09 酒場ギルド支部長
街に着いてまず護衛騎士であるトミーとルースが馬車を降りた。それだけでも周りがざわついたのに、私より先にフィランダーが降りた途端周りから黄色い悲鳴が上がった。
降りたくないんだけど……。
ちらりとルースを見ると、小さくうなずいた。
私は無い胸を張り、外にいたフィランダーの手を取り馬車から降りると、周囲にざわめきとどよめきが走る。
出来る限り「周りの声が聞こえていませんよ」と言う態度で私はフィランダーと並ぶ。……正直周りの視線が痛くてたまらない。
我慢……我慢だ私!!
するとフィランダーが私の肩を抱いてきた。
「守るって言ったよね?」
私に囁いてから優しい笑みで私を見つめる。するとすぐにフィランダーは周囲に若干の圧を送った。周りのざわめきがやっと消え、肩に感じる彼の手は温かく優しかった。
私も少しホッとしたのか肩の強張りが取れたところで目的地へと進んだ。……仰々しく私達を囲んでいる騎士達を連れて。
まずこの国に「商人ギルド」という名のギルドは存在しない。
商人は自分のやりたいものによって細かくギルドに分かれているのだ。
それをまとめているのが「商業ギルド同盟」という組織。
王都に本部、領都に支部がある。
商人になりたい人はまずそこへ行き自分のやりたい系統のギルドを紹介してもらい、各ギルドの窓口に行ってそのギルドと契約する。
該当するギルドがなければ新たに創るかやりたい系統に近いギルドを紹介される。
そのギルドに登録して初めて商人になれるのだ。
今回被害にあったのは商人がほとんど。
なので商業ギルド組合のヘインズ支部長に謝りに行くのが筋なのだが……一足先にフィランダーが謝りに行き、お詫び行脚をすると伝えると「うちは外して欲しい」と言われたのだという。
理由は「忙しいので対応出来ない」との事。
「謝りに行くなら、迷惑をこうむったギルドの支部長や商人達のところに行って欲しい」そうで、最初から商業ギルドは行く先には選んでいなかった。
なのでこれから行くのは最も被害が多かった酒場ギルドのギルド支部長が経営している店だ。
閉店の看板が下がっている高級感溢れる建物に到着すると、騎士の一人がドアをノックをした。
するとすぐに一人の老紳士が姿を表した。
「お待ちして居りました。次期領主様。並びに次期領主夫人様」
まだ慣れない肩書きで呼ばれ、私は若干緊張が走る。
老紳士はすぐに店内に案内してくれ、私、フィランダー、トミー、ルースの四人で店内に入り、残りの騎士達は外で待機する事になった。
中に入ると高級感のあるインテリアが目に飛び込んできた。
上にはシャンデリアが部屋を照らし、下には値打ちものの絨毯が敷いてあり、いくつかある丸テーブルにバーカウンターがあった。
私達はバーカウンターに促され、そこにフィランダーと座り、後の二人は脇で私達を守る様に立った。
カウンター内に老紳士が立つと、フィランダーが口を開いた。
「本日はお詫びに参りました。我が騎士団の者が長年に渡り迷惑をかけた事、深くお詫び申し上げます」
「……」
私も一緒に頭を下げる。
「顔を上げてください」
隣のフィランダーと顔をあげると、深くシワを寄せ目をつぶる老紳士がそこにいた。
悔しそうな顔に私は見ていて不安になる。
老紳士は目をゆっくり開いてフィランダーを見据えた。
「……貴方からお金の援助があった事は感謝しております。だが……それ以上に失ったものは多かった。昔馴染みの店は皆、とっくの昔に別の領へと引っ越して行きました。それでも私がここを離れられなかったのは、先代侯爵様が愛した街だったからに他なりません」
「失礼ですが、祖父とは?」
「……たまに……お忍びの際に利用して頂きました。孫が可愛いと嬉しそうに言っておりましたよ。……今この場に居ない事が残念でなりません」
私がちらりとフィランダーを見ると、憔悴した顔に変わっていた。
「……二人揃って病気で天に召されるとは……孫の私も思いませんでした」
「はい……あの様な快活な方がと……私は今でもあの扉から先代侯爵様がひょっこり現れるのではないかと思うのですよ。……もう二十年近くも経っているというのに」
老紳士は涙を堪えつつ、フィランダーの瞳を見た。
「……やっと、うちの領に蔓延っていた者達を追い出す事が出来ました。私はまた、祖父がいた頃の領に戻したく思います」
フィランダーが言うと、老紳士はゆっくり首を横に振った。
「……それでは退化してしまいます。覚えておりませんか? 先代侯爵の言葉を」
「あ……失念してました。……常に新しいものを取り入れる様、精進して参ります」
「はい。楽しみにしております」
老紳士はまるで自分の孫を見るかの様に穏やかに微笑んだ。
どうやらお詫びはこれで済んだ様だ。
すると今度は私を見た老紳士は「大変申し訳ございません。ご夫人を置いてけぼりにしてしまいまして……」とバツの悪い顔を作る。
「いえ……私はまだ来たばかりで詳しいお話は聞いておりませんの。旦那様のお祖父様の話をもっと聞かせて欲しいです」
「そうですか。では、先代とそのご夫人がお好きだったお酒を紹介しましょう」
そういって老紳士は二つの酒瓶を私達の前に置いた。
「まずは先代がお好きだったウィスキーです。これはシランキオの領で造られたものですよ」
「……ウィスキーって初めて見ました。琥珀色なのですね」
「おや。あまりお酒は嗜まないので?」
「あ。妻はまだ酒が飲めないのです」
「飲めるのは次の建国祭ですね」
「左様でございましたか。味見をして頂こうと思ったのですが……次の来店の時にしましょう。このウィスキーはですね。度数が高くてそのままですと飲みにくいものなのでございます」
「では……どうやって飲むのですか?」
「水で薄めるか、氷の入ったグラスに原液を少量入れて少しずつ飲むのが一般的ですね」
「なるほど……薄めて飲むものなのですね」
「ご夫人が知っているのはワインくらいでしょうか?」
「そうですね。お酒といえばそれが浮かびます」
「ではこれを。こちらは先代夫人がお好きだったワインでございます」
「これは……白ワインですか?」
「正解です。特に白の辛口がお好きでした。元王女様ですからてっきり赤の甘口かと思ったのですが、意外でしたね」
「甘口?」
「あぁ、そこからですね。ワインには甘いワインと辛いのワインがあるのですよ。特に女性は甘いのがお好きな方が多いですから甘口を選ぶ方が多いですね。ちなみに赤ワインは若干渋みのある甘いもので、白ワインは癖がなくスッキリ飲めるのが特徴です。赤ワインの渋みが苦手な方には白の甘口をオススメしております。一番ジュースに近いですからね」
「飲みたくなってきました」
「ダメ! ダメだからね」
フィランダーからも当然許可が下りずガッカリする。
今日も次期領主夫人が謝罪に訪れたため店に入れてくれただけで、本来ならまだ年齢が足りず入れないのだそう。
「残念です。ところで先代ご夫婦は一緒に来られてたのですか?」
「オフシーズンはしょっちゅうでした。とても仲の良い夫婦でしたよ。王女様は可愛らしい見た目の方でしたが口から出る言葉は正反対でしたね」
なんと、意外と毒舌な方だった様だ。
この酒場では酒も購入可能だったそうで先代夫婦が好きだった二つの酒をフィランダーは購入していた。
お詫び行脚はお金を落とす目的もあったが、思いがけず良い品を買えてよかったと思う。




