方ぶりです』

『庭師の仕事で領都から離れる事がなかったので……』


 人手不足が響いているのか、まだ色々取りこぼしがある様だ。






「女将は二十年前くらいからあるって言ってたけど……二十年前って何かあった様な……」


 つい最近聞いたばかりの話だったはず。


 すると「あっ」と声をあげフィランダーは顔をしかめた。


「……祖父母の件があった時か?」

「あ……」


 思い出した。公にはしていないけど、フィランダーのお祖父様とお祖母様が暗殺された時期だ。


「……あのあとならいくらでも穴があった。ここもそうだったのか……」

「って事は……冒険者ギルドと商業ギルド同盟の中に?」


 スタートレットの間者がいるかもしれないって事?






「それだけじゃないかも。……念のため騎士隊も調べるか。魔道具は?」

「持って来ております」

「何の魔道具?」

「悪意に反応する魔道具だよ。これを持って明日騎士隊に行ってみる」

「私も行きたいです」

「……シェリルはお留守番」

「どうして?」

「もし騎士隊の中に裏切り者がいたら真っ先にシェリルを盾にするか攻撃されるかもしれないだろう? スタートレットの狙いはシェリルだし」

「分断する方が得策じゃないと思うのよ。ここ、昼食は出ないのでしょう? そうすると誰かが外に買いに出なくちゃいけないから護衛が減るし、私一人だから狙いやすいと思うのよ。そうしたら宿にも迷惑がかかるし」

「……でも」

「この中で一番強いのは誰?」


 私の問いに皆の視線がフィランダーに集まった。


「私の記憶では魔力が一番高いのも、戦闘力が一番なのも、フィランダーだと思うのだけど?」

「……確かに。若は僕らが守らなくてもお強いですからね」

「防御壁の強度も一番だと思います」

「……案外若が離れない方がいいかもしれませんね」


 周りの言葉にフィランダーはがっくりと肩を落とす。






「それに街を歩いて見たかったの。護衛付きだけどデートらしい事が出来るんじゃない?」

「行こう!」

「チョロ過ぎです、若」

「シェリルとデートなんて滅多にない機会だぞ。それにこれは新婚旅行なんだ。デートして何が悪い」

「まぁ……そうですけど。騎士隊には連絡しないので?」

「……しない方がいいかもな」

「どうしてです?」

「事前に連絡したら逃げられるかもしれないだろう? あそこの騎士隊長は大丈夫だと思う。隊長になる時に念のためチェックしてるし」

「一応やってもらったらどうです? ここに来た後裏切っている可能性があります」

「そうだな。まず会ったらすぐにやろう。シェリル。立ち会ってもらうけど大丈夫?」

「辛くなったら言うわ」

「絶対だよ」

「私も気づいたら回復しますからね」

「ネルもこう言ってくれてるから大丈夫」

「それと明日の装いは俺の眼に合わせるように」

「承知しております」


 ネルは当たり前の様に応えるのを聞いて私は怪訝な顔になる。


「……そこまで?」

「本当はいつも身につけて欲しいんだよ?」

「……分かりました。明日は水色着ます」


 ここまで来ると執着じゃないかと思う。






 心の中でため息をつくと、フィランダーが私の両手を包み込む様に握って来た。


「なっ何?」

「我慢していたけど、やっぱり俺達夫婦なんだから一緒に寝たい!」

「……どう思う? ルース」

「警備面は良いのですが……そうなると私がトミーと一緒の部屋で寝る事になります。トミーにも妻がおりますし、私にも夫がいるので同じ部屋には……」

「はい。要求は却下されました」

「くそっ!」

「若、お下品ですよ」

「シェリル……少し……少しだけでも……」

「フィランダー。これが一番平和なの。使用人達の尊厳も守らないといけないでしょ? 違う?」

「それは……」

「……フィランダー、ちょっとかがんで」

「え? こ……こう?」


 かがんだ彼の額に私は軽いキスをした。

 終わった後周りを見ると、予想外の行動とばかりに皆が目を丸くしている。

 やられた本人は惚けた顔を浮かべていた。


「これで我慢して」

「う……うん」

「おやすみ、フィランダー」

「……おやすみ。シェリル」


 真っ赤な顔になったフィランダーは意気揚々とトミーと部屋をあとにした。






 二人が出て行きネルが魔道具を解除すると、三人の侍女達が私に詰め寄った。


「何ですか、あの技は!?」

「す、すごい手慣れてますね、シェリル様」

「キュンキュンしました!」

「……なんか、フィランダーが駄々こねた子どもに見えたのよ。相手が少し嬉しい事をすれば納得してくれる様な気がしたのよね」

「シェリル様、大人ですね」

「ううん、まだまだお酒も飲めない子どもです。だからあれ以上が出来ないんじゃない」


 大人の女性なら、もっと別の対応をしていたはずだ。


「大人の女性の対応が正しいとは限りませんよ。シェリル様の行動は若にとっては満点です」


 侍女達からお墨付きをもらい、私はちょっとホッとした。


 

防音の魔道具は第三章の10話にちらりと登場しております。

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