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03 変態?






 普通テナージャ系の領主邸と、領民達が働く領主館は同じ建物の中にある事が多い。例えるなら王城に近い造りなのだ。

 しかしここヘインズ侯爵領は繋がってはいるが、領主邸と領主館の建物は別になっている。

 一番大きい領主館はまるで王城の様だ。そこに隣あわせで建てられている横に長い建物が領主邸。


 あまりの大きさに私は圧倒されてしまった。


「大きい……」

「そう? 王城よりは小さいよ?」

「……あのね。私はこんなに大きい建物、王城以外で見た事ないの。うちの領主館兼邸はここの邸程度だし」

「あぁ……確かにそれくらいだね」


 そこでふと気づいた。


「どうしてうちの邸の事、知ってるの?」

「それは……アストリー家に結婚を申し込みに行った時に……大分前だけど……」

「え……まさか、直接!?」

「うん。行ったよ。でもその時はやんわりとお断りされた」


 結婚の申し込みが多々あったとは聞いていたが、直接だとは聞いてない。


「お父様……」

「あ、着いたよ」


 立派な門が見えると勝手に門が開いた。一瞬「魔法で!?」と思ったが、門の中にいるがっしりとした殿方達が開けてくれた様だ。


「彼らは?」

「庭師だよ。彼らが騎士団代わり」

「……人数的に大丈夫なの?」

「問題ないよ」


 私はフィランダーの笑みに、若干の不安を抱いた。






 中を進んで行くと色とりどりのバラが出迎えてくれた。少し違うがまるで王城のバラの庭園の様だ。庭も広くガーデンパーティーとかするんだろうなと思いながら馬車は中へと進んでいく。


 ようやく馬車が止まり、フィランダーのエスコートで馬車を降りると、使用人達がずらりと並んで頭を軽く下げていた。


 代表と思われるフィランダーより少し上くらいの歳の執事が、その真ん中に立っていた。ストレートの明るい黄み寄りの橙の髪に、切れ長の黒い瞳が特徴の美形だ。身長はフィランダーと同じくらい。……ふと周りを見渡しても美形揃いで私が浮いているんじゃないかと、途端に居心地が悪くなった。


「ようこそ起こしくださいました、奥様。私は当家の副執事長ユーインでございます」

「お出迎えありがとう。シェリル・アストリーと申します。今日からよろしく」

「出迎えご苦労。皆、自己紹介は後日とする。とりあえずシェリルつきとなる侍女だけ残って、あとは持ち場に戻ってくれ」


 フィランダーの指示に、皆は一礼してから持ち場に戻って行き、三人の侍女だけが残った。


「えぇ!? 侍女が一人に三人も?」

「普通だよね?」

「普通専属侍女は一人なんじゃ……」

「いや、これくらい普通だよ。妹にもついていたし」


 そう言うと侍女三人の顔が曇る。


「……最悪な日々でした」

「嫁ぐ時に連れて行きたいって言われたらどうしようかと……」

「解放されて、今は心安らかに過ごせて嬉しいです」


 三者三様の答えだったが、皆、妹様の侍女は苦痛だったらしい。ちなみに妹様は特にお気に入りだった侍女達を嫁ぎ先に連れて行ったそうだ。


 ……一体何人居たんだか。


「とりあえず中へ入ろうか」

「……えぇ」


 私は促されるまま、邸へ足を踏み入れた。








 中に入ると、階段上にある大きな肖像画が出迎えてくれた。

 少しいかつそうな男性で、目元が何処と無くフィランダーに似ている気がする。


「あの方は?」

「初代ヘインズ侯爵だよ。俺の祖先」


 しかしそれよりも気になる事があった。


「ねぇ。その肖像画の横に束ねられているカーテンは一体……」


 肖像画の両脇には白の可愛らしいデザインのカーテンが束ねられている。フリフリしているカーテンとでも言うべきだろうか。……正直肖像画には合っていない。


「……イーディスが、インテリアに肖像画が合わないと言って……」


 あー……また妹様か。


 よく見ると、そこかしこにレースの飾りが目につく。少女趣味とでもいうべきだろうか。だが、この邸のインテリアとしては合っていない。


「妹が肖像画を嫌がってこの邸に誰かを招く時はカーテンを閉めるんだよ。そぐわないから」

「……ちなみに以前は?」

「もっと武人らしい家だったよ。鹿の角が飾ってあったり、鎧とかが並んでいたり……」


 それもそれでどうかと思ったが、今はとにかく部屋に行きたかった。


「若様、そろそろ」


 侍女の言葉にようやくフィランダーが気づく。


「あ、とりあえず部屋、部屋に行こう」


 私は侍女を見て微笑むと、彼女も笑みで返してくれる。なかなか察しの良い侍女の様でヘインズ侯爵家の質の高さが伺えた。






 フィランダーについて行くと、立派な扉の前で足を止めた。


「ここが寝室だよ」

「え……ちょっと若」


 なんだか侍女達が動揺している。私はその意味を部屋の中に入ってから知った。


「これは……」


 夫婦で使うくらいの大きなベッドが置いてあるのを見て、ここが夫婦の寝室である事を察した。

 私が固まっているのを見て、侍女達はフィランダーに抗議する。


「若様。本日よりシェリル様がお使いになる部屋はこちらではありません」

「夫婦になるんだ。今日から一緒でいいだろ?」

「まだ、夫婦ではありません。ほら、シェリル様も固まっていらっしゃいます」


 それを見てフィランダーは色気のある顔を私に向けてきた。


「シェリル? ……ダメ?」


 そんな顔を見たら普通の女性は「はい」とうなずいてしまうだろう。だが向けられている相手は私だ。


「……今日は一人でゆっくり寝たい」


 細かい話を言っていなかったフィランダーに恨み言の一つや二つ言ってやりたいが、それより私が必要としているのは休息だ。今日は一人でぐっすり寝たい。


「えー……」

「『えー』じゃありません。楽しみにしていたのは知っておりますが、シェリル様の気持ちにもなってください」


 怒る侍女達にフィランダーも小さくなっている。

 なんだか侍女達とは仲良くなれそうだ。







「シェリル様のお部屋はこちらですよ」


 案内してくれた部屋はなんと隣の部屋だった。先程のベッドよりは小さいが、豪華な事には変わりなかった。その他机や本棚、対面用のソファーとテーブルも完備されている。


「元々奥様用お部屋で、書斎も兼ねております。若様、ここならよろしいでしょう?」

「うん。許そう」

「ではシェリル様。今日から結婚式の前日まではここを使ってくださいませ」

「……ありがとう」

「いえ、暴走する主人を止めるのも私達の仕事ですので」


 頼もしい言葉に、私は密かに尊敬する。

 すると、扉からノック音が聞こえた。


「ユーインです。シェリル様、若はこちらにおられるでしょうか」

「はい。おりますよ、どうぞ」

「失礼致します」


 部屋にユーインが入ってくると、真っ直ぐフィランダーの元へと向かう。


「若様。帰って来て早々申し訳ございませんが、仕事が溜まっております」

「え!? これからシェリルの荷解きを一緒にするのに!」

「は?」


 私が汚物を見る様な目で見ると、侍女達も同じ様な目でフィランダーを見た。


「あ……」

「失言でしたね。変態」

「しゅ……主人に変態言うな!」

「ご婦人の荷解きを男が手伝うなど、あってはなりません」

「若、まさか何か盗む気ではありませんよね?」

「いやいや! 大変だと思って……」

「侍女三人も居るのに?」


 私の言葉がトドメだった様だ。フィランダーは固まってしまった。


「ユーイン。悪いんだけどこの人、部屋から追い出して欲しいの」

「かしこまりました。シェリル様」


 嬉々として副執事長ユーインは、主人であるフィランダーを引きづりながら部屋から出て行った。


「え……シェリル! もっと一緒にいよう!! ユーイン、離せ!」


 出て行った瞬間に中から扉が閉められ、フィランダーの声は遠ざかっていった。


 


登場人物紹介


名前 ユーイン

所属 平民 ヘインズ家副執事長

年齢 28歳

容姿

・髪 ストレートな明るい黄みよりオレンジの髪

・瞳 黒

・体型 中肉中背 細マッチョ

・顔 目が切れ長の美形

・身長 178cm

魔法 雷魔法 中


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