15 帰宅
結婚式に来場する予定の貴族達と、ヘインズ家の使用人の顔と名前が一致する様になった頃、一週間と言っていた旅を十日まで伸ばしたフィランダーとトミーが帰ってきた。
「た……ただいまシェリル!」
「やっと戻れました……」
二人とも心なしか少し痩せている。フィランダーは私を見つけるなり抱きしめてきた。
「おかえりなさい。とにかく部屋に行きましょうか。着替えもあるでしょうし」
私の言葉にフィランダーが嫌がる。
「やだ! このままずっと抱きしめていたい!!」
「わがまま言わないでください。お疲れでしょう。まずは着替えです。それからお茶にしましょうか」
まだ夕食には早い時間。私の提案に渋々うなずきフィランダーは部屋へ。私はフィランダーの着替えが終わったら彼の部屋へ行く事に。ネルにお茶の用意を指示し、セリーナとルースと一緒に私は待機場所となる自分の部屋へと向かった。
トミーに呼ばれ、私と侍女三人でフィランダーの部屋へ。
「ありがとう、トミー。今日はもう下がっていいよ」
「では、失礼致します」
フィランダーの言葉にトミーはにこやかな顔で部屋を後にした。
……やっぱり疲れていたらしい。
「フィランダーはいいの?」
「シェリルと話している方が休まるから良い」
「……旅はどうでした?」
私がそう聞くとフィランダーの顔が物凄く苦い顔をした。
「最悪だった。……どいつもこいつも無理矢理引き止めやがって……」
「若様。お言葉遣いが乱れすぎですよ」
「あ、ごめん。怖がらせちゃった?」
「ううん。それだけ辛い旅だった事は分かるから。……私のせいでもあるし……」
「いや。騎士団長のヘインズ家が中立のテナージャ派から抜けるのが痛いと思っている奴が多いんだよ。一応国王も中立のテナージャ派だからさ。でも陛下は納得してくれているしな。もしかしたら近い将来、王族自体がテナーキオ派に行くんじゃないかという可能性すらある」
「それは……混乱しない?」
「あぁ。王家は二代目国王の時代に一度テナーキオ派に行こうとしたんだけど、周囲の反対がすごくて、やむ終えず中立のテナージャ派に収まったんだ。ただ、ここ最近は中立のテナージャ派に傾き過ぎじゃないかという意見もある。俺としてはテナーキオ派に行き、シランキオ人との友好を深めたい」
「理想的ね。……すんなりいけばだけど」
「だよね。だけど建国から百年も経つのに、まだいがみ合っているのはおかしいと思わない?」
「うん。私もそう思う。フィランダーはきっかけを作りたいの?」
「うーん……それはついでだったな。だってシェリルと結婚したかったから」
「……簡単に決めて良い話ではないんじゃない?」
「父にも説得したし、騎士団内でもいまだにテナージャ人が問題を起こしているから、良い機会だって言っていたけど?」
「まぁ……ご当主がそう言っているのなら、皆も納得しますか」
「妹は怒っていたけどね」
「……何となく想像がつく」
「でもこれで、安心して式を挙げられるよ」
「本当……?」
私は不安が拭えなかった。
話は変わり、フィランダーの留守中に来たソディー夫人の話になった。
「それより留守中にソディー夫人が来たんだって?」
「えぇ。報告の通り、有用な情報をフィランダーに渡す事と私の友人になってくださったわ」
「……シェリルが良いならいいけど……」
「フィランダーがわざわざお茶をする相手だもの。味方になってくれた方が良いでしょう?」
「……本当にこの前まで学園にいた令嬢かな?」
「私なりに勉強した結果です」
ニッコリと微笑み返すと、フィランダーの顔が赤くなり、少し冷めた紅茶を飲み干した。
「ソディー夫人に贈り物をしていると、シェリルに誤解されると思って縁を切ったんだけど……こういう結果になるのは予想つかなかったなぁ。それに案外単純な方法で魔力過多症が治って良かった」
「どうしてそれに気づかなかったのかしら?」
「……テナージャ人は防御より攻撃って人達だからさ。魔力を出すには攻撃するか、宝石や魔石に力を込めるかしかないって固定概念があったんだ。……本当に恥ずかしいよ」
「私もダメ元で言ったの。こんな方法だもの。とっくに試したと思うじゃない」
「ね。それにソディー伯爵家と縁が復活出来たのは大きい。ソディー夫人も情報通なんだけど、義母である前ソディー夫人は名門公爵家の生まれで、伯爵家と言えどかなりの影響力を持つんだ。だから彼女からの情報も貰えるのは大きい」
「……そんな家だったんだ」
「前ソディー夫人からもお礼の手紙が届いたよ。これを機にテナーキオ派に移るって」
「え!?」
「血の問題だよ。あの家は近いもの同士で婚姻を行っていたから伯爵も前伯爵も短命だったんだ」
「あ……だから」
「そう。テナーキオ人かシランキオ人と結婚すれば、その問題も起こらない。何もかもシェリルのお陰だって。前ソディー夫人もシェリルと交流を持ちたいそうだよ」
「本当?」
「手紙もそのうち来るだろうし、あそこの土地は雪深いから近々王都に来ると思う。前ソディー夫人は今まで孫の病でなかなか王都に来れなかったろうから、今回は来るんじゃないかな?」
「そうなんだ。楽しみ」
フィランダーと話をしたあとすぐに手紙が届き、王都に来た時には挨拶に行くと書いてあった。
そしてあっという間に結婚式前夜。
この日は初めてフィランダーのお父様である、ヘインズ侯爵と対面した。
「パトリック・ヘインズだ。今まで会わずに済まなかった」
騎士団長らしくがっしりした身体に、フィランダーと比べて真面目そうな顔が印象的だった。正直外見だけならお義父様の方が好みだ。
「……陛下から『くれぐれも大事にしろ』と言われたんだが、何か不都合な事はないか?」
「いえ、特には。ただ、街へ行ってみたいとは思いますが……」
「なら変装用のカツラを作らせよう。黒い瞳はテナーキオ人にも多いから、髪の色を変えるだけで良い」
「……髪の色を変える魔法はないのですね」
何気なく言うと、パトリック様は眉を寄せた。
「……あったら、どんなに楽か……!!」
「あ、変装なさる事があるのですか?」
「この髪色は目立つからな」
パトリック様の髪もフィランダー同様金髪だ。平民にはあまりない色だし、貴族の中でも王族に関わる貴族しか持てない色とされる。
「大変ですね」
「いや、大変なのはそちらだろう。この領にはシランキオ人が住んでいない。その事も陛下は危惧しておいでだった」
「お気遣い痛み入りますとお伝えください」
「あぁ。……ところで、もし機会があれば貴女の剣舞がみたいのだが……。いや、騎士団の奴らが異様に貴女を褒めるのでな」
「それは俺が観てからです。それにシェリルが調子の良い時しか許可しません」
「あ……忘れていた。身体が弱いのだったな」
「そのせいで、ご迷惑をおかけする事もあるかと……」
「うちはフィランダーに任せておけば大丈夫だ。俺も丸投げだしな」
「父上……」
ちょっとは自分の仕事しろと言う圧がパトリック様へと集まったが、当の本人はけろりとしている。
その笑顔がフィランダーにそっくりだった。
登場人物紹介
名前 パトリック・ヘインズ
所属 貴族 侯爵 騎士団長
年齢 45歳
容姿
・髪 ゆるウェーブの金髪
・瞳 水色
・体型 がっしり
・顔 真面目な顔 イケメン
・身長 178cm
魔法 水魔法 高




