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34 すれ違い

シェリル視点→ヘインズ家視点(フィランダー視点)→シェリル視点の順に変わります。




 ※





 地下から部屋に帰る途中、トミーに突然こんな事を聞かれた。


「シェリル様は若がお嫌いなのですか?」

「ん? 何、突然」

「こう言っては何ですけど、こんなに若を嫌う人って初めて見たので」


 察するにトミーは、主人を蔑ろにされている様で面白くないんだろう。なので率直に答える事にした。


「……まず軽薄そうな人はタイプじゃないの。初対面でそう思ったわ。『あ、この人、美形だけど苦手』って」


 それに三人が吹き出した。


「だ……第一印象から……傑作!」

「……日頃の行いが悪いから……」

「さ……最高です。シェリル様!」

「正直顔だけならパトリック様の方がタイプね。でも話を聞いていると、パトリック様は頼り甲斐がなさそうで……」

「あぁ……確かに」


 三人は納得してくれた様だ。






すると、ネルが私に優しい口調で言った。

 

「シェリル様。もっと怒ってわがまま言っていいのですよ?」

「わがままって……言ってると思うけど? まだ次期領主夫人としての仕事はしていないもの。充分わがままでしょ」

「欲しいものはないのですか?」

「欲しいもの? ……特には。あ、街には行きたいかな」

「なら、行きましょうか。若と一緒に」

「え~……領民に謝るまでは無理かな」

「た……確かに」

「そういえば、フィランダーとデートってした事ないのよね。……まぁ、仮初めの妻なら当然かな」


 すると、また三人が絶句する。


「……仮初めの妻ではないと思いますよ?」

「そう? 私はそう思ったけど。さっきの発言で」

「それは違います」


 その言葉に反論したのはトミーだった。


「若はシェリル様に本気で惚れていますよ。あんな若を見るのは初めてですし、小さい時から見ておりますから、本気かどうか分かります」


 トミーの真剣な眼差しに、私は少し言葉をつまらせた。


「……正直、フィランダーの事が分からないのよね。私を利用しているのは分かったのだけど、本気かどうかまでは……。これは政略結婚だし……ただフィランダーだけが満足している感じ。……そんな気がする」

「シェリル様は、他に気になる殿方が?」

「居ないわよ。そもそも誰とも結婚する気がなかったもの。……私って騙されやすいから、男の人が信用出来ないの。……少なくともフィランダーの事、しばらくは信用出来そうにないかな。……治癒魔法で何でも解決出来る訳じゃないのにね」


 当然だが彼が大事なのはヘインズ侯爵領。

 それを守るためなら、私がいくら傷ついても魔法で解決出来ると思っている。

 彼は強い。だから痛みを知らない。

 私は痛みを感じないものじゃないのに……それが分からなければ、信用なんて出来ない。







 すると、三人は黙って何も言わなくなってしまった。


 不味い。言い過ぎた。

 フィランダーのせいで痛い思いしちゃったからつい……。

 この空気を何とかしなければ!


「そ……そう言えば、騎士団達の嘘で領都に魔獣が出たっていうのがあったけど、よくある事なの?」

「へ? あ、はい。近くに森がありますので……」


 ルースが場を繋いでくれたお陰で、何とか空気が戻った気がした。






 ※







 ウォーレンを解放し監視をつけた上で店に戻したあと、フィランダーとユーインは執務室へと戻った。そこにはすでにトミーが居り、何やら真剣な表情を浮かべている。


「若、おかえり」

「どうした?」


 あまり見ない表情に戸惑うフィランダーに、トミーは口を開く。


「シェリル様。かなり誤解してるし、若とすれ違ってるよね。ちょっと若について突いてみたら『自分は仮初めの妻だ』って言ってたよ」


 フィランダーはあまりのショックでその場に脱力し四つん這いになった。


「若って強いし、治癒も出来るからさ、痛みを感じる事ってあまりないでしょ。……シェリル様をもの扱いしてない? まさか魔法で全て解決って思ってないよね?」


 いつもだったら怪我をしてもすぐに魔法で治していた。

 それが慣れてから痛みなんて一瞬の事。


「シェリル……」

「シェリル様の話を聞いてるとさ、若って口ばかりでかなり独りよがりだなって思っちゃって……。言ってたよ。『若だけが満足してる』って」


 その言葉にグサリと身体に何かが刺さる。


「侯爵家が大事なのは分かるよ? でもさ。まずシェリル様の信頼を得なきゃ。シェリル様が知らなくて良い事ってあるけど全てじゃないよね? 今回の事だってもっと話していたら怪我する前に上手く止められたかも知れないし……。若って全て自分で背負っている様で、全てシェリル様にしわ寄せがいってる気がする。ただでさえシェリル様は中立のテナージャ派から恨まれているのに……このままじゃシェリル様、命を落とすよ?」


 するとフィランダーから本気の殺気が向けられた。


「そんな事……させる訳ないだろ!!」


 執務室の中が恐いくらいの殺気に包まれたが、トミーは一切動じずに主人であるフィランダーを見つめる。


「だったら、もっとシェリル様と話したら? 腹割ってさ。……そうそう。若ってシェリル様とデートした事なかったんだってね。それも『仮初めの妻』だから?」


 それを聞いた瞬間、フィランダーから殺気がなくなり放心状態になった。


「そうだ……俺……シェリルと……デート……してない……」

「で……では、領民へのお詫び行脚のあと、日程を調整しましょうか」

「あ、前に領内の視察に行きたいって言ってたよね? 新婚旅行って名目で一緒に行ってきたら?」

「新婚旅行!?」


 目を輝かせるフィランダーにユーインとトミーはやっと笑顔になった。


「領内も見れるし、デートも出来るし、良い事づくめだよね」

「シェリルと……旅行……」

「すぐに調整しましょう」


 こうして三人は着々と旅行の計画を練り合った。





 ※






 ウォーレンの沙汰から二日後。

 夕食の席でフィランダーが突然切り出した。


「旅行?」

「うん。新婚旅行。領内の視察ついでで申し訳ないんだけど、ヘインズ領の事も知って欲しいし」

「行きたい! 私も見てみたかったの」

「本当? じゃあもう進めるよ。お詫び行脚のあとに行く予定だからね」

「楽しみ! あ、そうだ。お願いがあるの」

「何?」

「新聞を読ませて。こちらの新聞はゴシップばかりというのは知っているけど目は通しておきたくて……」

「それは……」

「シェリル様。これが本日の新聞ですよ」

「トミー!?」


 慌てるフィランダーを尻目にトミーがニコニコ顔で新聞を渡してきたので受け取ると、大きな見出しが目に飛び込んできた。







『次期領主、女神の天罰が下る』


「何これ……」

「女神はシェリル様の事ですよ」

「はぁ!?」


 要約すると、次期領主であるフィランダーが長年領民を苦しめてきた事に私が怒り殴ったと書いてあった。


「これを読んだ領民達はシェリル様の事を女神と呼んでいるのですよ。領民は殴りたくても殴れませんもんね。気分がスカッとしたという好意的な感想が寄せられていると兄が言ってました」

「ジェレミー……」

「良かったですね。今や若よりシェリル様の方が人気ですよ」

「なら、私だけで街へ行っても良い? もちろん護衛付きで」

「ダメ。危ないからダメ。街へは俺と!!」

「カツラを被れば大丈夫」

「大丈夫じゃない!」


 次期領主夫婦の賑やかなやり取りに、周りにいた使用人全員の顔が微笑みに変わった。


第三章はここまでです。

この章で離れてしまった読者さんも多く居たかと思います。

今までほのぼのな作品展開が多かったため、驚いた方も居たでしょう。

今より一歩成長したくて、今までの自分らしくない作品を書いたらこうなってしまいました。

次章は(あくまでも予定ですが)ほのぼのした展開にしようかと思っております。

結構重要なシーンも入れる予定なのですが、第三章ほどのストレスはない……かもしれません。


次章の予定はまだ全然決まっておりません。

二ヶ月過ぎてしまったら、活動報告に現状を載せる予定です。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。





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