33 指摘
シェリル視点からヘインズ家視点になります。
ここからはウォーレンとフィランダーの話になるとの事で、私は侍女達と共に一足先に部屋へ戻る事になった。
「ちょっと疲れたからちょうど良かったわ」
「え? ……失礼します、シェリル様」
ネルは私の言葉を聞いてすぐに回復魔法をかけた。
「いいのに……」
「念のためです。何が起こるか分かりませんから」
「きっと若を殴ったのに体力を使ったのでしょうね」
セリーナの言葉に納得していると、フィランダーはセリーナを引き留める。
「あ、セリーナだけは残ってくれる?」
「……はい」
「その代わりトミーをつけるから」
「シェリル様、一緒に戻りましょう」
「二人で十分じゃない?」
「何が起こるか分かりませんから。ただでさえ薄暗いところですし……若も本当は連れて来たくはなかったのですよ」
「そうなの?」
フィランダーを見るとバツの悪い顔になっていた。
「……普通妻をここに連れてくる夫はいないからね」
「居るじゃない」
「今回だけだよ!!」
「では先に戻るわ。ウォーレン、またね」
そう言い残して私はその場をあとにした。
※
シェリルが退出したあと、フィランダーはウォーレンの正面に座った。
「さて……ウォーレン。ヘインズ家に忠誠を誓うということは子飼いになる事になるんだがそれは理解しているか?」
「ヘインズ家のために動く……って事ですよね?」
「うん。大体合ってる。……絶対ではないが、それは危険もつきまとう。なのでお前には訓練も受けて貰いたい」
「訓練?」
「自分の身は自分で守って欲しいからな。突然の襲撃にも対処出来る様に護身術も学んで欲しい」
「……正直早く帰って大会に備えたいのですが……」
「忠誠を誓ったならこちらの意向にも従う必要があるんだよ。運動神経がないなら仕方がないがあるに越した事はないだろ。もし近くにシェリルがいる時、誰かに襲われたら?」
「……確かに……必要かもしれませんね。まだヘインズ領はシランキオ人がおりませんし、街にはまだ友好的でない人がいるかもしれませんし……」
「そういう事だ。受けてくれるな?」
「……分かりました。お受けします」
「あと、もしかしたら君の店に俺の子飼いを置くかもしれないからそのつもりで」
「監視ですか。……良いですよ。お客として来ても良いですし。情報もその人に言えばいいんでしょう?」
「あぁ。頼む」
「しばらく店は開けない予定なので、その間に訓練出来ればと思います」
「分かった。手配しておく」
これでウォーレンとの話が終わった。
次はセリーナだ。
フィランダーは立ち上がると、セリーナと対峙した。
「セリーナ。シェリルのためになるから言わなかったが、どうしてシェリルに忠誠を誓った?」
「いけませんか?」
「いけなくはないが……一応お前はこちらに忠誠を誓っているんじゃないのか?」
するとセリーナは眉間に深いシワを作った。
「若様は……シェリル様が敵だとおっしゃるので?」
「そうは言わないが……」
「私がシェリル様に忠誠を誓う事で夫であるバーナビーも忠誠を誓い、何かあった時はシェリル様と出て行くのを危惧されているのでしょうか?」
セリーナの指摘にフィランダーは何も言えなくなった。
「それにシェリル様には絶対的な味方が必要と考えました」
「は? 使用人達は皆味方だろう?」
「いいえ。まだシェリル様は完全には心を開いておりません。シェリル様がここに来たのは政略結婚ですよね? しかも持参金なしの」
「それが……」
「シェリル様からまだ、金銭に伴うお願いはされた事がありません」
フィランダーは目を見開いた。
「シェリル様は政略結婚の義務というのを果たそうとなさっております。身体が弱い事を甘えにはしません。使用人達の負担を少しでも減らせればと努力している様にも思います。もしかしたら、アストリー家からうちから貸し出している借金を返済出来たら、離縁も視野に入れているのではないでしょうか。それは若様も自覚している様でしたし」
「でも離縁する必要は……」
「若様。若様の方こそ、まだシェリル様を受け入れていないのではありませんか? 先程の発言は矛盾してますよ? 『お前はこちらに忠誠を誓っているんじゃないのか?』って……まるでシェリル様が敵の様です」
「……」
セリーナの真っ直ぐな目をフィランダーはそらす。
「それにシェリル様との結婚は、騎士団や領館の幹部達を一掃するためにしたとも取れる発言もなさいましたね。それでシェリル様は誤解なさったと思います。フィランダー様はテナーキオ派に移るために、テナーキオ人かシランキオ人の結婚相手が必要だった。シェリル様はお飾りの妻で、しばらくしたら離縁するつもりだったとも取れます」
「それはない!!」
「なら、誠意を見せてください!!」
その言葉にフィランダーはうつむく。
「はぁ」とため息をついたセリーナは、さらに指摘をする。
「それに……今回ネルとルースがシェリル様から離れた事も、若様の指示という言葉を聞いて、シェリル様がそちらを優先されました。これは問題だと思います。ネルとルースは私よりもヘインズ家への忠誠心が高いです。おそらく騎士団はそれを利用したのでしょう。これは弱みにもなります」
「……お前は、俺を恨んでいるのか?」
「……いえ。安定した仕事を与えてくれた事は感謝致します。でも私には選択権がありませんでしたから、ネルやルースほどではないというだけです」
「……そうだったな。……忠誠心の強さが弱みか。盲点だった」
「何が何でもシェリル様の側を離れるなと言って頂ければ良いのです。まだネルとルースはシェリル様より若を優先しますから。シェリル様から若のところへ行く様に言われたら、若のところに向かうに決まっているではありませんか」
鬱憤を晴らす様に言い切ったセリーナは呼吸を整えてから口を開く。
「……私はどうなっても構いませんので、もし必要なら罰をお与えください」
彼女の真剣な目にフィランダーは苦い顔になる。
「罰はない。もう行って良い」
「では、失礼致します」
そう言って彼女は部屋を出て行った。
何とも言えない空気を切ったのはウォーレンだった。
「シェリル様は若様に気がない訳ではない様ですね」
「お前……見てなかったのか?」
「見てましたよ。本当に気がなければ平手打ちはしません。無視します。触りたくもありませんからね」
その言葉にフィランダーは絶句した。
「あと確実に若様が傷つく罰を与えておりましたが、領民達に謝る時は一緒に行くと言っていました。……正直、若一人で行けば良いではないですか。シェリル様は加害者でなく確実に被害者なのに……」
「……確かに」
「情が無ければ一緒に謝りに行くとは言いませんよ。それに罰も可愛いですね。俺ならもっと酷い罰を与えるのに」
罰は「一緒に寝ない」……ただそれだけだ。
しばらく顔を合わせないという罰もあっただろうに。
「まだ若様には可能性があるという事です。若様の行動次第ですが……」
「まずはシェリル様と一緒に、領民へのお詫び行脚といったところでしょうか」
「あ、うちにもお願いします。シェリル様と会いたいですし。それしないと今度は領民達の信用も失いますよ」
「……言いたい放題言いやがって」
するとユーインにしてはきつい事をさらりと言いのけた。
「こういう時に言わないでどうします。若様は口が上手いですが、行動は微妙ですからね」
フィランダーががっくり肩を落とした。
フィランダーは矛盾だらけですね。
ウォーレンの言った事は作者の想像ですので、万人に当てはまる訳ではございません。あくまでもウォーレンの見解です。
次回で第三章終了になります。
もう少しお付き合いください。




