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20 ヘインズ家2





 クリフはヘインズ家と縁のある医師の影から現れると、医師の老人は「ふぉ!?」と変な奇声をあげた。


「す……すみません。影から失礼します」

「……えーと、あ。ヘインズ家の……誰だ?」

「クリフと申します。大分昔に一度しか会っていないので分からなくて当然かと」

「うーむ。診察してれば覚えているんだがな……」

「そ……それより、急患なんです! 来て頂けませんか?」

「急患て……回復と治癒があればわしなど……」

「それが……回復も治癒も効かないんです。えーと、急患なのはシランキオ人でして、元々病弱な方で……」

「病弱なシランキオ人!? もしや女性か?」

「はい。若様の奥様です」

「あぁ……今日の新聞の……分かった。すぐに用意する」

「はい!」


 医師の仕度が整い、クリフは医師と手を繋いで自分の影へと入った。






 ※






 領館長室には、幹部達と頭を抱えた領館長エイベル。そして幹部達を睨むフィランダーと眉を顰めるユーインが居た。


「で? 俺をこんなつまらない案件に調印を押して欲しくて呼んだと?」


 話を聞くととてもくだらない話だった。

 テナーキオ派になるから、これからは領にシランキオ人が住む事もありえる。そのシランキオ人のみ住民税を高くすると言うとんでもない提案だった。


「こんな案件のために俺は呼ばれたのか! こんなもんがよく会議で通ったな?」


 フィランダーが呆れた口調でいうと、エイベルが質問に答える。


「いえ……会議で通っておりません」

「は? ではこれは、偽造じゃないか!?」


 幹部達に目を向けると、悔しそうな顔でフィランダーに抗議した。


「フィランダー様! なぜ私達に相談もせず、テナーキオ派になられたのです!?」

「相談はした。……領館長にな。納得してもらえたよ」

「領館長!」


 非難の目がエイベルに移ると、困り顔になりつつ淡々と述べる。


「……私は優秀な人材が欲しいのです。テナージャ人ばかりではどうしてもテナージャ寄りになってします。憂いていたのですよ、その状況に。それは若も同じでした」


 苦い顔する幹部達にさらに追い討ちをかける言葉を投げかけた。


「それに……いい加減横領は辞めて頂きたい。微々たるものであってもそれがテナージャの伝統……というのも嫌いでして。それに貴方達は私を平民だと下に見ているでしょう? いい加減、どちらが下なのか自覚して欲しいのですよ」







 そう口にしたエイベルは、ストレートな紺色の髪に水色の瞳のネルに良く似た容姿の男だった。

 彼はネルの兄であり、ヘインズ家に代々仕える一族。まだ若く平民でありながら領館長の地位につけるのはフィランダーが最も信頼しているからこそだ。


 そして彼らにテナーキオ派に鞍替えする事を言わなかったのは、事前に中立のテナージャ派の耳に入れないためだ。そもそも彼らの仕事ぶりには頭を抱える事も多く、自分勝手な政策を立ててはフィランダーが却下していた。


 苦虫を噛む表情の幹部達に、フィランダーは呆れた目を向ける。

 すると、そこへ真っ黒い装束の男が音もなく天井から現れた。


「フィランダー様!」

「……どうした?」


 真っ黒い装束の男はフィランダーの耳元に囁く。それを聞いたフィランダーの顔が青へと変わる。


「お前は先に戻れ」

「はっ!」


 フィランダーが真っ黒い装束の男に指示し、音もなくその場から消えた。


「いいか! 幹部達は謹慎処分だ。部屋に籠って沙汰を待て」

「「「お待ちください!」」」

「エイベル。任せた」

「はっ!!」

「ユーイン、急ぐぞ」

「何があったので?」

「道中話す」






 フィランダーとユーインがその場をあとにすると、エイベルは幹部達に向かって手をかざした。

 すると、幹部達一人ずつに大きくて太い水のリングが覆いエイベルが手を握りしめると、そのリングが一気に縮まり幹部達を拘束した。

 そして信用出来る部下達を呼び、各々の自室に連れて行く様に指示を出す。


「これでようやく追い出せそうだ」


 部屋を出る前に放ったエイベルの言葉に、幹部達は顔に悔しさをにじませた。







 ※






 ヘインズ侯爵邸の騎士団は、いつも通り街へ繰り出し、いつもの様に酒を煽っていた。


「おい! じゃんじゃん持ってこーい!!」

「……はい」


 このバーの店主である三十代くらいの男はいつもの様に男達に酒を出す。表情は固く瞳には諦めの色が強く出ている。

 バーテンダーだというのに、彼らが求めるのはカクテルではなく、酒そのもの。なのでいつも残るのはジュースのみ。正直彼らに出すカクテルなど無い。……しかしこのままでは腕が鈍るのでは無いかという不安もある。

 そんな事を思いながらも淡々と酒を出し、彼らは大事な酒をもったいなく消費する。


 最近ではこだわっていた酒を下ろすのを一時的に辞めた。

 いつになればこれが終わるんだろうと、彼らを野放しにする領主を恨む。

 しかし領を移動するにも金がいる。

 なかなか行動に移せない自分にも腹が立つ。





 すると騎士団長の影から慌てた様子の男が現れた。


「た……大変だ! 領館の幹部達が拘束された!」


 その言葉に、あんなにうるさかった店内が嘘の様に静かになる。


「……何?」

「若に謹慎を言い渡されたらしい」

「何をやったんだ?」

「うちはテナーキオ派になっただろう? だからシランキオ人がここに押し寄せると考えた幹部達は、シランキオ人に対し住民税を高くするって提案したんだ」

「最もじゃねぇか」

「だがそれを言った途端、若が怒って拘束したらしい」

「……はぁ。若はわかっちゃいねーな。シランキオ人なんかと結婚しやがって……。少し早いが、計画を進めるか」

「やるのか団長」


 嬉しそうに周りの男達が言うと、団長と呼ばれた男がニヤリと笑う。


「あぁ。俺らはヘインズ侯爵領の騎士団だぞ? 『いつまで経っても紹介されない若の奥方がシランキオ人なんて知らなかった』……そうだよな? お前らはどう思う?」

「そんな奴知らねぇよ!」

「シランキオ人? 高貴なヘインズ侯爵家にそんな奴はいない!」

「シランキオ人なんかぶっ倒せ!」


 「ぶっ倒せ! ぶっ倒せ!」と鼓舞する騎士団に団長が拳を作った腕を上げ、一気に静寂に包まれた。

 そして腕を下ろし後ろ手を組み、肩幅に足を開いて胸を張って皆に告げる。


「皆、ヘインズ侯爵家騎士団として邪魔者を排除しろ」

「「「はっ!!」」」


 皆が団長に敬礼をすると、団長が店主に近づく。


「……今言った事を漏らしたら……どうなるか分かってるよな?」

「……承知しております」

「それでいい」


 ニヤリと笑って皆の方へと振り返る。


「戻ったら作戦会議だ。良い案だせよ!」


 そう言って彼らはバーを後にした。





 ぐちゃぐちゃになった店を一人せっせと片付けていると、いつもの様に自警団が現れた。


「うわ。瓶割れてるじゃん。危ねぇ」

「酷いな」

「……あぁ。君達か」

「店主。今回もやられたな」

「……もう安酒しか入れない様にしたんだ。少しはマシだよ」

「いつもの様に被害額を請求してくれよ」


 紙を差し出すと、店主は当たり前の様に受け取った。


 あの事を報告すべきだろうか。

 だが、言ったところで俺が襲われたり二度と店を出せなくなったら今まで耐えてきた意味がない。

 騎士団長はかの有名な大商会を持つ子爵家の生まれだ。恨まれたら一溜まりもない。


 ……今まで金の援助だけは受けて来たが、いつになったら終わるのか先が見えない事にいい加減嫌気が指していた。


 若君の奥方には悪いが……。


 バーの店主はあの事を飲み込む事にした。





登場人物紹介


名前 エイベル

所属 平民 ヘインズ家領館長

年齢 26歳

容姿

・髪 ストレートな紺

・瞳 水色

・体型 中肉中背 細マッチョ

・顔 タレ目 美形

・身長 176cm

魔法 水魔法 中


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