29 発動
それからは運動場で剣舞を舞う事が私の日課になった。
ルースと一緒に舞っていると学園でステイシーと舞っている様な気さえしてくる。
これが日常になった頃、突如領都に魔獣が襲う事件が発生との一報が入って来た。
その事件を聞いたのは私が運動場にいた時だった。
ドンドンドン
突然外の扉が叩かれたのだ。
何があったのか扉越しに声をかける。
「誰!? 何があったの?」
「す……すみません、俺はここで働く下男です。ただいま領都が魔獣に襲われまして、被害にあった領民達がこちらに押し寄せております」
その言葉に私は侍女達と目を合わせる。
「それで? 私達に何をして欲しいの?」
「か……回復役が足りないのだそうです。なので若が副侍女長を連れて来いと……」
「ネル」
私の言葉にネルは悔しそうな顔を向けた。
「下男の声は聞き覚えがあります。……二人共。今すぐシェリル様を連れて部屋へ。私は応援に向かいます。念のため下男の顔を見てから参ります」
そう言って外扉の鍵を開ける。
外にいた下男は顔見知りだった様だ。
「シェリル様。二人のいう事に従ってくださいね」
「分かった。いってらっしゃい」
「……行って参ります」
ネルは下男と一緒に駆けて行った。
「鍵を閉めますので少々お待ちを」
セリーナが鍵に触れようとすると今度は中扉から執事が現れた。
「……すみません。……ルースさん、お借りできませんか? ……若に戦力が足りないと言われて」
肩で息をしている執事は必死そうな顔で言う。
「……どっちから行った方が門に近いの?」
「シェリル様!」
「戦力が足りないのでしょう? 行った方が良いわ。それでどっちがいいの?」
「……外扉の方が」
「なら、ここから行きなさい。フィランダーの命なのでしょう?」
「……行って参ります」
不本意そうな顔をして、ルースと執事が出て行った。
「セリーナ。鍵を」
「かしこまりました」
またセリーナが鍵をかけようと扉を閉め様とすると……何者かの手がそれを阻止する。
「あれぇ? どうして旦那様と若様しか使用できないここに……部外者がいるんだ?」
柄の悪そうな顔の男が、ふてぶてしく中に入ってきたのだ。
すると、セリーナは私の前に庇う様に立つ。
「お逃げください、シェリル様」
「でもセリーナ……」
「いいから行ってください!!」
セリーナの気迫に押され、私は中側から逃げようとしたが、いつの間にか不審な人物が立っていた。
「おっと、ここから先は通行できませんよ」
私は男から距離を取るため後ずさりした。結局先程立っていた位置まで戻る羽目に。
「貴方達!! それでもうちの騎士団ですか!! 騎士団長の貴方が……まさか、さっきの下男と執事も……」
その言葉で目の前にいる男達がヘインズ侯爵領の騎士団である事が分かる。どうやらこのリーダー的な男が騎士団長らしい。
「あいつらにはちょっと踊ってもらったのさ。うちには魅了が使える奴が居るからな」
男が親指で示した先を見ると、桃色の頭をした男が立っていた。……確か桃色は光属性の色で各属性の中で唯一魅了が使える属性だ。
よりにもよって、騎士団に厄介な力を持つ人がまだ居るなんて……。
私は心の中で舌打ちをした。
「で? その女が図々しくヘインズ家に居座る厄介者か」
「厄介者は貴方達です。奥様に何をする気?」
セリーナは私がフィランダーの妻だと強調する様にわざと私を奥様と呼ぶ。
「奥様ぁ? 俺はそんな事聞いてねぇよ。ただ、気に入らない女がここに居座っているとしか聞いてねぇ。魔法でも使うか? でもお前の炎だもんなぁ。ここでやったら大惨事だ」
「……だから私だけに……」
「おいお前ら! そのシランキオ人を捕まえろ。可愛がってもいいぞ」
そう言った騎士団長の背には十人くらいの男が控えていた。
一方中側を守っている男の背には誰もいない。
なので、そっちから崩そうとセリーナと目配せをして、全力で中側に向かって走り、セリーナは顔、私は木剣で足を狙う。……しかし、どちらも外され私が後ろから羽交い締めされる形で捕まってしまった。
「あ……」
「シェリル様!?」
そう言ってセリーナは私に向けて魔法を使った。
「熱っ!」
回していた男の腕が離れ、私はいつの間にか炎の半球体の中にいた。建物と接して居るはずなのに炎は燃え移っていない。その事からこれが防御壁だと分かった。
すぐに私はセリーナに指示を飛ばす。
「セリーナ! 命令! すぐに誰か呼んできて!!」
「シェリル様……」
一瞬躊躇したが、セリーナは悔しそうに背を向けて走り出した。
騎士団長はセリーナの背を見つめてから、私を蔑む目で見てニヤリと笑う。
「……その中に入って助けを待つか。本当にこれが丈夫だと思っているのか?」
「……私の侍女が守ってくれた防御壁を信じるに決まってるじゃない」
正直怖い。でも強がらないと負ける気がする。
「シランキオ人は知らないんだなぁ。これは破る事が出来るんだ、よ!!」
そう言って腰に差していた剣を防御壁に向けて振り下ろした。しかし防御壁は破れない。私はその光景を見てちょっとびびってしまった。
「おい、お前ら手伝え。壊すぞ」
ぞろぞろと私の周りを騎士団の男達が囲む。
……なかなか怖い光景に、少し足が震えてきた。
なんか盗賊に襲われてる気分……。
そして男達は剣で防御壁を切り始めた。
最初はビクともしなかったが少しすると、均等に燃えていた炎に揺らぎが出来、次の瞬間炎が散って消えてしまった。
私はかろうじて握っていた木剣を握り直し、次に備える。
「これで終わりだな」
ニヤリと笑いながら一斉に私に切り掛かってきた。
私も応戦しようと剣を振ろうとすると……突然私の身体が光り出し、それが治ると切り掛かってきた男達は尻餅をついていた。私は周りをみると、自分が水の様なものに包まれているのに気づく。
「これは……」
「痛っ……これは……若の魔力? お前……魔道具持ってんのか!?」
「魔道具……」
そういえば、フィランダーから渡された呪いのネックレスをつけていた。服の中に手を入れてネックレスを出すと、先端にある宝石が光っている。
「外せ! お前なんかにそんなものは勿体ない!!」
「外れないの!!」
「ちっ! 魔道具って言っても魔力がなくなればこっちのもんだ。お前ら! 防御壁を攻撃しろ!!」
すぐに男達は体制を立て直し、一斉に防御壁を攻撃する。
私は防御壁の中心で剣を構えて、防御壁が消えた後にすぐ攻撃出来る様備えた。
体力はギリギリだけど……持つかどうか………。
とにかく助けが来るまでは気を引き締め直す。……でも正直恐くてだんだん足がすくんでいった。




